第30話



【ミノタウロス】:面倒臭がりな性格から、自分で餌を探すことをやめ人間の育てた畑を食べることにした。

 基本バカなため、いくら殺されても学習しない。

 繁殖力が飛び抜けて高い。

 食事の邪魔をされると問答無用で突っ込んでくる。



 俺はモンスター図鑑をパタン、と閉じる。


「……なんだこの人間の天敵みたいなモンスターは」


「どうするおにーさん?」


 ふんすと鼻を鳴らすミュゥを横に、俺もパキパキと首を鳴らす。フィジカルでは確実に勝てないであろう敵。

 ……丁度いい。


「ミュゥ、お前の力、俺に見せてくれ」


「いいのぉ?おにーさんずっと断ってたじゃん」


 そう、俺は今まで、隣に神童とまで呼ばれるバッファーがいるにも関わらず、そのチートを断り続けていた。


 理由は簡単、素の俺はクソザコナメクジなのに、そんなものに慣れてしまっては絶対早死にする。早死にはやだ。


「今までは少しでもモンスターの動きに慣れたかったからな。だいぶ身体も動くようになったし、こっからはコンビネーション重視で行こうぜ!」


「よしゃ!」


 途端ミュゥの周囲にピンク色の複雑な魔法陣が浮かび、次いで俺の両腕を同色の魔法陣が包む。


「おお⁉︎」


 これがエンチャント!感じる!感じるぞチートの波動を‼︎キタキタキタキタァアアア⁉︎


 発光する俺達に、流石のミノさんもモグモグと顔を上げる。


 瞬間、純白の髪を膨大な魔力に揺らし、ミュゥが手を掲げた。



「エンハンスエンチャント『エル・ストレングス』」



 詠唱と共に魔法陣が俺の両腕に張り付き、なんかカッコいい腕が完成した。

 熱い、張り付いた部分が熱い!


「スキルポイント全部このスキルに注いだからね!今のおにーさんは最強だよっ!」


「ヒャハハハッ‼︎」


 俺はアホ面晒してるミノさんに向かって一気に地面を蹴り抜く。


「ォオオおおおッ‼︎」


「モォ?」


「いっけぇええっ‼︎」


 拳を握り、淡く輝く右腕を振り上げ、そして、


「どりゃァ――」


 ミノさんの顔面目掛け一気に振り抜いた



 ――瞬間



「ァあおおあああああああッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

「ボモォオオオオオオオオッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

「ミュぁああああああああッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


 直撃したミノさんがエゲツない速度でぶっ飛び、木に激突。

 同時に俺の拳がグチャグチャに潰れ右腕がバキバキにへし折れ、

 ミュゥがほっぺたを抱え絶叫した。


「痛でぇええ⁉︎『ダークヒールダークヒールダークヒールダークヒールッッッッ‼︎』」


 俺はグロすぎる右腕に左手を掲げ、一心不乱に回復魔法をかける。

 途端瞬く間に原型を取り戻してゆく腕。この世界の魔法凄い!いやこの世界の魔法怖い‼︎


「大丈夫おにーさん⁉︎」


「ど、どうにかな。マジで死ぬかと思った」


 アワアワするミュゥに完治した腕を見せ、デバフは掛かっているが問題なく動かせることに一先ず安堵する。


「す、すごぉ。あの重傷を初級魔法で」


「これが信仰Sか、充分チートじゃねーか。やったぜ俺チート主人公じゃん」


「……おにーさん、喜ぶのまだ早いかもぉ」


 ウェイウェイとかちどきを上げていた俺の肩がツンツンされる。

 見れば顔面が半分潰れたミノさんが、鼻息を荒げ土を掻いているではないか。


 ……うん、激オコだわ。


「あれで死なないとかタフすぎんだろ⁉︎」


「おにーさんの元の力が弱すぎたんだよ!うわ来たっ」


「ッねぇちょっと置いてかないギャッ⁉︎」


 ミュゥが俺の片足を引っ掴み全力で走り出す。削れる削れる背中削れる⁉︎


「ッおまっ、ちょっ、もうちょっとこうッ、あるだろっ⁉︎あいでっ⁉︎」


「わがまま言わないでよぉ‼︎っそんなんだからモテないんだ!」


「関係ないよね⁉︎お前自分にエンチャントして倒せよこいつ⁉︎」


「自分には掛けれないのぉっ!」


「嘘でしょ⁉︎」


「っおにーさん早く立って走ってマジ無理もう無理ぃ‼︎」


「無理無理無理無理離さないで今離さないで怖い怖い怖い怖いぃい⁉︎」


「ブモォオオおおッッ‼︎‼︎」


「ギャァアアアアアア⁉︎⁉︎」「ミャァアアアアアア⁉︎⁉︎」


 逆さになって引きずられる俺のおでこに、遂にぶっといツノが突き刺さる、


 直前


「ぬぅお⁉︎」


 ミュゥが大きく跳躍し、ミノさんの頭上をとった。


「っでかしたミュゥ!そのままっ」


「……ごめん、おにーさん、」


「へ?」


「……おにーさんのこと、忘れないから」


 悲しげに、儚げに微笑むミュゥに、俺は途轍もなく嫌な予感を感じた。


 ちょっと待て、何する気だ、なぜ俺を掲げる。っ


「ッ食らえ」


「待て待て待て待てッッ⁉︎」



「ナードミサイルッ‼︎」



「技名ぇえっ⁉︎」


 ミノさんに向かって一直線でぶん投げられた俺は、号泣しながらブンブンと腕を振りまくる。


 まるで小さい頃泣きながら繰り出したグルグルパンチの様に。

 ああお父さんお母さん、今そっちに行くからね。


「うぎゃあああああっっっ‼︎‼︎」

「ブルもォオオオオッッッ‼︎‼︎」


 左腕のグルグルと、ミノさんのツノが衝突。――刹那


「ギョモッ⁉︎⁉︎⁉︎」


 殴り落とされたミノタウロスの顔面が大地にめり込み、麦畑が波状に吹き飛んだ。

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