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『人は自分の罪を、後になって気付かされる場合が多々あるものです。取り返しのつかない過ちは、今の自分にはどうすることも出来ず、ただただ途方に暮れて涙を流す他ありません。人はそれを後悔と呼びます。


 私の罪は、この長い後悔から始まりました。


 道楝との初めての子は、何とか出産することはできましたが、身体がまだ小さかったのかすぐ天国に旅立ってしまいました。放心する私を抱き寄せ、彼は「これも神の思し召しだ」と言いました。

私は「その通りだ」と思いました。

きっと神には神の偉大な、私には分からない、お考えがあるのだ、と。でなければ、どうして生まれたばかりの赤子を連れていくような真似を神がなさるでしょうか?


 それから中学を卒業するまでにもう一度、高校生のうちに二度彼の子を産みました。いずれの子も3歳になるまで元気では要られませんでした。

ある者は病気で。ある者は事故で。

哀しみましたが、私には宗教がありました。教祖様は、動かなくなった私の子供たちを何処かに連れて行き、「彼の魂は必ずや天界で最上級のもてなしを受け、我々の世界の糧となることだろう」と述べました。その時はまだ、その意味が良く分かりませんでした。


 Kと初めて出会ったのは、そんな時です。


 私は大学生になっておりました。大学のサークル活動の一環で、非公式に八十道の勧誘に励んでいた時にKと知り合いました。残念ながら彼は宗教にはほとんど興味がないようでしたが、彼は私に興味を持ったようでした。


 同じように田舎から上京し、慣れない一人暮らしを続ける私たちが、互いに惹かれるようになるまでそれほど時間はかかりませんでした。


 Kは私に、見たこともないものをたくさん見せてくれました。知らなかったことをたくさん教えてくれました。愛すること。信じること。分け与えること。Kはどんな宗教の教義よりも雄弁に、そのことを私に教えてくれました。Kと一緒にいるだけで、見慣れた景色も、何度も食べたはずのあの味も、たちまち新鮮で刺激的なものになるのでした。今思えば、私の人生の中で最も幸せだった時期だと言えるでしょう。


 しかしそんな幸せも、ご多聞に漏れず長くは続きませんでした。


 Kと付き合うようになってからも、私は八十道の信仰を続けておりました。時間を見つけては島に帰り、道楝との爛れた関係も、流されるまま続いておりました。もちろん私も、このままではいけないと分かっていましたが、道楝はそんな私を


(中略)


 ……道楝は信者のほとんどに手を出していたと思います。私が5人目の命を授かったのは、そんな時です。


 時期的にKとの子供だと確信していましたが……私は怖かったのです。万が一違ったら。病院で検査しようと言う彼を、私は頑なに拒んでしまいました。Kは、いずれは私と結婚するつもりでしたが(もちろん私もそのつもりでした)、やがて借金をしてでも教団に尽くす私の姿にほとほと愛想を尽かし、5人目の子供を連れて私の元を去りました。


 彼が今何処で何をしているのか、Kとの子が元気で育っているのか、知る術はありません。私が悪いのです。しかし後悔は、大抵の場合、してからでは遅いのです。溢れ落ちた水がコップの中に戻ることはありません。


 一人取り残された私は、今まで以上に教団にのめり込むようになりました。大学を卒業し島に帰った私は、ほとんど毎日『研究会』に通い、教会に入り浸るようになりました。そしてつい、教祖様と道楝の会話を耳にしてしまったのです。


 その日、彼らは人払いした暗い部屋の中にいました。ちょうど今の時期のように、巨大な台風が島に近づいている時でした。雨風が、私の足音を消してくれたのでしょう。彼らは私が近づいていることに気がつきませんでした。


「お前が数年前から計画していたアレ、どうなった?」


 教祖様が低い声でそう言いました。彼らが話していたのは、違法な臓器移植ビジネスについてでした。


 曰く、何らかの原因で死亡してしまった人々の、新鮮な心臓や肝臓などは海外で高額で売り捌ける、と。そのような話だったと思います。


「はい。実験は全て滞りなく順調です。早ければ来月にでも軌道に乗るかと」

「実験じゃない。これは供儀なんだよ。人身御供と呼びなさい」

「は……」

「心臓を捧げよ。もっと、もっとだ。注射の数を倍に増やせ」

「はっ……」


 聞こえたのはそこまででした。


 私は身体を電撃で貫かれたようになって、しばらくその場から動けませんでした。数年前? 計画? 人身御供? ……彼らの口から出た信じられない言葉が、しばらく耳を離れませんでした。混乱する頭で、必死に身を隠し、彼らが部屋から出て行くのを待ちました。


 どれくらいそうしていたでしょう? やがて一つの疑念が、私の心に暗い影を差しました。蹲って、両腕で肩を抱き、ブルブルと身体を震わせました。どれだけきつく身体を抱いても、心は掻き毟られ、引き裂かれて行きました。もしかしたら。もしかしたら。私の子供たちは、本当に病気や事故で亡くなったのでしょうか?


 もしかしたら殺されたのかもしれない。あの男たちに。道楝に。


 そう思うと、気が狂いそうになりました。居ても立っても要られませんでした。


 その時から、私の心に鬼が棲むようになりました。鬼は乱暴に、容赦無く心を蝕み続け、私はふつふつと殺意を育てて行きました。』

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