ポーション作り

 午後の授業は実習室で行われる。

 魔術学園グローイングの実習室には、数個の横幅の広いテーブルが並ぶ。棚には様々な器具が収納されている。目的は生徒が実験をする事だ。


 そんな実習室は物々しい雰囲気になっていた。


 世界警察ワールド・ガードの隊員が壁際に立っていた。数人だけであるが、全員視線が険しく威圧感を放っている。

 何人もの生徒が萎縮したが、もっと肩身の狭い想いの生徒がいる。

 フレアであった。

「たぶん、私を見張っているんだよね」

 フレアが小声で話しかけると、クロスは頷いた。

「おまえの暴走を食い止めるために必死なのだろう」

「うう……みんなごめんね」

 フレアは泣きそうになった。

 そんなフレアの背中を、クロスは軽く叩く。

「気にするな。制御方法を覚えるか魔術を放たなければいいだけだ」

「魔術を放たない魔術師なんているのかな?」

「暴走するよりはマシだ」

 クロスの何気ない言葉にフレアは肩を落とした。

 緊張感に包まれたまま、イーグルが実習の説明を始める。

「今からポーション作りの基礎を学んでもらう。まずはポーションの用途だ。知ってる者もいるだろうが心身の回復だ。魔力を回復する効能もある。自分以外に頼りになる者がいない状況は考えられる。ポーションの有無は生死を分けるといっても過言ではない」

 イーグルは咳払いをする。

「高等技術を使えばそこらに生えている草からポーションを作れるが、今はまだそのレベルは求めない。くれぐれも勝手な行動をしないように」

 イーグルの視線がフレア、そしてローズに向けられる。

 フレアは気まずそうに視線を逸らしたが、ローズは胸を張っていた。

「周りが私に合わせれば良いのですわ」

 暗い雰囲気で俯くフレアと得意満面なローズを横目に、イーグルは説明を続ける。

「各テーブルに、個々人で昼休み前に採取してもらった薬草がある。これを説明書どおりに混ぜてみろ。余裕があれば手順を覚えておけ。それでは、実習開始!」

 イーグルが分厚い本を開くと、実習室の最前列で、説明の文章が銀色に浮かび上がる。所々に絵図が入っている。

 生徒たちが一斉に動く。

 まずは説明書を読む。どんなに優れた材料があっても、手順を間違えるとポーションはできない。一通り頭に入れてから手を動かすイメージをする。地味だが大切な作業だ。

 フレアも説明書を理解しようと目を凝らす。見た事もないような薬草名が並ぶが、落ち着いてゆっくりと混ぜていけば間違える事はないだろう。

「頑張ろう……」

 フレアは静かに呟いて手を動かす。

 その矢先に実習室を揺るがすような高笑いが聞こえだす。

 ローズがこれ見よがしに、フレアの前でビーカーを振る。ビーカーの中で、淡い黄色のポーションが揺らめいていた。


「こんなの簡単すぎてあくびが出ますわ! お家だけ立派な、どこぞのホーリー家の娘さんとは大違いですわね!」


 ローズはわざとらしくフレアに憐みの視線を向ける。

「まだ説明書を読んでいるだけなんて、他人にご迷惑をおかけすると宣言しただけの事はありますわね」

 フレアは悔しくて瞳を伏せた。

 たしかに生徒の多くは、進捗の差はあるが、薬草を混ぜている。

 最も作業が遅いのはフレアで間違いないだろう。

 ローズは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「せめてご自身の魔力特性を把握なさってから魔術学園に入学するべきですわ。魔力を暴走させるのが魔術師の仕事ではありませんのよ」


「いい加減にしろ、ローズ」


 怒りに満ちた低い声を発したのは、クロスだった。

「これ以上の暴走を食い止めようという、彼女の努力をバカにしていい理由はない」

「あら、魔力の高さは家系のおかげでしょ? それを制御できないのは本人の怠慢ですわ」

「制御する方法を学ぶために魔術学園に入学したのだろう。人の努力をあざ笑う人間よりずっといい」

 クロスはビーカーを見せつけた。金色に輝くポーションで満たされていた。

 金色のポーションを見たイーグルは、両目を丸くした。


「素晴らしい出来だ。最高級のポーションをこんな短時間で作るなんて……どうすればこんな事ができる?」


「薬草に愛情を注いで作りました」


 クロスは口の端を上げた。

 ローズが悔しそうに歯ぎしりをする。魔力特性にフラワー・マジックを持つ彼女にとって、薬草の扱いは絶対に負けたくない分野であった。

「平民以下のくせに……いつか見てらっしゃい」

「俺を見返すレベルに達したら素直に認めてやる。家柄や身分に関係なく、もっと謙虚になる事をお勧めする」

「あなたに言われる筋合いはありませんわ!」

 ローズは踵を返して自分が元居たテーブルに戻る。

 クロスは呆れ顔になって溜め息を吐いた。

「素晴らしい才能を持っているのに勿体ない」

「クロス君、ありがとう」

 フレアは涙声になっていた。

 クロスは微笑む。


「言いたい事を言っただけだ。気にしなくていい」


「本当にありがとう。ただ、その……またお世話になるかも」


 クロスは首を傾げたが、フレアのテーブルのポーションを見て事態を理解した。

 赤黒い液体がフツフツと沸騰し、ビーカーが溶けだしている。フレア自身も赤い燐光を帯びていた。

「薬草を混ぜて最後に愛情を注ごうとしたらこうなっちゃったの」

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