第28話 ねぇ、アナタのお名前なんてーの? ③









 それから始まったのは体験型の授業だった。


 そこでは操作しづらいので、こちらにどうぞと小一時間。

 アイツに促されるまま座った学習机は昔こんなの使ってたなってなんだかとってもむず痒くって、ホントはもっと懐かしく思う場面だろうけど、――しばらく座ればその感情もどこへやら。

 カチカチカチカチ手の中でマウスを鳴らし、画面を睨み。うーんうーんと悩みながら、まぁ、悩みながら。パソコンを前に、詰め込み教育とはこの事ね。

 一戦目はほとんどルールと操作方法の説明だった。

 アイツ的には丁寧かつゆっくりのつもりだったんだろうけど、あれね。スパルタ教育ってこの事よね。


『このデッキ、ミッドレンジと謳ってはいますがアグロ寄りなんで、前のめりが華です』


『みっど、あぐ、なんて?』


『ガンガン行こうぜ。ってことです』


 次から次に色々な言葉をポンポンポン。

 最初っからこんな感じなんだもん。待って待ってと喚きながらの初戦が、なんとか終わる頃にはへっとへとのボロボロ。


『勝った?』


『いや、勝たせてもらった。が、正しいですね』


『なにそれ~』


『初戦なんで、しゃーなしです』


 も~、そんなん負けじゃんかよー。


 パソコンの前で溶けるように寝そべって、きっとアタシの頭からはブスブスと白い煙が出ていたことだろう。気持ち老けた可能性すらある。


『ちょっとだけ駆け足だったかもですね』


 今のアタシを見て、 “ちょっとだけ” って笑えるんだから、コイツたいしたもんね。

 いつまでも主導権を握られてるとアタシの脳ミソが持ちそうにない。アタシがたまらず『きゅーけー!』と叫び、だはーっと変な声をだしたから、


『了解です』


 カタカタと鳴るキーボード。チャットを使い休憩だと相手に伝えたのだろう。


『ちょっとお茶でも持ってきてもらいましょうか』


 アイツの笑いと共に、ようやく一息付けた。

 その後、お姉さんの登場からお尻キックまでのあれやこれや。

 お姉さんから発せられる揺るぎない美貌と底知れないパワーに飲まれそうになりつつも、冷たくて美味しいお茶に身体だけでなく心まで潤ったように感じた。

 でも、油断大敵とはこの事ね。

 ストローから口を離し、ふへーっと肩の力が抜け、そんな休まったかどうか分からない少しの休憩の後、――これから先がまた別の地獄。

 人生いろいろあるけど頑張れよってのは、七転び八起き? いや、七転八倒だっけ?

 完璧には回復していない状態のまま、流れるように始まったのがこの第二戦。

 あのさ、ハッキリ言って、どんな事でも一度で憶えるってムリくない?

 一回聞けば大丈夫。世の中にはそういうヒトも居るだろうけど、アタシはそういうヤツらを天才と呼んでいる。

 残念ながら自分は天才なんかじゃないってわかってるからね。次は実戦です。さっきの一線を踏まえて、さぁご自由にどうぞなんて、ニッコニコの笑顔で言われたって困るってもんじゃん?


『……フォローはしてくれるのよね?』


『もちろん。……負けそうなときだけ』


『ケチっ!』


『ほら、はじまりますよー』


 こんな会話でよーいスタートなんだから、ヤだ。誰か助けて。

 扱い慣れないパソコンに悪戦苦闘しながらの操作。すぐ隣に立つ同級生男子。キモオタと呼ばれる彼の存在と、頻繁に出る慣れない言葉に心が急かされる。

 今もまた、突然の攻撃に四苦八苦。

 対戦相手はたいした策略家よ。ぜんぜん動いてこないんだもん、ラクショーじゃんって鼻歌交じりでいたらいきなりガブリ。

 完全に油断してたもんだから、キリキリ舞いの大わらわ。

 そのどさくさで、唯一の癒やしであったラブリーなクマは、どっかの誰かさんが放った鬼のような命令に身を捧げるしまつ。

 でも、負けないためにはしょうがない。必要な犠牲とか、そんなもんあるわけないけれど、そうだそうだと自身に言い聞かせ、恨み辛みを内に秘め、心を鬼にし堪えた。


「で?」


 アンタの言ったとおり動いたけど、なに? 何かあるんでしょ? ねぇ。

 心の中で悪態をつきながらも、画面に映る、自分の手札を指さしながら聞いてみる。


「この場合、どーすんの? 数字が大きいと出せないんでしょ?」


 カードごとに振られた様々な数字。その大小をその場その場で考えながら使っていくモノだと聞いた。でも、今のアタシの手札は大きいカードばかり。

 ほんの数枚、小さい数字もあるけれど、


「うーん、ですねぇ。無理に動かないのも手ですけど……どうしたいですか?」


 だから、どうしたら良いのか聞いてるのに、さっきからいちいちアタシの意見を求めてくるのはどういうことか。

 自分で考えろ。そう言いたいのは分かるけど、わかんないから聞いてんじゃん。

 何か出来るから、さっきクマは死んだのではないのか。ノープランではないだろうけど、即答しない優柔不断な態度にプリプリと腹が立つ。

 まぁ、アタシまでだんまりだといつまで経ってもこのまんまかもだから、強いて言うなら、


「なんか使ってみたい」


「なら、右から二番目のカードを使ってみましょうか」


 おや。すんなりと答えが返ってきた。

 そういえば、アタシの意見にはハッキリと答えを返してはくれている。


「青いの?」


「はい、その青いカードです」


「りょ!」


 それにしても、マウスってこうも扱いづらかったっけ。

 右と左のクリックが何が何やらてんてこ舞い。

 スマホならコレの数倍使いこなす自信はあるが、キモオタが言うにはスマホの画面はゲームをするにはオススメできないらしい。

 アタシ、目の良さには自信があるからさ、気づけてないだけかもだけど、やっぱりメガネをかけてるヒトにとって、小さなスマホの画面って見づらいのだろうか。

 ママも『スマホばっかりピコピコやってたら目が悪くなるわよ』って言うし、妹にも


『まーた、パソコンばっかして! 一日2時間だけって約束でしょ!』


『ま、まだ3分くらい残ってるもん』


『口答えしないの!』


 ピシャリと軽く頭を叩いて、あの子がむぇ~っと口を尖らせる場面は山ほど見た。というか、昨日も見た。

 ホントにそんなことで目が悪くなるのかはよくわかんないけど、もしかすると今日パソコンを持ち出してきたのがアタシの視力を気遣ってとかなら、コイツってばちょいちょい優しいところあるのよね。思いやりってヤツ? ありがたいことだと思う。

 こうやってカードを教えてくれてるのだって、この同級生にはなんのメリットもありゃしないのにね。

 アタシの勘違いだと恥ずかしいから面と向かってお礼を言うのはまだ先になりそうだけど、まぁ、今は一生懸命画面に集中して、心の中で感謝しておこう。

 と、……考えた矢先。

 今まで聞いたことのない派手な音がした。敵がカードを使った音に似ているけど、ちょっと違う。


「うっわ、なんかキャバ嬢みたいなの出てきた」


「いやいやキャバ嬢て、誰が夜の蝶ですか。お姫様ですよ」


 お姫様。アイツは心底不服そうに言うけれど、え~マジで。これが? 


「美人じゃないですか。人気あるんですよ、しかも強い」


 人気って……ド迫力な音と共に場に出てきたのは派手目なパーティードレスを身に纏った綺麗な女性。銀色の髪を腰まで伸ばし、スタイルは見事までのボンキュッボン。

 でも、美人ではあるけどさ、目つきが悪いというか表情がないというか、仕事一筋のOL系? ビシッとスーツで決めて、そうね、タイトスカートとかメガネが似合いそうなバリバリのキャリアウーマンって感じ。だからかな、勝手なイメージだけど、


「性格ワルそー」


「なんてことを!」


 アイツが隣で声を上げた。


「先の大戦で大切な親兄弟を失って、ショックで笑えなくなって、それでも頑張って国を立て直そうと奮起する。……健気なんですよ、彼女は!」


「いや、知らんし」


 あぁ、うっさい。横で大声出さないでよ。またもやベラベラとわけのわからん話をし始めた。

 アタシは、画面上でマウスをちょちょいのちょい。――彼女に矢印を当て、カードの情報を読んでみた。


 『知らないカードや、うろ覚えのカードは即チェックです』


 コレが基本だと、一戦目でネチネチ言われ続けたもんだから、アタシってわりかし真面目だしね。ヤな事以外は言われた通りにやるタイプなのだ。だから、

 えっと、なになに……


「いや、名前長っ」


 軽く10文字以上はあった。

 なんでこんなにもややこしい名前を付けるのか。カタカナの羅列に目がチカチカとする。挙げ句の果てに読もうにも読みにくいったらありゃしない。小さな “ャュョ” と “ッ” にジャマされて、何度も盛大に噛む始末。


「名付けに悪意あるわ」


 アタシにはムリ。数学の公式や古文のいとをかしが易しく感じるレベルに、グゥの音もなくお手上げ。

 かたや、「そこまで難しくはないですよ」隣でスラスラと名を読み上げるもんだから、へー、さすが。たいしたもんねと感心したほどだ。


「名前も綺麗だし、見た目も綺麗。設定まで綺麗ってスゴくないですか」


 綺麗が三つも合わさって、もはや最強とも思える。とかなんとか嬉しそうな顔で、ベタ褒めもここまでいけば嘘くさいったらありゃしない。

 キレイキレイと、こうまで褒めてもらえたら、このお姫様もさぞ気持ちの良いことだろう。

 もしかすると、オタクってこういう知的な美人系が好みなのか。

 それでいて胸元のばっくり開いたエッロいドレスが好きなのか。いや、クラスの男子連中を思い返してみれば、うん。男は全員大きな胸が好きなのかもしれない。

 でもさ、おなじ女からの忠告。

 こういうクール系の女って、美人かもしれないけれどけっこう地雷よ?

 たまーに、話してみたら天然系の小動物なのもいるけど、だいたいは意識高すぎて、誰も頼んでないのに頑張りすぎて、勝手に追い詰められて自爆して、『どいつもこいつもバカばっかり』って顔でギスギスしてる人が多い。

 というか、


「強いんならダメじゃん」


「ですね、ピンチっす」


 その言葉どおり、出てきたばかりのお姫様は大活躍。よくわからないうちに効果だの能力だので、あっという間にこちらの仲間達はボッコボコ。

 クマを身代わりにしてまで生き残った例のマッチョも、あっという間に倒されて派手な音と共に画面の端へと消えていった。


「はぁっ!? 強すぎ! ズルじゃん!」


「はい。ズルいくらい強いんです。まず能力が今の環境にとてもマッチしていて――」


 まーた隣が意味不明なことをベラベラと語りはじめたけど、相変わらずのちんぷんかんぷん。なによそれ。アタシは頭を抱えてしまう。

 このまんまじゃ負ける。それは初心者のアタシでも分かった。

 でもイヤだ。負けたくない。自分でも呆れるほどにアタシは超の付くほど負けず嫌いなのだから。

 ねぇ、どうすんの、ねぇ! ねぇってば、ねぇ! アタシは画面を見たまま、アイツの服を引っ張った。


「まかせてください」


 おや。っと思った。

 堂々というか、自信満々というか。それくらい、静かだけど力強い声だった。

 えらく頼りがいのある声を出すじゃない。一瞬別の誰かと入れ替わったかと思ったほど。


「勝てる?」


 少し試すようなアタシの声に、「はい」と、隣の同級生。


「これくらい返せてナンボですよ。というか、これが楽しいんです」


 彼には似つかわしくない台詞に、心強さを感じた。


 ――ソコから先は、まぁ見事なもんだった。


 ピタリと止まる相手の動きに、アイツは飄々と、


「まぁ、こんなもんですね」


「おわったの?」


 アタシの口からはこの言葉しか出てこない。

 今、眼前の画面では、【相手がターンを終了しようとしています】なんて文字が、アタシに向けてさっさとしろと言わんばかりに音を鳴らし点滅していた。

 ぶへーっと、オッサンみたいな息が出た。

 さっきまで続いた絶体絶命な攻撃も、アドバイスどおりにカードを出すことでどうにか切り抜けたらしい。たかがカードと侮っていたけれど、やることが多すぎでコレはコレで疲れがたまる。


「それじゃあ【了承】を選んでターンをもらいましょう」


「ほ、ほい。了承っと」


 矢印を持っていって左クリック。

 上手くボタンと重なっていなかったのか、ミス。続けて少しだけ動かして、今度こその左クリック。成功した。画面に出た砂時計が少しだけ考え事をはじめる。

 つりかけた人差し指を無理矢理ポキリと鳴らしながら、そういえば。最後にノートパソコンを触ったのはいつだったかな。

 授業で使うのはタブレットだし、普段使いならスマホがある。パソコンなんて生活に必要だった事が無いからさ、久しぶりっちゃ久しぶり。

 こんなに扱いにくかったかな。

 小さな頃は楽しく使っていた気がするけれど、今となっては思い通りに動かせなくてストレスがすごい。

 キーボードも相手とのチャットに使うからって言うけれど、アルファベットの並びがもーイヤだ。スマホみたいにしなさいよ、誰が得すんのって何度文句を言いかけたことか。

 特にマウスの操作が地味に辛い。

 この矢印が、アタシのことをキライなのかもしれないわね。ちっともココって言う位置に動いてくれないもん。


「すみません、マウスの反応が悪くって」


「ぜーんぜん」


 まぁ、どうやらマウスのせいかもっていうアタシの読みは、あながち間違いじゃないみたいだけどね。

 中古だからとか安物だとか、向こうは言い訳のつもりだろうけど、ことあるごとに謝ってくる。やっぱり、こうも矢印が反抗的なのはちょっとくらいマウスのせいもあるのだろう。だけど、アタシとしては願ってもないわ。

 むしろボロならやったぜ! 大喜びですらある。

 さっきまで動かないだのストレスがだの文句ばっかのくせに、我ながら見事な変わり身の早さ。

 いや、文句くらいは言わせてよ。声には出してないんだし。

 それに考えてよ。

 だって、これがすんごい高価なもんだったとするじゃん?

 今日ほど、ネイルをしていなかった事をラッキーだったと感じた日はないかな。

 自慢じゃないけど、いつもの長い爪ではパソコンの操作なんてやれたもんじゃない。

 それにさ、パパにもよく言われるもん。

 車のドアを開けるときは、爪だけは気をつけてって。ハーイなんて、軽~く返事はするけれど、よく見ればドアノブの奥が傷だらけなわけよ。

 ママもあの子もキレイにはしてるけど爪は普通。長くない。となると、――どっからか、パパの溜息が聞こえてくるみたい。

 そうです。犯人はアタシです。

 ネイルって、オシャレには欠かせないけれど同時にすんごい凶器。

 まさにその時のドアノブと同じで、こっちにはそんな気はなくても、ガリってさ。ちょっとでもマウスが傷ついたとか言われた日にはもう最悪。

 キーボードまでとか言われたら、さっきのロボットと合わせてアタシは破産だ。近いうちに返しますから、今日の所は見逃してと泣いて謝るしかないだろう。

 だからアタシはこのマウスで良かったと思ってる。今日は生爪だけど、心底そう思った。それに、


「単純にアタシがパソコン使い慣れてないだけだし」


 全部が全部、ヒトのせいにするつもりはない。

 アタシにだって非はあるでしょ。小学校の低学年? それくらいからまともに触った記憶無いもんね。

 家には二つほどあるけど、パパの仕事用とあとひとつは、


「BGMが変わったんでそろそろこっちのターンに切り替わりますね」


 この軽快なBGMは微かに聞き覚えがある。ドコだったかな、なんとなくあの子の部屋で耳にした気もするけれど自信はない。

 アタシは再度、マウスを握る。


「焦らなくていいですよ」


 すぐ側で、励ます声が聞こえた。


「相手側もこっちがピカピカの初心者だって事はわかっていますから」


 でもその優しい声が負けそうな今の状況を哀れんでるように聞こえて、アタシの負けずギライは反応してしまう。


「は? 別に焦ってないし。ヨユーだし」


 ホントはメッチャ焦ってるくせにね。

 いや、焦らないわけがない。

 対戦相手の動きというか、決断がおそろしく速くて、ねぇ、ちゃんと考えてる? こっちの三倍は速く動いてるように見えるけど、少しはお茶でもしてきたら?

 はじまってからずっと、息つく暇も無く戻ってくる自分の番。それでいて、どう考えても相手のカードが強すぎる。

 こっちのカードの束、【デッキ】って言うんだっけ? ずっと防戦一方なのはどういうことよ。出しちゃやられて出しちゃやられて、クソザコばっかじゃん。

 相性の問題です。隣ではそんなことないですよって苦笑いで言うけれど、それにしては毎回ボコボコにやられるカード達。

 相性がなんだとかどうしたとか、たとえそうだとしても、アタシは初心者なんだから、もっと頑張りなさいよ。

 一戦目なんて特にそう。

 うんうん唸りながら自分の番をこなし、ほっとする間もなくパパッと相手の番は終了。見事なまでに数秒で蹴散らされていくこちらの味方達。

 それの連続、良いところや見せ場なんてない、耐え忍ぶだけの繰り返し。

 二戦目は攻めて来ないなーって油断したとこを、ドカン。

 あぁもう! 気合い、根性、努力、勝利でしょ~が!

 毎回毎回、アンタ達、もう少し粘りなさい。根性みせなさいの連続で、焦るも焦る。もう目ん玉グルグル、頭の中もグルグルのてんてこ舞い。


「――はい。相手からターンが返ってきましたね。何もすることがないときは、はじめに何をするんでしたっけ」


「えっと……カードを一枚引く?」


「そうです、正解。それではカーソルをデッキに合わせてドローしましょう」


「りょ!」


 アタシはデッキの上に矢印を持って行き、「どろー!」さっき聞いたばかりのかけ声と共に、カードを一枚引いた。

「おっ」と、どこか弾む声。

 もしかしたら強いカードを手に入れたのか。


「ナイスドロー」


 どうやらそのようだ、隣で喜ぶアイツの様子に、やっぱ誰かが笑うとうれしいもんね。アタシの心も弾む。


「勝てそ?」


「いい線までいけます」


 よっしゃ。


 アタシはあらためて気合いを入れる。

 言いたいことは盛りだくさん。ストレスも盛りだくさん。でも、そんなあれやこれやはいったん脇へ置いておこう

 まずは一回勝とう。相手からのお情けではなく、勝とう。

 パソコンを前に、お参りするときのように両手の平を合わせ、一回二回。音を立てて拍手する。

 誰に何を願うのかって感じだけど、神頼みってわけじゃない。気合いを入れ直すようなもんだ。

 どうか、今度こそ勝てますようにじゃない。よし勝つぞといった心意気の確認。

 その姿に「その意気です」隣もニヤリと笑ったように見えた。

 同時並行で動いていたチャット画面にアイツが文字を叩いていく。


“今度こそ勝ちますよ”


“簡単には負けないさ”


 相手も、気持ちのよい言葉を返してくる。

 まだチャット上でだけ、文面だけの付き合いだが、すでにケーナという男子がとても良いヒトであろう事は理解できていた。


“油断もしない。なんせ、キミがセコンドに付いているんだからね”


 今度は照れくさそうにアイツは笑うと、


“勝ちに行きますよ……彼女も、すごい気合い入ってるみたいですからね”


 そんな言葉を打ち込むもんだから、買いかぶりすぎとぼやいてみたが、……せっかく入れ直した気合いだ。変に水を差すのはやめよう。

 アタシは「よしっ」両手を一度強く握りしめ、マウスを握った。


「勝つ勝つ! 絶対に勝つ!」


「はい、勝ちましょう!」


 アタシの声を、アイツの声が追いかけてきて、やってやるぞの心意気に満ち満ちたときだった。


 ――ピロン。


 チャットの音が鳴った。続けて数度、


“は?”


「え?」


“彼女? は?”


“は?”


 チャットを読み終わるかというタイミングで、唐突にゲームの回線が切れた。

 いきなり画面上へと現れた、その事を告げるエラーメッセージに、ふたり顔を見合わせる。


「え?」


 どういうことだとお互いに、しばしの間固まってしまい、もはやそれしか言えないのかと同じ言葉を繰り返した。


 カチカチと、無意味になったマウスを鳴らしながら、


「え?……え?」








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キモオタブルー:日陰者の憂鬱 コカ @N4021GC

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