第28話 恋愛小説無題

 龍平が他人の死に無頓着なのは、死とは天が与えるものだと信じていたからではないだろうか。自分の力で人を死なせたことがないからではないかとわたしは見做したのだが、どうやらそうではないようだ。


 自分の力で姫奈が死んだと飲み込んではいる。それなので懺悔はする。ただし、反省や後悔はしない。そういう気配すら見せはしない。姫奈はあくまで自分の意思で死んだのだと開き直る。実に姫奈らしいと感心さえしている。認識が甘いどころではない。


 彼女は確かに自分の意思でこの世を去ったのだが、望んでいた形で逝ったものだと思い違いをしていた。遺書を読んで噛み砕いて消化する力に乏しいのだ。これでは姫奈は浮かばれるはずがない。いつか姫奈が龍平を褒め称えたことがあるとはいえ、わたし達が思っている以上にふたりの能力というものはかけ離れているのだ。


 それでもわたしは龍平だけを責める気にはならない。姫奈とて龍平に劣らないくらい変人だったのだから。


 龍平はしばらくうわの空で草むしりやら水やりをしていた。姫奈の死を惜しんでいたわけではないのだが、なにかしてやることはないのかと捜していた。彼が出した結論はつまらないことだ。大学を辞めてからも書き続けている恋愛小説「無題」に登場する女の主人公を姫奈の印象に書き換えることにしただけである。


 物語は真実の愛を語る為の作文だ。登場する男の主人公である斗真ははなから龍平の生き写しである。ならば、女の主人公である夏苗は姫奈に似せるのが当然だと気が付いたのだ。


 夏苗にかかわる表記を懸命に書き直すことにした。容姿も気質も愛というものに向き合う姿勢も姫奈に近付けたい。そのことが恋愛小説「無題」を表現することを難しくさせるのだが、今の龍平がそんなことに気付くわけがない。

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