アフターストーリー「 ”私たちの純粋で不純な選択”」

 ずっと、ずっとだ……、キスをしてしまった瞬間からずっとドキドキした気持ちが離れない。

 大人でもキスをするとこんなにドキドキするのだろうか。

 まだ、半分子どもの私には分からない。


 一緒に花火大会を眺めていた時から繋いでいる手から感じるあまりある安心感。

 なんでだろう、なんでこんなに新島君といると満たされてしまうのだろう。

 どうして、素直になってしまうんだろう……。


 自分はもう完全に壊れてしまっていたと思っていた。

 心も身体も全部、なのに、失われたはずの人間らしい感情が、こうしていると蘇ってくる。


 本当に不思議だ、


 あの無垢で、恥ずかしがり屋で、一人の男の人だけを信じて好きになっていた、まだ子どもだった進藤千鶴しんどうちづるの頃に。


 新島君も私も、キスの感触からずっと頬を赤らめながら、帰路へと向かう。

 私たちが暮らす家へ向かって真っ直ぐに。


 私が浴衣にサンダルを履いていることもあり、歩はゆっくりで、足元を見つつ歩きながらも、気持ちがずっとふわふわとしていた。


 

 手を繋いだまま帰り始めて、もうおよそ10分近くお互い黙ってしまっていた。

 でも、火照った身体と心の中では全然嫌じゃなかった。


 私は満たされた気持ちの中で、出来るだけ自然に振舞うように話しかけた。


「お母さん、今のことを説明したらどう思うんだろう、私たちの事。

 きっと、信じてって言っても信じてはくれないだろうね」


 私はどう言い繕っても母に理解してもらうのは不可能だと思いながらも呟いた。


「だろうな……、それはうちの親だって同じことだから。

 もう、諦めてもらうしかないんじゃないかな」


 ”諦めるとは、これからもずっと秘密の関係を続けるという意味でもある”


 これ以上に不純な関係があるのだろうか……。

 自分たちが始めてしまったこと、入れ替わりの日々、その全てが誰が知ることでもないような非現実な出来事の塊そのものだった。


「うん、好きになってしまったことは仕方ないよね。

 許してもらえる日は来ないと思うけど……」



 私は意地悪く苦笑した。


 私たちは本当に心の底からお互いを好きになってしまった。


 誰もこんなことは予想していない、予想のしようがない。


 でも、私たちは結ばれた、奇跡を重ねて。


 そして、信じられないことに、こうして二人、手を繋いでいる。

 


「俺にとってはさ、今までのことがこれからも続いていくだけだよ。

 これからもちづるのことを大切にする日々を続けていくだけなんだよ……」


 新島君の言葉は本当の現実から目をそらすような発言でもあったが、彼の本音でもあった。

 彼はずっと巻き込まれて振り回されてきたのだ、私を含め周りの人間に。

 それでも彼は負けないように、自分の意思で今の状況を作り上げた。

 その誇りを含め、これからも続けていくという決意を言葉にしたのだ。


「でも、関係は変わる。

 いつだって、逆らえないことはあるよ」


 私は疑問のていす。

 彼の返す言葉は決まっていた。


「それでも俺は大切にする。それが、幸せに繋がっていくってずっと信じて生きていくんだ。もう決めたから」


 新島君のこの場で出てきた思い付きかもしれない言葉も、今なら信じられる気がした、信じたいと思った。これからも困難は続いていくかもしれない、それでも、新島君と一緒に歩んでいく未来を、この夢のような日常を私も見たいと思った。


「ねぇ、私のこと、抱きたい?」

「えっ……、それって……」


 真っ直ぐに顔を見ながら発した私の言葉に、新島君は立ち止まった。

 心底動揺して、新島君は驚ていることだろう。落ち着きのない表情からも簡単にそれが分かった。

 でも、それは当たり前のことかもしれない。

 艶やかな黒髪の浴衣姿の女子高生にこんな事を言われて、正気を保てる人間は、どこか狂っている。正気を保っていられるとすれば、理性という分厚い壁に包まれているか、異常なまでに素っ気ない顔を作り上げてしまえるかのどちらかだろう。


「ねぇ、それとも、お父さんのままでいたい?」

「そんなわけ……」


 私の誘惑のような質問に新島君がさらに狼狽える。

 新島君の気持ちは分かってる、でも私たちには必要なことだと思った。

 覚悟という程だいそれたものじゃなくても、言葉一つで人はもっと信じられるようになると思うから。


「あなたの気持ちを教えて?」


「俺の気持ち……、俺は好きだよ、ちづるの事を愛してる、ずっと。

 だから、気の済むまでずっと抱きしめていたいよ」


 彼の口から発せられる言葉、お互いに恥ずかしさなんてものはもう当に置き去ってしまったようだった。


「本当に? 私が処女じゃなくても? 新島君が初めての相手じゃなくても?」


 私はさらに言葉を続けた。

 真実はいつも、私を醜い獣にする。

 愚かな愚者にしてしまう。

 だから、ずっと自分を許せないままだった。

 

「汚れてしまってるのは、俺だってもう同じだ。

 だから、全部洗い流せばいいだろう?」


 いつだってそうだ、彼は私に救いを与えてくれる。だから惹かれてしまったのだ。


 

 

 


「ふふふふっ……。本当にどうしようもないね……」


 私は思わず可笑しくなって笑ってしまって、少し瞳の中から幸せな気持ちでいっぱいにもかかわらず涙がこぼれそうになった。


「そんなことないよ。

 ちづるが綺麗だってことは、俺が一番よく知ってる。

 だから、ずっとそばにいてくれよ」


 新島君は告白と共にギュッと私の身体を抱きしめる。

 私もそのぬくもりに応えるように新島君の腰に手を回してギュッと抱き締める。


 彼は知っている、私の身体のぬくもりを。

 彼はいつだって求めている、私の身体のぬくもりを。


 私はに、いや、に初めて包まれた。

 生きる勇気をくれた彼の身体は、とても大きくて、懐かしくて、そして蒸し暑い夏の季節と相成って暑苦しいくらいにとても暖かかった。


 抱き締め合う私たちの間を阻むものは何もなかった。

 誰にも理解されなくったっていい、ただこうして抱き締め合えることが幸せなのだ。


「そりゃ、そうだよね……私の身体であんなにエッチして、興奮して、何度も絶頂して。男をたぶらかしてたんだもんね…」


「ひでぇ言い方だな……、本当のことだけどさ」


「ホントだよ……、新島君みたいなクズを好きになってあげるんだから、ちゃんと幸せにしてよね……っ」


「あぁ、絶対幸せにする。ずっと離さないよ」


 確かめ合うように、私たちは陽が沈んでいるとはいえ、路上にも関わらず躊躇うことなく今一度唇を重ねる。

 人通りの少ない夜の住宅街とはいえ、その大胆さは私たちが今、この時、異常なほどに愛し合っていることの証明だった。


 新島君の変態さが移ったのか、それとも最初から私も同類だったのか、もはや強く唇を押し付け合って、唇を吸うようにして唾液を交換していると、火照った身体がさらに熱くなって、頭が真っ白に変わって、理性とか倫理観とか考えていたことなんてどうでも良くなっていって、手に持っていたバックもその場に落として、ただ、もっと密着するように身体を押し付け合って、さらに濃紺な快楽を求め続けた。


「「ううんっ、ああぁんんっ、ううぅうぅん、はぁあぁぁんっ、はぁ…、はむぅ……、はぁぁん、ちゅ……、ちゅ、ちゅ……っ」」


 キスを求めあい、止まることなく甘い吐息と口付けを押し付け合い、吸い付き合うような音が、静かな住宅街に響いた。


 麻薬のような唾液交換、狂い咲くような快楽の波に引きずられていく。


「もっと……!! 身体が熱いの……っ」

「んんっ……、くちゅ……、ちゅ……、ちづる……、ちづる……、ちづる……っ」

「あふぅ……、はぁ…、うん、もっと……、気持ちいいよ、にいじまくん……、にいじまくん……っ」


 彼が浴衣姿の私で興奮していることが、好きという言葉を吐くたびに達しかけてしまっているのが、いとも簡単に分かった。


「好きだよ……」

「うん、私も好き……、好きだよぁぁっ」


 彼は私をコンクリートの壁に押し付けて、身体を押し付けように密着する。

 私は身体から力が抜けて、そのまま倒れ込みそうになるが、グッと堪え、キスを求めた。


 ほんの一瞬一秒ももったいないと思うくらいに、好きという気持ちを確かめ合って、私たちは家に帰る時間は、どんどんと遅れていってしまうのだった。


「はぁ……、はぁ……、これって一体何なのかしら……、近親相姦? それとも不純異性交遊? それとも援助交際?」


「そんなの、どうだっていいよ。ただ、俺はちづるが欲しい」


「うん、新島君……」


 今の新島君が父の姿をしていたとしても、この不純な行為を止めることは出来なかった。

 

 狂っているといえばそれまでだ、でもこうしてある種の性的少数者であるからこそ、強く求めあってしまうのかもしれない。

 

 強く求めあわなければ、愛を確かめ合わなければ簡単に社会から否定され、諦めてしまうから。


「ああんっ、そこはっっ」

 

 彼の開かれた手が私の胸に添われ、その柔らかな感触を確かめるように胸を揉んだ。

 その瞬間、電気が走るように身体が刺激を訴えかける。

 溢れる高揚感で遠慮することなく触れる彼の手が、その温かさが私の性感帯を狂わせる。


「ダメだよ……、本当に我慢出来なくなっちゃうから……」


 呆れるくらい、全身に快楽が溢れ返っていた。

 それは新島君も同じようで、息が荒くなっていた。


「俺……、自分でも信じられないくらい興奮してる。

 ちづるの声が、もっと聞きたいって思ってしまう」


 ここで止めてしまったら、我慢してしまったら、次はいつになるのか? そんな不安が、どうしようもない恐怖感が、一度手を止め、行為をやめると止めどなく溢れてくる。


「大丈夫だよ、新島君……、私はずっとそばにいるから」


 私は彼を安心させようと、優しく言葉を掛けた。


「うん……、ごめん……、俺、不安になってた、焦ってたよ……」

「いいんだよ、新島君を無理させてるのは私だから……」


 どうしてだろう……、こんなにどうしようもない彼に優しくしてしまうのは。


 でも、彼に今度は優しく抱きしめられると、全部許せてしまっていた。


「幸せはここにある、だから、これからもゆっくり歩んでいこう。

 うーん…、時々は、私で発散させてあげてもいいから」


 私の言葉は、今のこの状況は理想ではないかもしれない。

 でも、私はこの状況を受け入れることにした。


「うん……、何か、時々ちづるに優しくされると調子が狂うな……」


「何それ? 酷い言い方……」


「嘘だって、嬉しいよ、好きって言ってくれて」


 彼もまたこの状況に巻き込まれながらも、受け入れて、前に進もうとしていた。



 夜が更けていく。


 私たちは強く押し付け合っていた身体を一度離し、着崩れしていた浴衣を整えて、もう一度優しく手を握る。

 そして、ゆっくりと再び帰り道を歩き始める。

 私たちの帰るべき家へと向かって。


 明日も明後日も、ずっと、私たちは家族で、恋人なのだ。

 それがたった一つの真実で、私たちのあるがままの関係なんだ。


 真っ白な丸い月に照らされ、私たちは照れくさい顔を浮かべながら歩いた。

 いつまでもいつまでも……、私たちのこの気持ちが離れないようにと。




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神様のボートの上で shiori @shiori112

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