第32話 お前を思い
その理由は思い当たる節がある。
一つは自分が数ヶ月前にジェイの警護に失敗したからだ。その失敗を明るみに出さないという条件のようなもので、彼の希望一つでタカヒロやその他のボディーガードを自由に使うことができるのだろう。
今回、ジェイがタカヒロを指名した理由は自分を負かせるためだ。
どんな手段に及ぶのかはわからないが、ジェイは自分の大事な人を――店長を襲うのが目的だ。
そのためには確実に自分が負ける相手を選ぶ。
自分は警護対象者である店長を守るためにジェイの行動を阻止する。
一方、ジェイの身を守るためにタカヒロはどんな手段を取ってでも自分を止めようとする。
くやしいけれど力の差が歴然としている。タカヒロを阻止できなければ、僕は……。
ジェイの狙いはそんなところだろう。
「全く、わがままな子供の遊びに付き合わされるこっちの身にもなってほしいぞ」
タカヒロが珍しく愚痴っている。彼はジェイの行動に乗り気ではないということだろうか、まぁそれはそうかも……要人の命に関わる重大な仕事ではないから。
ヒロキが黙って様子を見ていると、タカヒロが面倒くさげなため息をついた。
「ヒロキ、俺はお前を守りたいだけだ」
ヒロキはタカヒロを見上げて「は?」と眉間にしわを寄せた。今、すごく聞き慣れないというか。初めて聞く言葉を耳にした、ような。
「……だから、俺はお前を傷つけたいわけじゃない。ただお前を守りたいだけなんだ。そのために父に従ってきた。お前があの男にいいように扱われないように」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何それ、なんなの」
だんだんと胸が苦しくなってきた、動悸がする。それぐらいにこの男が誰かを気づかうという姿なんて見たことがないし、聞いたこともない。
それなんだよ、という言葉がずっと頭の中を駆け巡る。
「今回のことだってそうだ。俺が出てこなければ お前は有無を言わさず、父の元に連れ戻されていた。容赦なくあの店長も叩き潰されていただろう」
確かに父ならそうする。自分に選択権を与えるわけなどないから。
じゃあタカヒロが父に従順なのも、父の代わりにここに出向いているのも。自分を説き伏せてこの町から帰らせようとするのも。
全ては僕のため?
でなければ僕はもっときついしがらみの中で生きることになったのだろうか。
そして僕が頑として戻ることを拒否して、父に店長の存在を、あの笑顔を消されてしまったら。もう立ち直ることはできないだろうから。
だから別れというきつい選択肢を僕に与えたのも……すべては。
「お前は俺の大事な弟だからだ」
ヒロキは目を見開く。
目の前のタカヒロは表情を変えぬままだったが、今まで対峙してきたどんな時よりも違和感のあるやわらかな雰囲気を感じた。
「お前には幸せになってもらいたい。心から笑って過ごしてほしいと俺は願っている。父にいいようにされていてはお前の本当の笑顔は永遠に引き出されないだろう。だが避けられもしない。本当ならお前の笑顔を引き出してくれた、あの男のそばにいさせてやりたいが……すまない」
タカヒロは嘘をつく人間ではない。口にしていることは真実なんだろう。タカヒロは自分の代わりに笑顔を捨てて父に従ってきたのか。自分に憎まれてもなんでも。
「な、なんで……今頃、そんなことを言うんだよ」
今更そんな真実を伝えられたって、タカヒロに対しては何もしてやるなんてできない。返せるものなんてない。
でもわかっていたなら、もっと兄弟として、もっと遊んだりとか。ふざけたりとかできたんじゃないかな……。
涙が出そうでうつむいていると。ヒロキの頭の上にポンと優しく、あたたかいものが置かれた。多分、タカヒロの手だ。
「あの男はお前にとって大事な人間なんだろう? お前に笑顔をくれた人物なんだろう。なら、お前が本気で守ればいい。お前の力で今度こそ守ってやるんだ」
その言葉には『お前ならできる』という励ましが含まれているような気がした。
タカヒロは頭から手を離すと、いつもの冷静な声で続けた。
「ただし、俺にもプライドがある。相手がお前でも俺も手を抜くことはできない。どんなことをしても警護対象者となったものは守り抜かなければならないんだ。そこは覚悟しておけ」
話し終わるとタカヒロは歩き出し、この場を離れようとした。
「タカヒロ!」
とっさにヒロキはタカヒロを呼び止めていた。
そしてその背中に向かって叫んだ。
「僕は負けないっ! 僕はあの笑顔を絶対に守り抜く。何をしてでも守り抜くからな!」
その言葉を決意と受け止めてくれたのかわからないが、タカヒロはこちらを向くことなく、歩いて行ってしまった。
ヒロキは拳を握りしめる。
今度は失敗しない。大事な人を、あの笑顔を絶対に守るんだ、ウジウジするな、と。自分を鼓舞した。
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