#04C改 陽音と春亜 2人のデジャブ


あまり陽音さんには無理をさせられないな。



そう思って買い物の袋は僕が全部持つことにした。食料品を大量に買い込んだものだからエコバッグの重さは尋常ではなく、これは心臓病の陽音さんじゃなくてもきついんじゃないかな。



「ルア君ありがとう。やさしいね」

「いやぁ……これは持ってあげなかったら鬼だよ」

「でも、病み上がりなのに申し訳なくて」



陽音さんだって病気じゃないか、と口から出かけて慌ててつぐんだ。陽音さんの口から病気のことを直接聞いていないし、僕が知っていたらおかしな話になる。置いてあった薬を勝手に調べたなんて気まずくて言えない。でも、あんなにいっぱい服用していたら心配になるのは普通じゃない? なんの病気かなーって。本人にさらりと聞けばよかったんだけど……ミスったなぁ。



今さら聞いて「心臓病だよ」って返ってきたらなんて答えていいか分かんないし。



「はんぶんこする?」

「大丈夫。陽音さんは手ぶらでいいよ」

「そのさ……陽音さんって調子狂うんだよなぁ。ハルって気軽に呼んでくれて構わないって言ってるのに」

「いやぁ。世話になりっぱなしだから、そんな調子よくあだ名で呼ぶほど軽くないっていうか」

「君は本当に真面目だねぇ。わたしがいいって言ってるのに。少しさびしいなぁ」



駅ナカはどこのお店もキャロルが流れていて、聖夜やらサンタクロースやらの雰囲気で統一されている。夜にもなればカップルでいっぱいだし、他の人たちからしたら、僕たちも恋人同士に見られているかもしれない。なんて思うと緊張してきた。



「ルア君」

「はいっ!」

「……なんでそんなに威勢がいいんだい? それにまるで小学生のような返事。つまり、君は今」

「……はい?」

「聖夜にロマンチックな言葉で誘い出し、雰囲気のあるホテルでえっちなことをする妄想をしてたんじゃないのかい?」

「……えっと、多分違いますです」

「はいはい。顔は正直だね」

「だいぶうがった見方をしているようだけど、ちょっと違う——と思う」

「うがってはないけど、違うのかい?」

「そもそもえっちな……」



ダウンの下の白いニットのトップスの首元はV字で、その下のふくらみがエロいというか。でもって、この寒いのにミニスカを穿いて膝上のニーハイの絶対領域なんて反則だろって思う。ああ、えっちなことを考えても仕方ない状況だわ。



「ごめん。陽音さんにそう言われるとそうかも……しれない」

「よくわかんないけど、正直でよろしい」



駅ナカから少し歩いてドラッグストアの前で陽音さんは「ちょっとまってね」と言って立ち止まった。どうしたんだろう。すぐそこが家なのに、こんなところで。



「少し息を整えていい?」

「うん。全然大丈夫」

「ありがとう。荷物持ってもらっているのにごめんね。重いよね」

「ううん。そこまで重くないから気にしなくていいよ」



膝に手をついて肩で息をする陽音さんを見て、やっぱり思い出すのは心臓病のことだった。走っていないし歩幅も陽音さんに合わせてゆっくりだったのに、ここで息が上がるのはやっぱり身体を病魔が蝕んでいるということかな。



病院は行っているようだから過剰に心配はしていないけど——いや。やっぱり心配だな。



「陽音さん、ここで待っていて。僕、荷物置いて戻ってくるから」

「え? 大丈夫だよ?」

「いや、ダッシュで帰って戻るから。座って待ってて」

「ちょっと、ルア君っ!?」



向かいのマンションの部屋に戻って荷物を置いてすぐにUターンして戻る。陽音さんは辛そうにガードレールと標識の柱に寄りかかって休んでいた。



「おまたせ。陽音さん、おぶるよ」

「はっ? いや、気持ちは嬉しいけど、そこまでじゃないから」

「ごめん。隠していたことがあるんだ」

「……浮気?」

「え? 浮気? って僕と陽音さん付き合っていないんだよね?」

「冗談だよ。隠し事って言ったらそういうのかなって」

「そういうのに心当たりありません。って、そうじゃなくて実は……」



薬を見てしまったこと。それを検索してしまったことを正直に話した。陽音さんは何も言わずにうつむき、「ごめん」と申し訳無さそうに言う。



「もっと早く訊けばよかったんだけど……僕の方こそごめんなさい。勝手に見て」

「ううん。気づかれちゃったか。死ぬほどじゃないんだけど運動は……まず、できなくて」

「幸い、僕は運動の制限ないから……陽音さんの分まで動くからさ」



陽音さんは立ち上がって、「休んだからもう大丈夫」と言って歩きはじめた。僕は記憶が曖昧だと言ってもそれは過去に関することだけだし、それに生きていく上ではほとんど支障もない(多分)わけで、けれど陽音さんはそうじゃなくて。



ダンス……できないよな。陽音さんのアイドル時代の動画を見たんだけど(陽音さんがどういう人だか知りたかった)、ダンスは相当上手で、好きだったんだと思う。大勢の観客の前で歌って踊る陽音さんはとても輝いていて、それができなくなったなんて本人にしてみれば地獄なんじゃないかな。



「夕飯は僕が作るよ」

「それくらい大丈夫だよ」

「でも、立っているのも辛いんじゃないの?」

「少しくらい運動しないとね、むしろ身体に悪いから」



なんだか立場が逆転しちゃったな。陽音さんは僕のことを心配で一緒に住もうって言ってくれたけど、陽音さんのほうが病人じゃないか。



しかし、陽音さんはそう言われるのが嫌で病気を隠していたらしい。それに、僕に負担と心配を掛けるのは違うって思っているみたいで、あわよくば自分が面倒を見てもらおうって魂胆があったって僕に思われるのがイヤだって言っている。



いや、むしろ僕は陽音さんに恩返しをできるチャンスだと思っているから、陽音さんを甘やかしたい。もうこれでもかってくらいに甘やかしてやろう。



「今日から陽音さんはお姫様ってことで」

「えっと……なんかイヤ」

「え? 女の人ってみんなプリンセスに憧れるんじゃないの?」

「時と場合によるよ。この場合のお姫様はイヤかな。君の気持ちは嬉しいけど、わたしは君の面倒を見たいの」

「いやー……子どもじゃないから大丈夫だよ?」

「そうじゃなくて……なんだろう。わたしにすごくルア君に対する責任がある気がしてさ。前世の記憶みたいな。うーん。宿命ってやつ?」



僕に対する責任なんて、陽音さんにあるわけないじゃないか。むしろ、病気の僕を見捨てないでずっと近くにいてくれたんだから感謝しかないよ。っていうか、お姫様扱いは嫌なくせに、前世とか宿命なんていうロマンチスト的発言はどうかと思うよ?



「前世の記憶で面倒見られる僕も相当嫌なんだけど?」

「あはは。とにかくわたしは大丈夫だから」

「ダメ。ぜったいダメ。なにかあったら困るから」

「頑固だなぁ。わかったよ。持ちつ持たれつで。わたしのことを想ってくれるのは嬉しいよ。ありがとうね。それよりもルア君はなんの後遺症もないの? 記憶障がい以外になにかあったら教えて欲しいんだけど」

「今のところ……なにも。身体は動くし、頭もすっきりしてる」

「そっかぁ。でも、油断は禁物だからねっ! なにかあったらすぐに報告!」

「それは陽音さんもね?」



結局夕飯は2人で作ることにした。鍋かシチューで悩んだけれど、シチューにすることで意見が一致。クリームシチューには自信があるって陽音さんは言って張り切りだした。



そうして出来上がったシチューを2人で食べることに。ちなみに陽音さんはグレープフルーツと納豆は病気とその薬の関係上食べられないから、気をつけないといけないことも判明した。



「なんだかね、ルア君とこうして生活するのって夢みたいでさ。嬉しいな」

「え? 僕が入院する前って、陽音さんと結構長い間一緒にいたんじゃなかったの?」



一緒に住むことはなかったと思うけど、陽音さんの話ぶりを聞くかぎり共有した時間は長かったんじゃないのかな。



「桜まつりで再会してから、ルア君とは毎週会っていたんだ。仕事の合間にこっちに来て。覚えていないよね。ルア君はね、ちょっと傷心していたから」

「傷心?」

「ああ、ごめん。言葉の綾だよ。わたしが会いたくて来ていたの。傷心っていうか、元気がなかったから」

「僕、なにかあったんだっけ?」

「ううん。ああ、ほらダンスできなくて、それでね。あまり思い出さなくていいよ。あんまりネガティブなことを思い浮かべるのは良くないってカウンセラーの先生も言ってたじゃない?」

「うん」



先にお風呂に入ってと陽音さんに言われたから、僕は脱衣場で服を脱いでいるとなぜか無意識で身構えた。なんとなく陽音さんがとつしてきそうな予感がしたんだけど、まさか。扉を見つめて自分で可笑しくなった。



お風呂に一緒に入ろっ!



なんて声が聞こえてくる気がした。いやぁ、さすがにないわ。ひどい妄想劇。そんなことがあったような気がするけど記憶がおかしいからってあんまりだ。あの陽音さんと一緒にお風呂なんてあり得なさすぎて、そんな想像を掻き立てた自分に情けなくなる。



お風呂を上がって、「陽音さんどうぞ」って声をかけても返事がない。どうしたんだろうってリビングを見回しても陽音さんがいない。あれ、トイレでも行ったのかなってソファに座ろうとすると、テーブルの陰に隠れて陽音さんが横たわっていた。死角になっていたようでまったく気づかなかった。



「陽音さん? 眠い? お風呂入らない?」

「……うぅ」



うつぶせになっていて顔は見えないけど、なんだか呻いているような声が聞こえたけど。



「陽音さん? ごめん、触るよ?」



陽音さんの腕に触れて寝返りを打ってもらって顔を確認すると、まるで苦悶のような表情を浮かべていた。右手は左胸あたりを押さえていて、どう見ても普通の状態じゃない。



「陽音さんッ!?」

「ル、ア……君……わたしの……バッグに薬……」

「薬!? どれ?」



痛いんだ。きっと痛みと苦しいのを我慢しているんだ。バッグがリビングのキャビネットにの取っ手にぶら下げられていて、それを陽音さんは指さしている。その動作もひどくつらそうだ。急いでバッグを取って、僕は中からポーチを取り出した。



「どの薬?」

「これ……」



たくさんある薬の中から一つを取り出して、そのまま飲もうとしているから、僕は慌ててコップに水を汲んだ。



「ありがとう。しばらくすれば大丈夫だと思う」

「ほんとに? 病院行こうか?」

「大丈夫。ごめんなさい。こんなんでルア君が心配だから一緒にいるとか、どの口が言うのよね……。身の程をわきまえていなかったみたい」

「いいって。それよりも本当に、大丈夫なの?」

「いつもはこんなんじゃないんだ。あ〜あ、せっかくルア君と一緒に過ごせると想ったのに」

「今日は入浴しないほうがいいっぽいね」



陽音さんは洗面所に移動して歯磨きを済ませた。どんなに身体が辛くても歯磨きだけはしないと気がすまないらしく、まあ、その元気があるなら大丈夫かとすこしだけ安堵した。でも、再び洗面所で座り込み、辛そうにしているから……仕方ない。



陽音さんを抱えて(お姫様扱いしないでって陽音さんは言うけど、お姫様抱っこをした)、ベッドに移動した。陽音さんの部屋のベッドに寝かせて布団をかける。



「ルア君……立場逆転だね。ごめんね」

「いいよ。それより少し一緒にいていい?」

「あ。わたしの弱みにつけこんでえっちなことしようって思ってるでしょ?」

「またそうやって。そうじゃなくて、このままひとりにしておくのは心配なの」

「……うん。ありがとう。ルア君お願いがあるんだけど」

「なに?」

「頭なでて?」

「え? うん……それで眠れるなら」



陽音さんの顎の下まで掛け布団を掛けて、そっと髪を撫でた。なんだかはじめてじゃないような気がして——長いデジャブにめまいを引き起こした。頭の中がぐるぐるする。自分で思うよりも陽音さんは大切な存在なんじゃないかって。なんだか短い夢を見た気がした。



あぁ、なんて愛おしいんだろう。って思いが強い。



「ルア君……どこにもいかないで」

「うん、寝るまでずっとここにいるよ」

「イヤ。朝まで一緒にいて」

「……分かった」

「添い寝してくれる? よね?」

「……うん、分かった」



陽音さんを苦しみから解放してあげたい。彼女は僕に抱きついて「君の鼓動を聞いていると安心するんだ」と言って眠りについた。





しかし、その夜また発作が起きて陽音は病院に搬送された。







————

☆をありがとうございました。

また面白いと思った方は☆をタップ、クリックしていただけると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る