第31話 ジェイの協力者は

 配達に行ってしまったのか、店に戻ると店長はいなくなっていた。その代わりになぜかトウヤがスーパー“太陽”の店員の目印であるオレンジ色のエプロンを装着してレジの前に立っていた。


 そのせいだったのか、店の外で店内を覗いている女子校生たちがキャーキャーと黄色い声を上げていた理由は。


「あっ! ヒロキ先輩、聞いてくださいよ! あの店長、春祭りの手伝いがあるからちょっとだけ店番しててくださいとか言って、オレに店番押し付けていなくなりやがったんですよ。オレ、今の会社でエース部類に入るボディガードですよっ。あいつ、弱いくせに結構強引なとこありますよねー」


 トウヤは文句タラタラだが、なんだかんだおとなしく店番をしていてくれたらしい。パートのキクさんは裏でお惣菜作りをしているのだろう。


「どうせキクさんのお惣菜をあとでバイト料であげるからとか言われてるんだろ」


「さすがヒロキ先輩、よくわかりますね。まぁ、それで引き受けちゃうオレもオレなんですけどねぇ」


「エプロン似合ってるし。通りすがりの女子たちが喜んでるし、いいんじゃない」


 皮肉を言うと「オレはヒロキ先輩に好かれなくっちゃイヤですっ」とトウヤはふてくされた。

 そんな冗談はさておき――。


「トウヤ、そんなことより――」


 ヒロキは先程の事の次第をトウヤに打ち明けた。

 トウヤは腕組みをすると「厄介なことになりましたねぇ」とため息をもらした。


「本当にあのアイドルに出くわすなんてね、しかもヒロキ先輩を狙ってのことなんでしょ。そんなの許せるわけないでしょ、オレがとっちめてやりますよ」


「でもトウヤ、ジェイだけならともかく、相手が誰だかわからないけど拳銃を持ったやつもいるんだ。僕たちは生身の身体だ。相手が銃を持つとなると……」


 ヒロキが後ろ向きな発言をしてうつむく。

 するとトウヤが「先輩、何言ってんすか」と少し怒気のこもった声を上げた。


「ヒロキ先輩、仕事を引退してちょっと気持ちが弱くなったんじゃないすか。今までだってオレたちは拳銃を持ってる相手だって、ちゃんと仕事をしましたよ。当たれば、まぁ、結構痛いには痛いけど防弾ジョッキとか着けて、ちゃんと警護対象のために身体張ってたじゃないですか。確かにオレたちは武器は持てませんよ、けどこの身体が武器であり防具でしょ。それで立ち向かうしかないですよ……って、昔先輩が言ってたんですよ?」


 珍しく聞いているこちらが息を飲む言葉を発するトウヤを、ヒロキは驚きを込めた目で見つめた。トウヤにそんなことを言われるとは。確かに驚くことばかりで、しかも大事な人が狙われているとわかって、少し自分の気持ちが落ち込んでいたかもしれない。

 ウジウジするな、笑えばいいんだ。そう店長にも、自分は言ったじゃないか。


「トウヤ、すごくかっこいいこと言うね」


「えっ、ホントですかっ。オレかっこいいですか。やっとヒロキ先輩、オレのことを好きになってくれたんですかっ」


「それは別」


「えぇー……なんだぁ」


 トウヤとそんな会話をしていた時だった。店の入り口から誰かが入ってくるのが見えた。

 条件反射でヒロキは「いらっしゃいませ」と声をかけようとしたが、その言葉は途中で止まった。


 なぜなら、そこに立っていた人物は今までこの店には来たことがなく。来たとしてもこのスーパーには似つかわしくないキッパリとしたスーツを着こなし、メガネの奥に鋭い眼光を宿す人物で。


 でもそれは自分のよく知る人物だ。


「タカヒロ……」


 トウヤが「えぇっ」と声を上げる。


「タ、タカヒロってヒロキ先輩の……?」


 トウヤも直接会ったことはないが、遠目には何度か見たことがあると思われる。現役SPで完璧な仕事をこなしてきたタカヒロの噂は自分のいた警備会社でも有名だったのだ。


 店内に入ってきたタカヒロは店内を感情を表さない目で見渡しながら、ヒロキに近づいた。


「ヒロキ、少し話せるか、時間はかからん」


「な、なんだよ急に。なんの用だよ」


 突如現れた予想外の人物。その真剣な面持ちにヒロキは緊張に身構える。このまま無理やり連行されることはないとは思うが。

 だってつい先日連絡を取り『この春に行われる祭りが終わったらそっちに戻る』と返事をしてあるのだから。


 トウヤも落ち着かない様子でタカヒロとヒロキを交互に見比べていたが、少しすると「大丈夫ですよ、ヒロキ先輩。いざって時はオレも加勢しますから。だから話を聞いてみましょ」と小さい声で心強いことを言ってくれた。


「……わかった」


 どこで話をしたらいいかと思い、スーパー“太陽”の店舗裏にある倉庫の前にタカヒロを連れてきた。トウヤには引き続き店番をお願いしてある……あとでお惣菜を追加プレゼントしておこう。


 一体何を言われるのか、ヒロキは眉間にしわを寄せつつ、タカヒロの攻撃がいつきてもいいように足の準備をしている。


「さっき、車に乗っていたのは俺だ」


「……さっき?」


 急に話し出したタカヒロの言葉に首を傾げる。その言葉が意味するものはなんなのか、ゆっくりと頭の中に当てはめていき……やがて思い当たったことが一つだけあった。


「さっきのジェイの車……じゃ、あの時、運転席にいたのはタカヒロだったていうのか?」


 自分たちの会話を聞き、不穏な空気になった時、こちらに銃口を向けてきた人物。

 なるほど、確かにタカヒロだったら銃を保持していてもおかしくはない……が、それは公務中であればのことじゃないのか。


「俺はジェイのボディーガードを今は引き受けている。あいつの指名でな、数日間だけだが……その理由はお前ならわかっているだろう」

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