#02C 完敗の蒼空


翌日、待ち合わせ場所である駅前のコンビニにはもうルア君が来ていて、わたしはあえて姿を見せずに蒼空ちゃんが現れるのを待った。ルア君には『都合が悪いから先に行ってください』とメッセージを入れておく。だって、タイミングを見計らって登場したほうが良いじゃない?



ここぞというタイミングを見極めるの。焦っちゃダメ。2人のデート中、絶対に機会は訪れる。これはわたしの芸能活動で培った経験則によるもの。絶対に外さないからね!



ルア君と蒼空ちゃんの尾行を開始した。



恋人同士の割には……手も繋がないし、二人は離れて歩いている。まずは駅の構内にあるビル(駅ナカっていうのか。中学生の頃はなかったなぁ)に入ってエスカレーターを上っていく。どこに向かうんだろう……。こっそり付いていくと、どうやらカフェに入るようだった。



カフェテラスは高花市を見下ろせるみたいで、なかなかの景観。海と山のどちらも見渡せる景色はこの地方ならではのもの。ちょっと感動した。二人は向かい合って奥のテーブルについたから、わたしは少し離れた(死角になっている)席を取って抹茶カフェオレをオーダーした。



蒼空ちゃんとルア君は仲良さそうに話しているけど、内容までは聞こえないのが残念。



ごめんね、ルア君。もし、これでルア君が傷つくようなことがあったら悲しいなぁ。でも、後々になって蒼空ちゃんの浮気に気づくよりも、なるべく早い段階で知ったほうが傷は浅いよね?



君が泣くときは、わたしも一緒に泣くから……少し重いかな、わたし?



わたしもお腹が空いてきたからベーグルサンドを追加でオーダーした(だって、ルア君が美味しそうにかぶりついているのを見ていたら、食べたくなっちゃったんだもん)。ベーグルサンドってあまり食べたことがないんだけど、これがまた美味しい!!

これはリピート決定だわ。ってそれどころじゃない。



二人は食べ終わってカフェを出るみたいだから、わたしも急いで食べ終えて(早食いは苦手なのに……泣)、急いで電子マネーで支払いをし、エスカレーターを下る。良かった、二人を見失わないで済んだ。




次の行き先は河川敷らしく、桜が満開だった。太陽がまぶしくて、桜の花びらがキラキラしてすごく綺麗。いいなぁ。蒼空ちゃん羨ましいなぁ。いつか、わたしもルア君のとなりを歩きたいよ。



二人はベンチに腰掛けてなにやら話しはじめた。河川敷は散歩コースになっていて、運の良いことに通行人が結構いる。わたしはさりげなく二人の背後をゆっくりと通り過ぎるようにして耳をそばたてる。盗み聞きしてごめんなさい……わたしって悪い子だよね。あとでルア君にお仕置きしてもらいます。



なんかエロいや。



すると——。



「じゃあさ、あたし達付き合っちゃうか? 仕方ないからあたしが付き合ってあげる。ルアはあたしがいないとダメだと思うんだよね」



!?!?



蒼空ちゃんがそう話しているのが聞こえたけど、もしかして二人はまだ付き合っていない? え? じゃあ、桜まつりで仲良さそうにしていたのはまだ友達として?

は? 待って、どういうこと? わたしが転校してから随分と経つよね? なんで付き合っていなかったの? 蒼空ちゃんってバカなの? あれから二人は一緒に学校生活を過ごして(二人の事情を知らないから推測だけど)、なんで告白が今の今なわけ?



それとも……二人とも別の人と付き合っていたとか……? いやぁ、ないわ。

謎すぎる。



「それも……いいかもな」



まずい。非常にまずい。



これは、完全に告白のためにルア君は蒼空ちゃんに呼び出されたんじゃないの……。このままだと本当に恋人になっちゃう。作戦変更で強行突破するしかない。



本当にごめんなさい。



心の中で猛烈に謝罪しながら、わたしはルア君と蒼空ちゃんの目の前に躍り出た。心臓がバクバクいってる。顔が熱いし、手汗もすごい。でも、わたしはあの頃のわたしじゃない。わたしは……夢咲陽音。そう、ユメマホロバの夢咲陽音だ。



「? なにあなたは?」

「あれ……ハル? 都合が悪いんじゃなかったのか?」

「ごめん、ルア君」

「ちょっといったいなんなの? ルア? この子誰?」

「あぁ。えっと夢咲陽音……」

「え? まさか……は? ユメマホロバのッ!? って、そんなわけないじゃん」

「いや……それが……。ほら、中学のときに転校した、ハル……鈴木陽音だよ」

「そんな……あのハルが……嘘でしょッ!? べ、別人じゃないのッ!?」



そう、あなたが散々イジメてきた鈴木陽音。奴隷とか負け犬と毎日罵られて、シューズにスプレー糊を掛けられたり、イスにテープのりをいっぱい付けられたり、思い出せばきりが無いほどの嫌がらせを受けてきた鈴木陽音。何度、使いっぱしりされたか分からないし、下校中にバケツで水を掛けられて、ずぶ濡れで帰ったこともあったなぁ。今となってはいい思い出だよ。



「嘘でも別人でもないんだなぁ。蒼空ちゃん、お久しぶり」

「……久しぶりね。ずいぶんと変わったのね。元気してたの?」

「元気……じゃなかったかなぁ。だって、心の傷が癒えないんだもん」

「なにかあったの? やっぱり芸能活動で? 夢咲陽音ならやっかみもあるでしょう?」

「それはない。あったとしても心の傷になるような嫌がらせはないよ? それよりも昔の古傷がね」



ルア君は「ん?」って顔をしてわたしと蒼空ちゃんを交互に見ていた。



「……へぇ。古傷ね。それで? あたしになにか言いたいことでもあるわけ?」

「ううん。なんとも思っていないよ? むしろあの頃の経験があったからこそ今があるからさ。それにヒロインみたいじゃない? ほら、灰被りのシンデレラ。スクールカーストの最底辺のわたしが蒼空ちゃんと生きる世界がまるで違かったのは当然だし。わたしの扱いがぞんざいなのは仕方ないよね」

「……なにが言いたいの? それを言いに来たの?」

「まさか。あのね、正直に話すからルア君聞いてて?」

「あ、あぁ、うん」



深呼吸をした。キレイで幻想的な桜ある河川敷の光景とは程遠い、修羅場の前兆。言ったら後戻りはできないよ? いい? 陽音、ここからが本番だから落ち着いて。




「わたしは実は昨日の春まつりに行ったんだ。もちろん、ルア君に会いたいって思ったから。そのためだけに東京から帰ってきたんだよね」

「あんた……やっぱり」

「蒼空ちゃん黙っててもらえる? それでね、ルア君と蒼空ちゃんが仲良さそうにしていて、わたしは絶対に付き合っているものだって思っていたから、話しかけられずに……そのまま帰ったの。でも、やっぱりルア君に挨拶だけしようと思ってさ」



わたしは……ルア君が蒼空ちゃんと付き合っていたら奪おうって思って、一大決心をして戻ってきたんだけど、桜まつりで二人の姿を見たとき……やっぱり、そういうのは良くないなって思っちゃって。善人ぶるわけではないけど、良心が傷んだのは確かだった。



でも、それじゃ一生後悔する。そんな気持ちも持ち合わせていて。結局、春亜君に思いだけ告げよう。そう思っただけだったんだ。好きと伝えるだけなら悪いことじゃないでしょう?



でも。



「それで昨日突然……。びっくりしたよ」

「うん、ごめんね。驚かせちゃって」

「そしたら……ルア君と付き合っているはずの蒼空ちゃんがさ……男の人の車に乗っていくんだもん。浮気だーーーって思うのは普通だよね?」

「……え? 待て、なに? え?」

「でっち上げじゃない。そんな適当な嘘言わないでくれる?」



証拠がなければきっと、非難の応酬で終わるよね。でも、わたしには——。



「うん、そう言うと思ってね、撮っておいたの。だって、ルア君はわたしの大切な、大切な友達だもん。その彼女が浮気をしていたなんて……許せないからさ」



結果的に蒼空ちゃんはルア君の彼女ではなかったけれどね。でも、あのときは本当にそう思っていた。思い込んでいたんだ。



「……嘘だろ」

「……」

「これ……」



わたしのスマホのディスプレイには——蒼空ちゃんとあの男の人が車に乗って、キスをするシーンがばっちり映っていた。これが証拠じゃないというなら……どんな言い訳をしてくるんだろう?



ねえ? 蒼空ちゃん、本当のこと話してくれるよね?



「……なぁ、蒼空。蒼空はどういう気持ちで僕に『付き合っちゃうか』なんて言ってきた? 僕は……正直、蒼空のことが好きだった。ずっと。告白するタイミングを探っていたり、できなかったり。今日だって、告られてすごく嬉しかった。なのに……どういうつもりで……」

「ごめんね、ルア君。わたし……ルア君を傷つけるつもりじゃなかったんだけど……どうしても許せなくて」

「……なんでこんな……隠し撮りじゃん。盗撮までして……絶対に……ハル、許さないから」

「蒼空ちゃんごめんなさい。それについては謝ります。でも、わたしはルア君が騙されていること……どうしても許せなくて」



蒼空ちゃんはなにか言い返す言葉を探しているみたいだけど、どんな言い訳も逆に悪手になるのは火を見るよりも明らか。だって普通に告白する前日に別の人とキスをしている人なんている? どっちが本命なの? おかしいじゃん。



「蒼空……僕は……蒼空とは付き合えない。って……え? これって葛根先生?」

「……違うの、聞いて、ルア」

「いつから……いつからだよッ!!!!」

「怒鳴らないでよ……」

「そっか。葛根先生と付き合っていながら……僕を……ひどいな」

「だから、そうじゃなくて」

「いいよ。僕はもう蒼空とは付き合えない。葛根先生は……既婚者じゃん。最悪だよ」



まさか、この男の人とルア君が知り合いだったなんて……。しかも既婚者。ありえない。これは完全に蒼空ちゃん詰んだよね。



「違うって……これはたまたま、たまたまキスに見えただけで」

「……キスじゃなかったら、なにをしているところなの? 拡大すると分かるけど、唇が重なっちゃってるよ? 蒼空ちゃんはキス以外の目的で男の人と唇を重ねるんだ?」

「強引にされたのッ!! あの人が強引に……」

「自分で車に乗って? 蒼空だって葛根先生の首に手を回しておいて? 嘘ならもっとマシな嘘つけよ……」



ルア君はベンチから立ち上がってため息をつき、「じゃあな。蒼空」とつぶやくように、また脱力したように吐き捨てて歩きはじめた。



「待って、ルア、待ってッ!! お願いだから」

「話すことなんてないから。ダンスもやめる。じゃあな」



わたしはルア君のとなりに立ち、はじめてルア君が泣いているところを見た。あのルア君が泣くなんて……。



「ルア君……。わたしのせいだよね。ごめんなさい」

「違うって……。そうじゃないよ。ハルは、僕のためを思ってやってくれたんだよね?」

「……ただ、蒼空ちゃんが許せなかったのは確かだよ。余計なことだったらごめん」

「ハル、ごめん。今日は一人にさせてほしい」

「ダメだよっ!」

「え?」

「一人になっても蒼空ちゃんのこと考えちゃうだけじゃん。わたしはルア君をそっとしておくなんてことしない。もし泣きたかったら一緒に泣くし、辛いなら忘れさせる」

「……ハル」

「重くて、うざくて……ごめんなさい。でも、わたしは」



ルア君のこと好きだから。



そう告白しようと思ったけど、きっと断られる。だって、ルア君の泣き顔を見たらまだ蒼空ちゃんのこと好きな顔しているから……。切ないよ。



「恩返ししたいもん。ほら、二人で中華屋さん行ったじゃん。またあそこ行こうよ」

「……ハル」

「困ったことあったらなんでも言ってな。あのときのルア君の言葉忘れてないよ?」

「そんなこと言ったような気がするな。はは、思い出したよ。懐かしいな」

「今度はわたしの番。ルア君、今日はとことん飲むよーーーっ!」

「いや。未成年だから。まさか飲酒してないよな?」

「まあ、ジュースだけど。言ってみたかっただけだよぉ。でも、ほら、楽しいことして忘れちゃおーーーっ!!」

「——分かった。うん、じゃあなにする?」



ルア君は泣きながら笑ってくれて。それがとても印象的だった。



振り返ると、蒼空ちゃんはベンチに座ったまま肩を揺らしていた。

因果応報とは言うけれど、これは自業自得すぎると思う。




わたしは傷心したルア君の弱みにつけ込んでいる自覚はある。

だから、悪い子でごめんなさい。




でもね……どんな手を使ってでもルア君に愛されたい。そんな思いであざとくルア君の左腕を抱きしめた。




昨日と今日話しただけで、あのころの感情が再燃していくのが分かった。

やっぱりわたしはルア君が好き。この人しかいない。

わたしは……ルア君のいない世界でなんて生きたくない。



わたしの恋の病はやっぱり重症だった。








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