#01C 陽音の復讐の1ページ



本当は春亜君との再会はあきらめて(目的を見失っていた)東京に帰ろうと思っていたんだ。でも、蒼空ちゃんの浮気現場を目撃しちゃったら、気が変わっちゃった。絶対に春亜君に会って思いを告げたい、ずっと、ずぅーっと我慢していた気持ちをぶちまけないと気がすまないって。たとえ蒼空ちゃんと付き合っていようが、関係なく春亜君に会って気持ちを伝えないと一生後悔する……ような気がした。



でもさ、せっかくのイベントを逃しちゃったら春亜君を見つけることも困難じゃない?

会うって言ったって、どこを探せば春亜君がいるのよ。そう考えると、やっぱりこうしてスタジオスパーブで出待ちが一番手っ取り早いと思う。それって……出待ちをしているファンのことを言えないじゃない——アイドルとして。



スタジオスパーブの一般クラスのレッスン時間は午後7時から9時までだから、もう終わるはずなんだけど、なかなか春亜君が出てくる様子はない。



9時20分まで待つと、ようやく扉が開いた。ぞろぞろと人が出てきて、春亜くんと蒼空ちゃんも話しながら出てきた。それを見て胸がモヤモヤ。多分、すごくムッとしていたと思う。



蒼空ちゃんが手を振って「じゃあ明日。バイバイ」って言ったのを皮切りに、わたしは春亜君の後を追いかける。すかさず、「鏡見春亜くんっ!」と背後から声をかけた。



「はい?」

「久しぶり♪」

「ええっと……誰だっけ?」

「あ、ごめん。こんな風貌じゃ分かんないよね」



青い色付きのメガネとマスクを外し、さらにキャップを脱いだ。気づくといいけど。って気づくよね? 気づかないなんて、絶対にないよね?



「ええと、どこかで……?」

「本当に分からないの?」

「いや、分かった。アレだ。夢オチ。これは夢だ」

「……夢咲陽音ね? ユメマホロバの真ん中って言えば分かるかな?」

「あはは……似てる、うん、すごく似てる。まるで本人みたいだ」

「あのぉ……本人なんですけど」



春亜君は一瞬沈黙したと思ったら、今度は大声で「えええええええッ!?」と叫びだした。驚き方が尋常じゃないなぁ。いや、それが普通の反応なのかもしれないけれど。



「待って。なんで夢咲陽音のようなアイドルが僕のことを知っているの……?」

「うーん。旧姓で言えば分かるかな。ほら、中学の時、仲良くしてくれた鈴木陽音だよ。もしかして、春亜君、忘れちゃった? 寂しいなぁ。今日は枕を濡らして寝るよ……とほほ」

「……覚えてる。覚えてるよ。でも、まさか。本当に? あのハルが……夢咲陽音……?」

「うん。アイドルになっちゃったぜ! どう? 可愛くなった?」



わたしはあざとく、春亜君の前でくるりと身を翻すように回ってみせた。そう、新曲の振り付けの一部なんだけど伝わったかな? 寂しいことに春亜君は「あ、ああ」と抑揚のない声で頷いただけ。いや、反応に困ったのかな。シャイだなぁ。


「春亜くん、わたしを覚えてくれていたんだね。嬉しいよ」

「忘れるわけないじゃん。マジで……僕も嬉しいよ。おかえり……ハル」

「ただいまっ!! えっと……ルア君ってまた呼んでもいいかな?」

「あぁ、うん。もちろん。それにしても懐かしいなぁ」



春亜君もといルア君はあまりわたしに顔を合わせてくれなかった。だから、もうこうなったらわたしが顔を覗き込むしかないと思って、春亜君の前に立ちふさがって向き合いまっすぐにルア君を見つめてみた。



「本当に……夢咲陽音なんだな……」

「だからそう言ってるじゃないかっ! 君って人は疑い深いなぁ」

「だって信じられないだろ……変わりすぎだからさ……それにしてもどうしてここに?」

「旧友に会うために帰郷したんじゃないか。どうしているかなって」

「……ウソだろ?」

「ウソじゃない」

「ウソだ」

「ウソじゃないってば。ルア君に会いたくなったから帰ってきた。本当だよ?」

「……夢咲陽音が?」

「うん。ハルが。あのハルがルア君に会うために帰ってきたの」



ルア君はそれ以上なにも言えなくなっちゃったのか、少しうつむいてわたしから顔を背けた。



「嬉しいよ。そう言ってくれて、本当に」

「じゃあ、泊めてくれる?」

「は……?」

「だって、こんな時間だし泊まるところも押さえていないし」

「あはは……断る」

「じゃあ、そういうことで行ってみよぉーーーっ!!」

「……いや、さすがに」

「冗談に決まっているじゃないか。あ、連絡先教えてもらっていいかな?」

「もち! でもいいの?」

「なにが?」

「夢咲陽音が男と連絡先交換とか……合法?」

「あぁ、非合法だね。ルア君は大罪を犯したから首をはねられるかもね?」

「ああ……じゃあ、やめとく」

「ウソだよ。ほら、スマホ出して」



本当はルア君が「うちに来いよ、泊めてやる」って言ってくれればわたしは泊まりに行くつもりだった。だって、もっといっぱいお話したいし、もっと一緒にいたかった。こうしてルア君を近くで見るとあの頃よりも背が伸びて、ますまずカッコよくなっていた。たくましく育ったなぁ。わたしは嬉しいよ。



「よーし。毎日イタ電とうざ絡みメッセージ送るから覚悟しれよ?」

「マジ迷惑」

「冗談が通じないなぁ。話は変わるけど、明日暇かい?」

「……いや、明日は予定があってさ」

「ふーん。蒼空ちゃんとデートでもするの?」

「は? なんで知っ——て、待て。心を読む能力を持っているとか?」

「ないない。たまたま言ってみただけ。ほら、から」



ルア君は少し気まずそうに頭を掻いた。図星だったか。というよりも、さっき蒼空ちゃんが手を振ったときにルア君に掛けた言葉は「じゃあ明日。バイバイ」だったのだ。ちなみに明日はレッスンがないのは確認済み。



「あー……まあ。そういうわけなんだ。ごめん」

「いいよいいよ。どうせわたしなんて、ルア君にしてみればコケラぐらいにしか思っていない奴なんでしょ。寂しいな」

「自虐的だなぁ。そんなことはないと一応断っておく」

「あ、もし良ければなんだけど時間は取らせないから、蒼空ちゃんと引き合わせてくれないかな? ほら、久しぶりに話したいし」

「……うーん。まあいいか」

「やった! じゃあ、明日の時間教えてくれる?」



こうしてうまいことルア君の連絡先をゲットし、ついでに蒼空ちゃんに会えることになった。ルア君は蒼空ちゃんと付き合っているはず。ならどうにかして蒼空ちゃんが浮気していることをルア君に教えてあげたい。ただ、浮気をしているという確実な証拠がないとなぁ。



失敗した。この前は驚いて呆然としちゃったけど、写真でも撮っておけばよかった、なんて考えても後の祭り。後悔なんてしていても仕方ない。作戦を練ろう。



「あとでメッセージ入れておくよ。ごめん、そろそろバスの時間だから」

「うん。ルア君、気をつけてね」

「あぁ、ハルもな。あとでゆっくり話聞かせて?」

「おっけ! じゃあ、また」



ルア君を見送って、どこか泊まれるところでも探そうと歩く。浮気の証拠となる、なにか手がかりないかなぁ。なんて考えていると、見覚えのある車が路駐しているじゃないの。



なんて……なんて安易。というか。警戒心がないというか。

路駐している車の運転席に向かって蒼空ちゃんが話しかけていた。これはチャーーーーンス。すかさずスマホをバッグから取り出して動画撮影開始。



電柱の陰に隠れながらスマホの画面を指で広げるようにして拡大する。いやーーーバッチリ映ってるじゃん。さすが最新の機種。暗くてもこんなに映っちゃうんだぁ。



蒼空ちゃんは助手席に回り込んでドアを開き、車に乗り込んだ。すると……男の人が蒼空ちゃんの顔に、自身の顔を近づけて……うわぁ。キスしたよ。こんなところで大胆すぎる。というよりも蒼空ちゃんはアホなんじゃないかって思う。だって、ルア君はまだ近くにいるはずだし、見られたら大惨事じゃない。



バッチリ撮ってしまった……あ。もしかしてわたしって悪い子?

いや、この際、四の五の言っている場合じゃない。だって、ルア君は浮気をされているわけだし。そうだ、わたしは蒼空ちゃんからルア君を奪ってやろうっていう目的のために来ているんだから……これくらいしてやらないと。



そう、これは……わたしの念願の……復讐なの。








——————

※数話後にちゃんと#30に繋がります。単なる視点替えではありません。そのあたりは近況ノートに書きます。(これは#23Cの続きです)



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