第27話


 ――パレスと女性職員は、夜の街の中へ去ってゆく2人の背中を見ながら一息吐く。


「……見かけに反して、凄い方でしたね。マスター」


「ええ。本当にね」


「しかし良かったのですか?こちらが出資する以上、経営方針を決める権利は我々にもあります。彼の提示した内容では、最大限の売上を出せませんが」


 目を瞑るパレスは、確かにその通りだ、と苦笑する。


 しかし、


「これが我々の最善手だと思いますよ。彼らは我々を頼ってくれましたが、正直営業権さえ手に入れてしまえば、店舗などなくても個人で莫大な利益を上げることが可能でしょう。あの料理はそういう風に作られている」


 パレスと女性職員は夜の街に背を向け、ギルドに戻る。


「なぜそうしなかったのでしょう?」


「彼は利益よりも、楽しさを優先しているように見えました。

 まぁあの魔法道具を作るには相当な金額が必要でしょうから、そのためというのもあるでしょうけど、単純に店舗を持ってみたかったのではないでしょうか?フフッ」


 冒険者とは刹那的な生き物だ。先のことを考えて生きている者などそういない。

 だからこそ、彼はとても特異に見えた。


「大銅貨1枚という値段、片手で食べられる形状、これらはこの街に多くいる冒険者をターゲットにした作戦でしょう。

 従業員を自分で雇おうとしたのも、きっとレシピの流出を警戒してのこと。

 厄介者のミノタウロスを材料とすることで、クエストの新たな需要も満たしている。

 何も考えていないように見えて、主導権は渡そうとしなかった。

 相当なキレ者ですよ、彼」


「我々にはそのレシピを開示させる権利があると思いますが、」


「フフフっ、甘いな君は」


「え?」


 パレスが執務机に座り、笑う。


「答えを知ってしまっては、皆その答え通りにしか動かなくなる。それが人間というものです。

 調味料、ミンチ、形状、考え方。ハンバーガーの中身には、その派生が無限に広がっている。

 彼は我々の見ている、その更に先を見ているんですよ」


「……まさか、食文化の発展のためにっ、わざと⁉︎」


 女性職員が息を呑む。パレスは目を瞑り、「敵わないよ」と苦笑した。


「ギルドのためを考えるなら、彼を最大限利用し稼ぐのが得策なのだろうが、私はそうはしたくない。ハルヒコ殿の自由のその先を、見届けたいのです。

 ……これは、この停滞した食文化への挑戦状ですよ」


「……彼は、神の使いか何かなのでしょうか?」


「フフフっ、言い得て妙ですね」


 微笑むパレスはレンズの吹き飛んだ眼鏡を上げながら、

 女性職員は口の端に食べカスをつけながら、


 窓から光り輝く街を見下ろした。




 ――「よっしゃぁ金も手に入るし、今の俺に怖いもんはないぜゲヘヘヘヘっ!あそうだ、異世界の風俗にっ」


「最っ低〜」


 自分の知らないところでバカデカい過大評価をされているとも知らず、彼はまだ手にも入っていない金の使い道に思いを馳せるのであった。

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