第4話 それはつまり、愛の灯火


―――


「それで?追い出したって訳か。」

「そりゃ流石の章くんだって落ち込むわ。私達に気づかないで通り過ぎて行くんだもの。」

「城田の奴、可愛そ。」

「あぁ〜、もう!二人ともちょっと黙って!」


 城田さんを病室から追い出した事を後悔していた僕に、翠さんと森沢がお見舞いに来てくれた。来てくれたのは有り難い、けれど……

 廊下で城田さんとすれ違った時、何か落ち込んでいたようだったけど何かあったのかと問われて、ありのままを答えた瞬間二人の口から飛び出したのが冒頭のセリフである。


「いや、友くんの言いたい事はわかるわよ?でも章くんがわざわざ子宮外妊娠の事を調べてたっていうのもわかってあげて。」

「え、調べてたって?城田さん、元々知ってたんじゃ?」

「そんな訳無いでしょ。いくら章くんでも産婦人科の、しかも男の人が妊娠するやり方なんて知ってる訳無いでしょ。」

 彼女の言葉を聞きながら、『そりゃそうだよなぁ。』と僕は小さく呟いた。


「それはそうと、お前が倒れた時ちょうど城田が店に入ってきたんだ。あのまま倒れてたらお前、頭打ってたぞ。」

「そうそう。章くんが抱きとめてくれなかったらね。」

「そう、だったんですね。」

 あの時聞こえた『友成!!』という声は、やっぱり彼の声だったんだ……救急車で運んだ、とも言ってたし。


「お店の人に救急車を呼んでもらって、私達は章くんから質問攻めにあったわ。どうして倒れたのかとか、飲ませ過ぎだったんじゃないかとかね。」

「あの時はよっぽど焦ってたんだろうな。」

「城田さんが……焦る?」

 信じられなくて二人を見る。すると二人とも静かに頷いた。


「確かに章くんも焦ってたけど、私達も焦ってたのよ。友くんが倒れたのは精巣ガンが原因なんじゃないかって。だから言っちゃったのよ。友くんが妊娠検査薬を使った事。」

 僕なんかの為に皆が我を忘れるくらい焦ってくれた、その事が何だか嬉しくて思わず頬が緩んだ。


「気にしないで下さい。そうでなくてもいつかは言わなきゃいけなかった事だから。」

 僕の言葉に翠さんはホッと息をついた。


「章くんも妊娠検査薬を使った男が精巣ガンだったっていう話は聞いた事があったみたいで、友くんもその可能性があるからって検査したの。だけど友くんが何で検査薬なんて使おうとしたのかは知ろうとしなかった。」

 僕は頷く代わりに布団をギュッと握った。


「精巣ガンじゃないってわかって初めて、何で検査薬を使ったのか疑問に思ったんだろうな。それで調べたんじゃないか?男の妊娠について。」

「もしかして章くんもちょっと期待しちゃったんじゃないかしら。友くんのお腹の中に自分の子どもがいる事。」

「え……?」


『俺だって、友成との間に子どもを持ちたいと柄にもなく思う時もある。』

 ふと蘇ったのは先程の彼の言葉。僕は次々に溢れ出てくる涙を我慢できずに、布団に顔を押し付けて泣いた。


「失望したのはきっと、奴だけじゃない。俺はそう思う。」

「私も。」

「しかし奴も馬鹿だよな。いくら医者だからって専門外だし、そもそも男の妊娠なんて現実離れしている。本気で子宮外妊娠を成功させるつもりだったなんて。無理あるだろ。」

「まぁ、章くんは自信過剰だから。」

「翠さん……はっきり言いますね。」

 あっさりそう言う翠さんに僕は苦笑した。いつもの二人の様子に、いつの間にか涙は止まっていた。


「ところで友くん?これだけは覚えてて。自分の心の中で思ってても口に出さなきゃ相手には伝わらないって事。友くんは一度だって章くんに悩みを打ち明けてなかったでしょう?だったら章くんが友くんの気持ちを知る訳ないじゃない。反対に章くんが何を考えてるかなんて、友くんにはわからない。」

「そう、ですよね。僕……城田さんの気持ちも考えないで自分の気持ちばっかり言っちゃった。」

「一度や二度の衝突で何悩んでるのよ!100万回すれ違ったって男と女はわかりあえないんだから!」

「いや、あの僕……男なんですけど。」

「あら、やだ。友くんってば乙女だからつい……」

「あはは!」

「お!久しぶりに見たな、お前の笑顔。」

「やっぱり友くんは笑ってる方がいいわ。」

「二人ともありがとう。何かスッキリしました。僕、城田さんに会いに行きます。もう帰っちゃったかな。」

「きっと屋上よ。昔から落ち込んだ時は風に吹かれるのが癖なの。」

「わかりました。行ってきます!」

「行ってらっしゃい。」

 僕は二人に手をふると、屋上へ向かった。




―――


「城田さん!」

「友成……」

 案の定城田さんは屋上にいた。僕の方をチラッと見るとさっきまで見ていた空へと視線を移す。


「好きですよ。」

「は?」

「僕は城田さんがだぁ〜い好きです!」

「お、おい!」

「別にいいじゃないですか。」

「病院だぞ。誰かに聞かれでもしたら……」

「いいんです。誰に聞かれようが誰に後ろ指差されようが、自分の心にもう嘘はつけません。」

 城田さんの手を握ってそう言うと、彼も戸惑い気味に握り返してきた。


「やっとわかったんです。子どもがどうのこうのより、今を大事に思うべきだと。貴方と僕がここにいる。この世界で生きている。それ以上に何があるのかと、思ったんです。」

「子どもは諦めるのか。」

「僕は貴方がいれば、何もいりません。」

「……そうか。」

 城田さんが唐突に握っていた手を離す。怒ったのかと焦って顔を見たら、悲しげな瞳と出会った。


「本当に俺でいいのか?何の約束もしてやれないし、子どもも産ませてやれない。口も悪いし無愛想だしお前の気持ちすらもわかってあげられないしっ……!」

 城田さんの頬に手を触れると饒舌に喋っていた彼の口が止まる。

「最初からわかっていましたよ。貴方がそういう人だって事は。それでも貴方がいいんです。これでは不満ですか?」

 笑い混じりに言うと、縋るような目だったのが一転優しい眼差しになって不覚にもドキッとした。


「不満な訳ないだろう。」

 ふわっと抱きしめられて少し体が強張ったけど、次第に力が抜けていく。


 茶化して言ったけれど本当は少し、ほんの少しだけど思っている。女性に産まれていればって。だけど城田さんと出逢ったのは男の僕。だからもう迷わないでいたい。

 約束なんかいらない。証も産めなくていい。彼が傍にいてさえくれれば。


「貴方と別れたって今更女の人なんて愛せません。だから、責任取ってくださいね?」

「当然だ。」

 彼らしい言葉に気づかれないように笑った。




―――


 婚姻届?結婚指輪?二人の子ども?そんなのは今の二人には必要ない。

 非現実的な夢物語を、この先願う事もあるかも知れない。けれど戻ってくるのはリアルな世界なのだから。


 現実という名の箱の中で僕らは生きる。

 幸せで明るい未来を、願いながら……



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禁断の恋2 @horirincomic

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