チキン

モンタロー

8

一目惚れ、いや、一聴惚れだった。

木曜日の放課後、友達と服屋に秋冬物を見に行って、いつもより帰りが遅くなった。

最寄駅の改札を出て正面にある広場の桜の木の前を通りがかった時のことだった。

力強くて、それでいて繊細な音が、俺の体に正面からぶつかってきて、体の芯まで震えた。

音が触れたところから、鳥肌が駆け抜けていく。

音の出処には人影があった。

その足元には、クロッキー帳に

『シンガーソングライターのふうちゃんです。宜しければSNSのフォローお願いします!』

と書かれていた。

首から提げたギターはとても大きかった。

いや、彼女が小柄だった。

気づけば足を止めて、人だかりに混ざっていた。

月九ドラマの主題歌を弾き語りしていた彼女の指は、細くて、長かった。

演奏が終わると、マイクスタンドの前に置かれた箱にお客さんが続々お金を入れていく。

彼女は一人ひとりに弾けるような笑顔で礼を言っていた。

既に彼女の虜になっていた俺は、箱に今朝親に貰った夕飯代の千円札を入れた。

今晩親は職場の飲み会らしい。

すると彼女は、

「高校生からこんなに頂けないよ。気持ちだけでも嬉しいです、足を止めてくれてありがとね」

そう言われてしまうと引かざるを得なかったので、代わりに今年発行の百円玉を入れた。

家に帰って早速SNSを検索してみると、ふうちゃんは大学生で、毎週木曜日のあの時間にあの広場で路上ライブをしていることがわかった。

速攻フォローした。


その日から毎週、木曜日が楽しみで仕方なかった。

学校帰りに駅前のカフェで毎週金曜日の単語テストの勉強をしたあと、少しでも早く会いたくて開始三十分前には広場に行く。

最近では、広場で準備中の彼女の邪魔をしない程度に会話もするようにもなり、小一時間路上ライブを満喫して、飲み物と百円玉を置いて帰る。

そんな習慣がついて、三ヶ月が経った頃だった。

世間はクリスマスムード一色。

広場の桜の木にも申し訳程度の電飾が巻き付けられ、大して栄えていないこの辺りの人間もクリスマスを自覚した。

今日は木曜日。

カフェを出ると、冷えきった風が体に沿って吹き、俺は堪らずマフラーに顔を埋めて両手をポケットに突っ込んだ。

マフラーの隙間から白い吐息が漏れ出す。

広場に向かうと、黄色い電球の下にはいつも通り準備をしている黄色いニット帽を被った風間さん─ふうちゃんがいた。

「風間さん、こんばんは」

ギターの調整だろうか。

手元を見ていた風間さんは俺の声に気づいて顔を上げた。

ゴールドのピアスがからん、と音を立てて揺れた。

俺の顔を見上げるようにして、

「あ、高橋くん!また来てくれたんだ」

とびっきりの笑顔で迎えてくれた。可愛い。

「それにしても高橋くんは毎週毎週来てくれるけど女の子との約束とかないの?華のセブンティーンでしょう?」

クリスマスカラーのネイルをした指でペグを弄りながら言った。

「ほっといてくださいよ!風間さんこそ来週もここで路上ライブするって告知SNSで見ましたけど、来週の木曜日はイブですよ?」

「うるさいわね!いいのよ別に。歌いたくて歌ってるんだから」

あ、拗ねてる。可愛い。

「またまた強がっちゃって?僕がケンタッキーでも差し入れましょうか?」

拗ねてるのを見てちょっといじめたくなったからつい意地悪を言った。

「どうせなら一緒にお店で食べようよ」

最初、言っている意味がわからず数秒硬直してしまった。

「お、俺とですか?」

「高橋くん以外誰がいるの?あ、もしかしてさっきの反応は嘘でもう女の子との予定でも入ってるとか?それで来週は来てくれないんだ?あーあ、お姉さんのことからかってるね?」

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!!」

「ヒマならいいじゃない?」

「わかりました、行きます」

どうやら、今年は僕のクリスマスにもイルミネーションが点るみたいだ。

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チキン モンタロー @montarou7

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