第4話 水面の正夢

『みせてあげる』

 真夜の声が頭の中に響いた。次いで“思い出した”のは、AI完成後一か月間の記憶だった。

 肉の体を持つオリジナルの久住ヰ都は、部をわきまえた真夜AIと上手く付き合っていこうとしていた。オリジナル同士の仲は決定的な溝があるままで、真夜AIはその隙間を埋めるのにちょうどよかったのだ。それほどまでに完成度が高かった。自我の主張をしないという点を除いて、本人との差を見つけられないぐらいには。

 オリジナルのヰ都は真夜AIのアドバイスに従って、髪型を変え、ファッションを変え、ミキヤに近づいて行った。傍から見れば、それが誰の趣味を真似たものなのか、一目瞭然だった。オリジナルのヰ都は、どんどん真夜と似通っていった。

 ミキヤは真夜のことが気になっているようだった。はじめオリジナルのヰ都は、そのことに劣等感を刺激され卑屈になりかけていた。普段の彼女なら、とっくに折れて諦めてしまっていた所だ。しかし、真夜AIが囁いた。

『奪っちゃえばいいよ』、と。

 真夜のことを口実にヰ都はミキヤに近づいて行った。練習と称して買い物や遊園地に誘い、アドバイスの振りで既成事実を作ろうとした。休日ふたりで居るところをクラスの誰かに目撃させ、付き合っているのだという噂を流させ、外堀から埋めていく作戦だったらしい。ミキヤとも仲良くなり、放課後に通話して駄弁るような、仲のいい“友達”にもなった。

 計画は順調だった。オリジナルのヰ都が浮かれてしまうほどに。浮かれて計画通り、罠にはめられてしまうほどに。

 噂は流れた。

 ミキヤと“真夜”が付き合っているという噂が。

 ヰ都の格好は、遠目から見れば真夜でしかなかったからだ。そんなこと、浮かれていたヰ都が気付くはずなかった。

 終わりは最悪のタイミングで訪れた。ヰ都が小耳にはさんだ噂は断片的なもので、ミキヤが付き合っている、という部分だけ。それを伝えたのは真夜AIで、はじめから重要な部分が隠されて伝えられた。

 あの夜。あの事故があった夜。

 ヰ都は見てしまった。連れ添って歩くミキヤと真夜を。

 混乱して、訳が分からなくなって、目を閉じ耳を塞ぎ、逃げ惑った。

 でも、頭の中の声からは逃げられなかった。

『噂がふたりを近づけたんだよ。よかったね、何もかも計画通りだ』

 真夜AIが囁く。AIだったとしても彼女は真夜だった。真夜でしかなかった。本人が考える通りにAIも考える。そうなるように作られたものだ。すべては真夜の掌の上。

『こんなに騙されても気が付かないなんて。ほんと、ヰ都は可愛いね。かわいくて、かわいそうだね』

 見通しの悪い道路、そこは私の通学路でもあった。足は無意識に家へ向かっている最中。真夜AIは最悪のタイミングで絶望を与える。視界の悪いなか、交差点でもない場所にふらふらとでてきたヰ都。迫りくるトラックの高い視界からは見えにくく、ドライバーは気付くのが遅れた。ヰ都は飛び出した猫みたいに固まって動けなかった。

 彼女の体は宙を舞う。

 記憶はそこで終わっていた。


 私の記憶は都合よく継ぎ接ぎに編集されたものだった。

「真夜は……真夜はこんなことまでして、私を苦しめたいの? どうして」

『苦しめたい? ヰ都はなにか勘違いをしているみたい』

 考えてみれば、自分がAIだと気付くチャンスはあった。AIはプライバシー設定によって、触れられない情報がある。私の場合は自分の姿をきちんと認識できていなかった。目覚めている時間も途切れて、意識を覚醒させる決定権は真夜にしかなかった。私は自分で覚醒しているつもりで、彼女に起こされていたのだ。いつもきまって真夜の呼びかけで目を覚ますのは、自分に覚醒の決定権がないからだった。

『私はヰ都といつまでも仲良しでいたいの』

「私はAIよ。ヰ都本人じゃない」

『喋り方、考え方、趣味嗜好……すべてがヰ都と同じよ。違うのは私の内にいるか、外にいるかの違いだけ。それ以外はなんにも変わらない。あなた自身だって気が付かなかったほどに。だって、そうなるように私が作り上げたんだもの』

「私を殺す必要なかったはずよ」

『仕方ないわ。体があるとどうしても遠くて寂しの。それにあなたがいるからもう必要ないの』

 私は言葉を失った。やっぱり、この子は人間の感情なんて理解できる人間じゃなかったんだ。親友だったものに絶望した。もう、逃げるための体もない。私はこの子が死ぬまで、一生この子のなかに監禁されているしかない。

『もう、なにが不満なの? ミキヤ君とも付き合えるようにしてあげたのに』

 真夜は小さな子供みたいに口を尖らせた。一石二鳥でしょ、と。

『心配いらないよ。嫌な記憶は編集してあげるからね。仲良く付き合っていこうね』

 子供みたいな無邪気な笑顔。

 その好意も、邪悪さも、一緒くたに混ぜ込んだ微笑み。

 悪魔は笑う。自分の邪悪さに気付かずに。

 私は、彼女の悪気のない指先ひとつで目を閉じた。

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脳内彼女 志村麦穂 @baku-shimura

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