久隆の仕業

利由冴和花

久隆の仕業

「おっかねー、おっかねー」


 9月29日になると、辺り一面が火の海になる。町はそんな噂で持ちきりになっていた。町外れに住む三郎は、祖父の異変を聞きつけ、駆けつけていた。


「おい、じいちゃん、どうしたんだ」


 部屋にはタンスから取り出した服や、いつの時代のものか分からない手紙やアルバムまで、部屋一面に散らばっていた。


「三郎、えらいこっちゃ。おっかねーもんがくるぞ」


 祖父の顔は、怯えた表情にも殺気立っているかのようにも見えた。


「町の噂なんて信じなくていい。そんなの、嘘に決まっている」


 三郎がそう諭しても、祖父は手を止めることはなかった。誰が祖父を焚きつけたのか。三郎は苛立ちを押さえきれなかった。きっと、いとこの光江に違いない。三郎は急いで部屋を後にした。

 

 光江の家は、祖父の家から歩いて5分もかからない。


「おい、光江!いるか」


「おっちゃんがきたー」


 光江の長女、紗奈が、2つ結びをした頭をピョンピョンさせながら、パタパタと玄関を走り回ってきた。


「なーに、そんな怖い顔して」


 光江が、奥から気だるそうに顔を出した。


「じぃちゃんに町の噂を話したのか」


「私じゃないわよ」


「嘘をつくな!」


 お喋りな光江が黙っておけるはずがない。素知らぬ顔をする光江を問い詰めると、光江は、話した時にはすでに祖父は知っていた、と言った。ならばと、三郎の中には、もう一人だけ心当たりがあった。


「まさか、久隆の仕業か」


 光江がゆっくりと目を逸らす。三郎は、すぐに玄関のドアを開けた。


「やめときな!」


 ドアが閉まる瞬間、光江の呼び止める声がした。





 大通りまで出ると、ようやく捕まえたタクシーに乗り込む。何度もかける電話に、久隆はでることはなかった。


「何だか、変な噂が出回ってるでしょう」


 信号機で停車すると、運転手は顔を後ろに向けた。

「ほら、今日、隕石が落ちるって。まさかねぇ。どこぞの預言者の言うことなんて信じはしませんが、このご時世なもんで。警戒はしてるんです」


 青になると、運転手は慌ててアクセルを踏み込んだ。


「あ、その先の方で止めてください」


「ここで?もう少し目的地まではありますけど」


 久隆の家を知られるわけにはいかない。三郎は、財布からお金を取り出し、お釣りはいらないと伝えると、運転手は、悪いねぇとすぐに受け取り、ドアを開けた。


「運転手さん、家族は?」


「えぇ、妻と娘が二人」


「ここであったのも何かの縁です。お逃げなさい。なるだけ遠くに」


 運転手は、少し驚いた顔をして、ご冗談を、と笑った。





「おい、久隆!」


 古いアパートのドアは、何度叩いても鈍い音しかしない。しばらくすると、2cmほどドアが開いた。


「お前か」


 三郎だと分かると、久隆はすぐにドアを閉めようとした。


「おい、待て!じいちゃん担ぎ上げてどうしようってんだ。もう、じぃちゃんは…」


 こじ開けようとする三郎の勢いに、久隆も抵抗する。


「必要なんだよ、この計画には。お前も分かっているだろう」


「必要?俺らは歴史を変えてはならない。それが条件のはずだろ!」


 久隆は、三郎に根負けしたのか、白髪まじりの髪の毛をかきながら、中に入るように指示した。


「勝手なことをしてどうなるかわかっているのか」


 久隆は、ため息をついた。


「そんなことは分かってる。だが、今回ばかりは、黙っちゃいられねぇな」


「隕石なんて落ちない。俺たちの時代の教科書にもそんなこと載ってなかったじゃないか」


「あぁそうだ」


 久隆は、言わせるな、という顔をした。


「俺たち人間はもう終わりなんだよ。お前も薄々気がついているだろう」


 久隆の言葉にハッとした。久隆は、机の引き出しから、何やら資料を取り出した。


「いいか、よく聞け。俺たち人間は、今から67年後にいなくなる」


 久隆が叩きつけた資料には、小難しい論文が並べられていた。


「馬鹿な。現に俺らは生き残っているじゃないか」


「俺たちは人間とは言えない。分かってるだろう。俺たちは死ぬことが許されない身体になった。これを人間だと言えるか?」


 久隆のいう通り、三郎達は、死にたくても死ぬことが許されない体になっていた。肉体は衰えていく。しかし、そのスピードは今の時代の人間とは比べ物にならないほと緩やかだった。


「俺たちがここにきた理由、この研究はな、人間の増減を調べるものだけじゃない。俺たちを殺すためにやってんだよ」


「どういうことだ?」


「お前、動かなくなっていく身体を抱えて、どれだけ生きていくつもりだ。食料だって、もう向こうの世界じゃ底をつきはじめてる。だからお前も一族ごとこっちの世界に逃げて来たんだろう?」


 久隆の言う通りだ。三郎は、久隆の口車に乗せられ、研究員に志願した。任期は3年、人口増減の研究員として志願することには、リスクはあった。もう元の世界に戻れないかもしれない。時空を越えることで身体にどれくらいの負荷がかかるか、それは未確定だった。


「お前のじいさんは、この騒動を知っている」


 年老いた祖父が同じ研究員だったことを三郎も知らなかったわけではない。ほぼ寝たきりの祖父は、その頃のことを決して口にはしなかった。


「お前の狙いは初めからじいさんだったのか」


「物分かりのいいやつは、嫌いじゃないよ」


 久隆の得意気な顔は、三郎の神経を逆撫でする。


「今いる人間が滅んだのは隕石なんかじゃない。遺伝子操作だ」


「遺伝子操作?」


「そうだ。明日、隕石は間違いなく落ちる。その時その軌道をずらすために発せられた爆弾によって、我々の人間は進化するんだ」


 久隆は、疑問を呈する三郎を遮るように続けた。


「これは秘密裏に進められている。もちろん、隕石落下は、教科書には載らない。それは、載せてはならないからだ。落としたのは誰か」


「まさか」


「そう、未来人だよ。永久的な命を欲した一部の富裕層のためにこの実験は行われた。もし死んでも隕石落下のせいにすればすむことだ。そして、それを指揮していたのがお前のじいさんだ」


「嘘だ!一体、何をしようというのか!」


「止められるのは、今のじいさんしかいない」


「そんな…、研究員の時のじいさんと今のじいさんは、同じ時代にはいれないはずだ!」


「あぁそうだよ。どちらかは死んでもらうことになるだろう」


「そんな馬鹿な!」


 三郎は、部屋を飛び出そうとした。


「じいさんもわかっているはずだよ、若かかりし頃の自分の罪を」


 全て久隆の仕業だ。ほぼ大学院を休学状態の三郎を言葉巧みに研究員へと押し出し、祖父ごとこの時代に連れ込んだ。いとこの光江は、きっとこのことに勘づいていたのだろう。


「今日、全てが終わるさ」


 久隆は、パソコンのマウスを動かした。そこには、黒い車に乗せられる祖父の姿があった。


「隕石が落ちれば、その威力で人口の半分はいなくなる。どちらにしても人間の命なんて儚いものさ」


「未来を変えてはならない。俺たちは、命を操る神であってはいけないんだ!」


「神ねぇ。でも、お前も内心ほっとしているんじゃないか。もう200年も生きてきたんだ。俺もお前も。今日、全てが終わる」


 三郎は、しわくちゃになった手の平を見つめる。永遠の命を手に入れた人間が死ぬことを選ぶなんて、この時代の人間には想像もつかないことだろう。


「ほら、始まるぞ」


 カーテンを開けるとまだ昼間だというのに、薄暗い空が広がっていた。今から始まる出来事は、天国か地獄か、三郎は息をのんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

久隆の仕業 利由冴和花 @riyusae

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ