クリスマスの夜に

鹿嶋 雲丹

全1話 やってきたのはサンタじゃなかった

 明日はクリスマスだ。

 その前夜のクリスマスイブには、ご馳走を並べてお祝いするらしい。

 僕は目の前に並べられた、チキンやポテト、ピザやお肉を眺めた。

 そのどれもが、お母さんが事前に準備して、レンジでチンするだけで済むようにされたものばかりだ。

「……おいしいけど、なんかつまんないなあ……」

 流しっぱなしのテレビをぼんやりと眺めながら、僕は呟いた。

『クリスマスはなんとかお休みをもらえたから、イブはごめん!』

 お母さんは、パートのお仕事を休めなかった。お父さんは今日も夜勤だから、夜九時の今家にいるのは僕一人なのだ。

「……誰か遊びにこないかなあ……」

 僕はそう呟いてテレビを消し、テーブルの上の食べ物にラップをかけた。

「暇だし、もう寝ようかな」

 お風呂にも入り、他にしたいこともなかった僕は早々に布団に入る事にした。

 小学三年生は、まだサンタを信じていてもいいよね?

 なんとなくソワソワしながら、靴下とサンタへの手紙を枕元に置く。そして、ご褒美の飴玉も二個置いておいた。

 枕元の電気スタンドのスイッチを入れ、ぱちんと部屋の電気を消して目を瞑る。

 明日の朝目を覚ましたら、きっと枕元にプレゼントがあるんだ……あったらいいな……

 僕はそう願いながら、眠りに落ちた。


 ガサゴソという音に目が覚めた。

 あ、サンタさんかな?

 そうっと暗闇の中目を凝らすと、人影はやたら大きく見えてなんとその頭にはツノが生えていた。

 え……サンタじゃなくてオニ?

 僕は頭が混乱して、つい起き上がってしまった。

「うわっ、起きた!」

 頭に角を生やした大きな人影が、驚いたように声をあげた。その声も、聞いたことがないほど低くて迫力がある。

「ねぇ、今日って節分だったっけ?」

 僕はオニに聞いてみた。

「いいや……今日はクリスマスだ。夜中の十二時を過ぎたからな」

 オニはそう言った。

「オニがサンタやるんだ? サンタ忙しいから、ピンチヒッター?」

「いやいや、おれはそんなんじゃない。たんなる退治屋だ。その前に、お前はおれが怖くないのか?」

 オニは不思議そうに首を傾げた。

「だって、これ夢なんでしょ? だったら楽しまなきゃ」

「あぁ、そういうことか……いや、おれはお前の心の声に惹かれて来たんだ。お前、ダレカを退治して欲しいって思ってただろう?」

 オニは僕の布団の真横に座り込んだ。オニは体が大きかった。部屋に置いてある本棚より大きい。

「えーと……僕、そんなこと考えてたかな?」

「ヒマが嫌だとかなんとか言ってたじゃないか」

 オニが口にした一言に、僕はハッとした。

「もしかして、ヒマって誰かの事だと思ったの?」

「えっ? 違うのか?」

「ヒマって、退屈っていう意味だよ」

 僕の説明に、オニは眉間に皺を寄せた。

「退屈ってわかる? 要するに、なにか面白いことないかな? って思うことだよ」

「あん? なんだよ、そりゃ感情じゃねぇか……あんのやろう勘違いしやがって……」

 オニはがっかりした様子でゴツゴツした掌で目を覆った。

「んじゃ帰るわ……メリークリスマス」

「あっ、ちょっと待って!」

 僕は慌てて、帰ろうと腰を浮かしたオニを引き止めた。

「え、なに?」

「ねぇ、なんで今どき流行らない退治屋なんてやってるの?」

「流行……ってないのか? これ?」

 僕の疑問に、オニは不思議そうな顔をした。

「今どきの流行りはね、ほのぼの系か血みどろ系だよ」

「……おれはどう見ても血みどろ系だろ」

「僕はほのぼの系の方が好きだよ」

 僕が言った本音に、オニは黙り込んだ。

「いや、そう言われてもだな。この成りでほのぼの系はどうやったって無理だろうが。サンタの格好したって笑えんだろう?」

「うーん……どうしたら可愛くなるかな……あっ、お母さんみたいにお化粧したらいいのかも……ちょっと待ってて」

 僕は困ったような顔をしたオニを置き去りにして部屋を出た。

 廊下は暗くて寒くてしんとしている。お母さんはまだ帰って来ていないようだ。

 僕は一応こっそりとお母さんの化粧道具一式を持って部屋に戻った。

「おい、なにをする気なんだ?」

 オニは、ちゃんと僕が戻って来るのを待っていた。

「うん、これで変身するんだ。ちょっと顔に塗るから、顔を近づけて」

「あ、う、うん……腰が痛いな……」

 僕は少し背伸びをしながら、お母さんが普段しているお化粧をオニにしてあげた。

「……できた! ブハッ」

 思わず吹き出した僕に、オニはますます困ったような顔になった。

「か、鏡見る? はい」

 ひとしきり笑った後で、僕は化粧道具の中にあった少し大きめの手鏡をオニに手渡した。

「う、うん……なんだこりゃ……」

 鏡に映った自分の顔を見て、オニはゲラゲラ笑った。

 その声の大きさだと近所迷惑だな、とちらりと思ったけど、どうせこれは僕の夢なんだから気にしなくてもいいか。

「お前、才能あるな! よぅく磨いて、光り輝かせろよ!」

 オニは涙を拭いながら鏡を僕に返して来た。

「才能かあ……たしかに、これ楽しかったなあ」

「楽しいと思うことが見つかったなら、おれはもう必要ないな」

 そう言うと、オニはにっこりと笑った。笑うとますます可笑しくて、また僕は笑ってしまう。

「じゃあまたな! メリークリスマス!」

「あっ、待って!」

「ん? 今度はなんだ?」

 僕は慌てて枕元に置いておいた飴玉を掴んで、オニに手渡した。

「くれんのか、これ……笑わせてもらった上にプレゼントまでもらっちまって悪ぃな……ありがとうよ」

「うん、僕も楽しかったよ! 来てくれてありがとう! メリークリスマス!」

 オニはもう一度にっこりと笑うと、スッと姿を消した。

 楽しかった夢はもうおしまいだ。もう一度布団に入ろう。夢の中だけれど。


「ねぇ、どうしてお母さんの化粧道具があなたの部屋にあるのかしら?」

 朝一番に、お母さんにそう聞かれた。

「あれ? 夢……」

「……まあいいけど……ごめんね、イブなのに一人にしちゃって。今日はその分遊ぼう」

「……お母さん、ちゃんと寝た? ちゃんと寝ないとお肌に出るよ」

 僕がそういうと、お母さんはぎくりとした表情になった。目の下のクマは、どう見たって寝不足の証だ。

「僕なら大丈夫。ちゃんと楽しみを見つけたし。お母さんが起きてから、一緒にお家でパーティしよう!」

「……うん。ありがとう。じゃあ少し寝るわね」

 お母さんは化粧道具一式を手にして、僕の部屋から出ていった。

 枕元には、ふくらんだ靴下がある。

 きっと、僕が前々から欲しいと言っていた物が入っているんだろう。飴玉二個と手紙は、プレゼントを入れてくれた人が持って行ったみたいで、そこになかった。

 僕はソワソワしながら、靴下の中を覗き込んだ。

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クリスマスの夜に 鹿嶋 雲丹 @uni888

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