第32話ぼっちの道

「ねぇ聞いた? 新藤のやつ、後輩のスカート公衆の面前で堂々とめくったんだって。キモくない?」


「え? まじ嘘でしょ?」


「いや、ガチガチ」


「うわー。最低じゃん」


 朝のホームルームが終わり、もうすぐ一限目の授業が始まろうとしていた時のこと。遠巻きにヒソヒソと、俺を侮蔑する女子の声が聞こえてくる。男子からは「変態マスター」とか馬鹿にされ、女子には蔑まれる。


 な、なんだこれ。どうしてこうなった? いや、理由なんてわかっている。あのクソ野郎のせいだ。篠原のせいで、俺はこんな目に遭っている。何もかも全部、あいつの立てたクソみたいな作戦のせいだ。


 あいつのせいで俺はこんな目に……。だというのに、当の俺をこんな目に合わせた本人は、自分の席で馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

 あ、あのやろ〜! マジで許さん。


 俺は気まずさとか憤りとか引け目とかその他もろもろのいろんな感情を感じて、今すぐ家に帰りたいと思った。

 なんだこれ超気まじぃ。他人から送られる嘲笑や侮蔑、軽蔑、蔑みの視線ってこんなにも痛かったんだな。


 ゴリゴリと精神力が削られていくのを実感する。やばい、なんだか呼吸が整わない。

 はぁ、はぁ、と、なにもしていないのに呼吸が荒くなる。そんな俺を見ると、またも女子たちはコソコソと愉快なおしゃべりを始める。


「なにあれ? なんではぁはぁ言ってんの?」


「さっきのこと思い出して興奮してんじゃない?」


「なにそれまじきもいじゃん」


 い、いやだ! いじめられてるやつとか嫌われてるやつっていつもこんな気持ちだったの? どんなメンタルだよ。並の修行僧よりよっぽど肝座ってるだろあいつら。


 悠久に思える時間の中、俺は一刻も早く一限目の授業が始まることを待ち続けた。

 ほどなくして授業は始まり、そして終わる。それを四度繰り返し、昼休みになる。幸いなことに、俺は女子から嫌われただけで、男子からは特に悪印象を持たれたり縁を切られたりしたわけじゃない。


 最初の方は「不登校になっちゃおうかなー」とか思っていたが、案外なんとかなりそうではある。まあ人の噂も七十五日っていうし、その内俺への誹謗中傷は収まるだろう。


 ポジティブ思考を頑張って巡らせ、いつもよりぐったりとしたまま放課後の部室へ赴く。ガラガラと部室への戸を開け、「ウース」とやる気のない挨拶をすると、先に来ていた篠原が嬉しそうにして。


「おめでとう新藤くん。ようこそぼっちの道へ」


 パチパチと手を叩きながら俺を歓迎した。


「なにがおめでとうだよ。何もおめでたくねーよ」


 ほんとにこいつは……! と篠原に憤りを感じつつも、どかっとソファーに座り込む。


「誰のせいでこうなったと思ってるんだ」


「あら? 私のせいだとでも?」


「それ以外にあるか!」


「言い掛かりはよしてちょうだい。あなたが笹川くんに追いつかれなければ、こんなことにはならなかったでしょ?」


「いや、そこじゃなくてだな……。はぁ、もういいや」


 なんだか今日はこいつと口論する気にならない。篠原は俺が折れたのを確認すると、勝ち誇った笑みを見せる。

 本当にムカつくなこいつは……。


 だらーんとソファーの背もたれに手を回して天井を仰ぐと、俺は軽く愚痴をこぼす。


「そもそもなにがムカつくって、完全に俺のしたことが無駄骨だったってことだよ。元からあいつらが両思いなら、俺が泥をかぶる必要は一ミリもなかったのに」


 デカイため息を吐くと、篠原は気を使ってフォローしてくる。


「まあでも、あの二人が付き合うきっかけを作ったのだからいいじゃない。あなたのしたことが全部無駄に終わったなんてこと、ないと思うけど」


「まあそうだな。それなら俺も、ちょっとは報われる」


 ほんのすこしばかり気が楽になる。そんな俺に気を使ってか、篠原はソファーから立ち上がるとカバンを肩に掛け。


「今日の部活は休みにして、どこかご飯にでも行きましょうか。特別に、何かおごってあげるから」


 唐突に、篠原らしくないことを言われて戸惑う。


「どういう風の吹き回しだ?」


「別に。今回の依頼、一から十まであなたの功績だわ。だからたまには、部員を労ってあげようと思っただけよ」


 「早くしないさい」と帰る準備を催促された俺は、慌てて篠原の後をついていく。

 

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