第8話公爵子息7

「やっぱり知らなかったのか」


「トーマスは知っていたのか?」


「まさか、俺が知ったのはエレノアに聞いたからだ」


 エレノア?

 ああ、伯爵家の令嬢か。


「トーマスの婚約者だったか」


「元、婚約者だ。俺もお前と同じだよ。あの女に良いように利用された。あの女は俺と付き合っている間でも他の男と並行して付き合っていやがった。お陰で俺の将来設計は全てパァになっちまった。折角、俺の腕を見込んで伯爵家が婿にって言ってくれてたのにさ。しがない男爵家の息子には有り得ない縁組だった。高嶺の花を切り捨ててまで選んだのが安い造花だったんだぜ?有りないだろ」


「トーマス……」


「俺だけじゃねぇ。学園でも同じ目にあった連中は結構いるぜ」


「そんなにもか?」


「ああ。ナディアの男漁りは女達の間じゃ、有名だったらしい」


「はっ!?」


「ははっ。笑えるだろ? 知らないのは男だけってこった」


「な、なんで……」


「女達は『茶会』や『パーティー』で情報交換してたんだとさ。ナディアとナディアに篭絡された男達の行動は筒抜けだったらしい。はは……笑えるだろ? 下位貴族の女どもが高位貴族の女達に情報売ってたんだ」


「何故……そんな真似を……」


「そりゃ、お前……高位貴族の女達に高く買い取ってもらうためだろう」


「情報売って金にしていたという事か?」


「それならまだマシだ。自分を売り込んでたんだよ。『私達は仕事ができる女です』ってアピールさ。そうやって高位貴族の屋敷の上級侍女になったり、王宮の女官に推薦してもらったりしてたらしいぜ。女は抜け目ない生き物だ。女に現を抜かしている男を踏み台にして出世してやがるんだからな。高位貴族の女達もその情報で家に有利に婚姻を進めたり、婚約解消しても相手の有責で多額の慰謝料と賠償金をせしめ取って更に地位の高い家と縁組してる。男に媚び売ってたナディアよりも、よっぽど怖いぜ」 


 返す言葉がなかった。

 あの後、ナディアの実態を知るために父上に頭を下げて調べてもらった。もっとも、父上は既に調べ尽くしていたようで、調査報告書を渡された。内容を読んで言葉を失った。

 学園の男子生徒の数名が既に婚約解消していたからだ。その婚約者の女性達はキャロライン同様に、すんなりと別れを受け入れていた。高位貴族の令嬢は物分かりがいいと思ったが、実際は違っていたのだな。元婚約者の男を足蹴にして更なる高みに上っていたのか。


「それよりもブライアン。お前これからどうするんだ?」


「え?」


「いや、お前もキャロライン嬢と婚約解消したんだろ?」


「ああ……」


「俺から言うのも何だが……領地に行くのか?」


「はっ!? 何故、領地に行かないといけないんだ?」


「だってお前! ……まさか知らないのか?」


「なにが?」


「今、社交界で話題になってんだよ。お前がキャロライン嬢を虐げていたってことがな」


「な!? そんなことはしていない!!」


 なんで、そんなデマがまかり通っているんだ!

 事実無根だ!!


「キャロライン嬢に公爵家の仕事を大量にさせて、公爵家の親戚付き合いや夫人達の付き合い、その他諸々を押し付けておいて、キャロライン嬢を無能呼ばわりし、お前は遊び歩いていたっていう噂が広まってんだよ。……ああ、いい。何も言うな。覚えがあるって顔だな。ブライアン、俺はお前のこと友人だと思ってる。家格が違っても対等に付き合える奴だ。だから、これは忠告しておく。社交界にお前の居場所はない」


「……な、なにを……」


「お前が思っている以上にキャロライン嬢の影響力は凄いってことだ。元々、貴族からも王族からも好かれていた令嬢だ。教養が深くて知識も膨大、それに驕ることなく謙虚で気配り上手。キャロライン嬢のアドバイスで成功した外交だってある位だ。彼女は公爵家だけでなく、この国でも必要とされた女性だった。そんな女性を虐げてタダで済むはずがない。今、近隣諸国から凄い勢いでうちの国は非難されてる。お前だけが悪いんじゃない。この国全体でキャロライン嬢に頼っていた部分が大きいんだ。……キャロライン嬢が国内に留まってくれていたらまだしも、既に国外に出ちまったのも不味い。なにしろ、謝罪する相手がいないんだ。許しを得る必要のある人物がいない。それは誰のせいかって話になる。お前が社交界にでれば間違いなく針の筵だ。それさえも生ぬるいかもしれねぇ。誰かに闇討ちされる前に上手く逃げろよ」




 それが友人との最後の会話となった。



 僕は、その数日後に学園を自主退学し、領地に向かった。

 数々の後悔と共に――



 


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