第40話
そうして現在。
店に帰ってきた俺はミュゥと並び、目の前に座る彼女と向かい合っていた。
「えー、それでは、まず俺から自己紹介させていただきます」
咳払いし、立ち上がる。
「俺の名前はハルヒコ・タナカです。えー本日をもちまして、あなたの主人的なあれになりました。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀すると、ミュゥのパチパチと拍手する音が寂しく響いた。次にミュゥが立つ。
「ミュゥ」
はい、ミュゥでした。
「えー、では、」
俺が目を向けると、赤髪の彼女がダルそうに立ち上がる。……え、怖い。
「はぁ、……セレネです」
……お、おう。座ったセレネさんから感じる、馴れ合う気などないオーラ。強気な女性は苦手だ。
タジタジしている俺を見て、セレネさんがもう1度溜息を吐く。
「さっさと本音言ったらどうです?服脱いで這いつくばって服従しろって」
「……へ⁉︎」
「僕無害ですって顔して、そういう目をした人間が1番変態なんですよ。奴隷紋で女を支配する気持ちはどうですか?さぞ気分がいいでしょうね?ほら私は処女ですよ、これでいいですか?クソっ」
え?……何?え?怒涛の口撃に俺は放心してしまう。どこが無口だ、店員さん嘘ついたな!あとクソって言った⁉︎
「っい、いや、何か誤解を」
「ああ、それなら首を切れって命令してくれますか?あなたのような変態に犯されるくらいなら、自害する方がマシなので」
なんだこいつ⁉︎人を変態変態って、本当のこと言われるのが1番傷つくんだぞ!怒った、もう怒ったぞ。
「っ……」
立ち上がった俺を見て、セレネの肩が押し殺すように震えた。
なんかもう話しても埒が明かなそうだし、はい
「『ダークヒール』」
「っ」
セレネの身体が黒く光り、しかし弾かれたように霧散してしまう。
なるほどこれが呪いか。しかし俺の力は神より授けられしチートオブチート。ナメるなよ?
俺は冒険者プレートを操作し、溜まっていた56スキルポイントを全て『ダークヒール』にぶち込んだ。ンンン漲ってきたァアア‼︎
「『んダァクヒィルッ‼︎』」
「っ何を⁉︎」
更に光が強くなり、そして、手応え!
「っだぉら解呪!」
「ッ⁉︎」
セレネの中に巣食う呪いの1つを、ギュギュッと握り潰した。いやはや全て消し去れないとは、無念。
「……何を、したんですか?」
自身の胸を抑え、冷や汗を垂らすセレネ。
「たぶん少しだけど、呪い弱まってると思うよ。……あれ、ん?身体動かない」
身体全体がピクリともしないんですけど。スキルの効果を上げたからデバフの効果も上がったってことか?でも喋れはするし、ガバガバだなおい。
「そんなこと……っ、嘘……」
ミュゥに運ばれる俺を無視するセレネは、何かを感じとったのか驚愕に目を見開く。
どんな呪いがかかってたのかは知らんが、多少は力になれたのではなかろうか。感謝しろ感謝。
セレネがその気の強そうな目を細める。
「……あなた、何者ですか?」
「ふっ、聞きたいか?」
「、別にいいです」
「……」
セレネの、こいつめんどくさ、という表情に俺は口をへの字に曲げる。
……まぁいいだろう。これで俺への好感度は爆上がりした筈。あと一押しだ。
俺はミュゥにギギギと手を広げてもらい、いい感じのポーズをとった後、セレネに微笑み演説を始めた。
「正直俺はね、奴隷だのなんだのってはどうでもいいんだ。セレネとは仲良く、楽しくやっていきたい!だから今から、その奴隷紋を解除するよ」
「……は?」
「『ハルヒコ・タナカが命じる。セレネの奴隷紋を破棄』」
瞬間血の様に赤い光が彼女を包み、胸に刻まれた奴隷紋が消失した。
ふっ、これでセレネの俺に対する忠誠心はマックスを通り越すことだろう。ラノベやアニメで学んだんだ。奴隷は自由にすると主人公に惚れる!ってな‼︎
「……俺は君を信じてる。セレネ、君は今から、――っ自由だ!」
瞬間セレネがバルコニーから飛び出し、夜の闇の中に消えた。颯爽と。それはもう迷いなく。
「…………ん?」
……俺は宵闇を二度見し、首をかしげる。
……あれ?おかしいな。ここは「ご主人様はなんてお優しい方なの惚れました抱いて!」という展開が普通じゃないのか?ラノベと違うぞ?
固まる俺に、ミュゥが溜息を吐く。
「……おにーさんバカなの?自由にしたら出て行くに決まってんじゃん。どうせエッチなこと考えてたんだろーけど、女の子ってそんなに甘くないよ?バカなの?童貞なの?」
「は、はぁっ?べ、別にエッチなことなんて考えてねーし!本心だし!あと童貞じゃねーし!」
「はい嘘〜」
「嘘じゃねーし!やめろし!」
おちょくるミュゥを掴もうとし、身体が動かずぶっ倒れる。
……え、ちょっと待って、てことは俺今日の売上パーにしたの?ヤバくね?パレスさんブチギレ案件じゃね?終わったじゃん。
「……ひぐっ、ぅう」
「あーもう、よしよし。ほら、元気出しておにーさん」
俺はラノベというエセ攻略本への怨嗟と後悔に歯を食いしばり、現実の厳しさにポロポロと涙をこぼすのだった。
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