長毛の猫は嵐のように去っていく

「ゼファー殿下はとっても優しくて、それでいて、家柄や地位や権力なんて気にしない、変なかたよ」


 変な方だ、という割にはシャーロットの頬は薄く色づき、口元は緩んでいた。


「シャーロット様は、ゼファー様のことを愛していらっしゃるのですね」


 セレスティアは感じたことを素直に伝えた。しかしそれに対してシャーロットは、我に返ったように顔を強張こわばらせる。


「そう? 客観的に見てそう思っただけで……。人として尊敬はしているけど……、私が殿下のことを愛してるなど、おこがましいわ」

「そう、ですか」


 先程まで高貴に見えた長毛の猫は、まるで捨てられた子猫のように、そして自信を失ったかのように弱々しく見えた。


 少し気まずいような、重い空気が一瞬流れたが、その空気を変えようとして、シャーロットは硬い笑顔を見せる。


 この沈黙を切り裂いたのは、ある男性の声だった。


「シャーロットさまー、どこですか? ゼファー殿下がお呼びです……」

「レイ、もっと大きな声出せよ……。この学園無駄に広いんだから、そんなんじゃ見つかんないぞ」


 中庭の出入り口付近で、赤髪の男性と青髪の男性が、シャーロットを探していた。

 セレスティアは、自身の記憶の片隅に彼らがいることを思い出した。


「あのお二方は……」

「ゼファー殿下と、弟のエンリル様の従者ね。レイとグレイシャ、2人とも私たちと同い年よ」

「そう、ですよね……」


 セレスティアの記憶に間違いはなかった。年頃の娘に、この国の美男子は誰か尋ねれば、ほぼ100%の確率で、この4人の名前が出てくる。


「レイ、グレイシャ、ここよ!」


 片手を上げて2人へ呼びかけるシャーロット。その声を聞き、すぐさまこちらへ向きかえる彼ら。


「ん? あ、お嬢がいた」

「シャーロットさま! 探しましたよ!」


 小走りで駆け寄ってくる赤髪の男と、その少し後ろを歩く青髪の男。シャーロットの近くまで来ると、セレスティアにも軽く会釈をする2人。


「ちょっとティアと話をしていたの」

「へぇー? お嬢にも友達がいたんだな」


 公爵令嬢かつ、王太子の婚約者であるシャーロットに対しても敬語を使わない男は、男性にしては曲線の多い顔立ちだった。


 髪は青く、肩にギリギリ付かない程の長さでハーフアップをしている。女性と言われたら信じてしまう程の美形で、シャーロットと同じく少し吊り上がった目尻と、男性にしては丸く大きいアクアマリンのような瞳が特徴的だった。


「し、失礼よ……。まぁ、えっと、今日友達になったばかりではあるけど……」

「そんなことだろうと思った。お嬢の友達なんて俺たちだけだったし」

「こ、こら、グレイシャ、本当のことだとしてもシャーロット様に失礼だよ」


 赤髪の男は短髪で犬毛、少しパーマをかけたような柔かい毛質をしていた。眉毛も目尻もタレており、少し気弱そうに見えるが、ターコイズの瞳はどことなく力強さを感じる。


「本当のことって……、レイのほうが失礼だろ」

「え?! す、すみません……」


 そしてグレイシャとは異なり非常に礼儀正しいが、少し抜けているようにも感じられる。


 3人の茶番を、セレスティアは微笑ましく見つめていたが、内心羨ましかった。


 この学園では、ほとんどの生徒が寮を利用しており、自身の従者やメイドを連れてくるのだが、セレスティアは誰も連れて来ずに1人でこの学園にやってきたのだ。


 そしてこの一年、友達もろくにできず、1人で過ごすことが多かったセレスティアに、目の前の3人は少し眩しかったのだ。そんなセレスティアとは裏腹に、3人は穏やかな雰囲気を醸し出している。


 赤髪の男が、一歩前に出てセレスティアの前で跪く。少し上目遣いになり、この画角だと少年のような幼さがある。


「挨拶が遅れました、僕はレイ・アメトリンです。ゼファー殿下の従者をしております」

「私はセレスティア・エスメラルダです。あの、レイ様、私なんかに跪かないでください……」

「僕は身分などは関係なく、女性にはこのように接しています」

「そ、そうなんですか?」

「はい」


 年齢より幼く見える笑顔。しかし彼はこの学園でもTOP5に入る程の実力者で、学力も高く魔力も高い。


「ですが、私が気になるので立ち上がってください……」

「分かりました」


 効果音がつきそうな、満面の笑みを向けて立ち上がるレイ。それを見て青髪の男も口を開く。


「俺はグレイシャ・クリストゥル。エンリル様の従者をしてる。お嬢をよろしく」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

「私をよろしくってどういうことよ!」

「いや、だってお嬢危なっかしいし」

「危なっかしくない!」


(シャーロット様とグレイシャ様の間で、何やらバチバチしたものが見える気が……。でも喧嘩するほど仲がいいって言いますもんね)


 そんな2人の間を割って入るように、レイは垂れた眉を更に垂れさせ、自身がつけている腕時計を見せつける。


「えっーと、そろそろゼファー殿下のところへ行かないと、僕が怒られます……」

「あ、そういえばそうだったな」

「もう行かないといけないのね」

「そりゃ殿下が来いというなら行かないと」

「ではセレスティア様、申し訳ございませんが、本日は失礼します」


 レイは深くお辞儀をして別れの挨拶をし、それに続いてグレイシャも会釈をした。


「じゃあ明日ね、ティア!」

「は、はい」


 右手を大きく振りながら綺麗なウインクをし、シャーロットはレイとグレイシャと共に去っていった。


(なんだか、嵐のような人たちだったわ……)


 ペタリと先ほどまで座っていたベンチに腰をかけ、情報を整理する。夢だったのではないかと勘違いしてしまうほど、豪華な面々であったが、明日は王太子に会わなければならない。


 先ほどまではその現実がセレスティアの胸を締め付けていたが、少し緊張がほぐれてきていた。悪女と噂されていたシャーロットは、人懐っこい猫のようで、レイやグレイシャも個性はあれど、悪い人だとは到底思えない。


 セレスティアは、少し明日が来るのが楽しくなってきていた。


「ゼファー殿下、どんなお方なんでしょう……」

「……」

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