第42話
イリナ先生の問いかけに……取り敢えず僕は、深呼吸した。
「……何故、そう思った?」
「根拠は二つあるわ」
先生は二本の指を立てて言う。
「一つ。私の契約している精霊が、貴方の契約している精霊を最高位の精霊と言っていたこと」
僕は頷き、続きを促した。
「それともう一つ。……貴方、普通に自分で言ってたわよ」
「自分で?」
「魔導兵器と戦っている時、サラマンダー!! って大声で叫んでたから」
「……………………」
僕は口を噤んだ。
(言ったっけ……?)
『言ったような、気がするのじゃ……』
というか、よく思い出してみれば、ポイズン・ドラゴンと戦った時も言ったような気がする。
状況が状況だっただけに、そこまで頭を回す余裕がなかったみたいだ。
言い逃れできそうにないので、僕は頷く。
「ああ、そうだ。俺はサラマンダーと契約している」
「やっぱり……これはまた、とんでもない生徒が来たものね」
イリナ先生は額に手をやる。
「先生が気づいているってことは、クラスの皆も気づいているのか?」
「ううん、私しか気づいていないと思うわ。この前の親睦会でさり気なく皆に訊いてみたけど、他の子は魔導兵器との戦いでいっぱいいっぱいで、それどころじゃなかったみたい」
そういえば親睦会の時、イリナ先生は一人ずつ個別に何か話していた気がする。
生徒一人ひとりと親睦を深めたいのだろうと思っていたが、まさかそんな話をしていたとは。
「あ、でもゲンは、貴方が精霊と契約しているかもって疑ってたわね」
「ゲンが? よく気づいたな」
「まあ、あの子も修羅場を潜っているからねぇ。……っと、生徒のプライバシーを漏らすわけにはいかないわ」
イリナ先生は慌てて口元を押さえた。
「ここからが本題なんだけど、貴方がサラマンダーと契約しているという事実は、クラスの皆にも伏せた方がいいかしら?」
なるほど……それを訊きたくて僕を呼び出したのか。
原作でも、イリナ先生はわりと早い段階でルークがサラマンダーと契約していることに気づく。だからイリナ先生に知られたこと自体はそれほど焦る必要はない。
ただ、クラスメイトたちにもこの事実が発覚してしまうと、幾つかの重要なイベントが消えてしまう可能性がある。
「……伏せておいてくれ。場合によっては皆に迷惑をかけるかもしれないしな」
「そうね、私もそうした方がいいと思うわ。精霊と契約している時点で珍しいのに、その相手が四大精霊だなんて……下手すれば国に監視されるわよ」
確実にややこしい事態に陥るのでそれはやめてほしい。
レジェンド・オブ・スピリットには学生編と英雄編の二つのシナリオがある。英雄編に突入すればルークはどのみちそういう立場になってしまうわけだが、学生編である今はまだ、学生という身軽な立場を維持したい。
「ただ、精霊と契約していることまで隠す気はないな」
「私もそこまで秘密にする必要はないと思うわ。好きなタイミングで皆に説明してちょうだい」
僕が直接皆に説明した方がいいと思ったのか、イリナ先生は自分の口からは伝えないことを暗に約束してくれた。
「それともう一つ、貴方に訊きたいことがあるの」
イリナ先生は真剣な表情で言う。
「魔導兵器と戦っている最中、あの地下迷宮で何か強大な気配を感じなかった?」
何のことを言っているのかすぐに察した。
十中八九――風の四大精霊シルフのことだ。
イリナ先生がシルフの気配に気づいたのは、きっと僕と同じように精霊と契約しているからだろう。
一瞬、悩む。原作と乖離したこの現状を少しでも他の誰かに相談したいという、僕の弱さが顔を出す。
しかし駄目だ。イリナ先生を信用していないわけではないが、シルフのことは伝えるべきではない。
精霊を狙っているのは帝国だけではないのだ。四大精霊が未契約の状態でこの国にいると分かれば、その力を我が物にせんとする者が続々とやって来るだろう。
どのみち、四大精霊と契約するにはそれに足る器が必要なわけだが、これ以上僕の知らないところで状況が悪化する危険は避けたい。
「……いや、知らないな」
「そう。……まあ、そうよね。貴方が地下迷宮に入ったのは、あの日が初めてなわけだし……」
嘘をつく僕に、イリナ先生は何も疑うことなく頷いた。
「でも、魔導兵器が来たということは、あそこに精霊がいるかもしれないわね。警備の手配はしておきましょうか……」
場数を踏んでいるだけあって、鋭い推測をしている。
そこまで考えてくれているなら、当面、シルフが帝国に奪われる心配はなさそうだ。
「色々教えてくれてありがと。それじゃあ教室に戻りましょ?」
「ああ」
◆
授業開始のチャイムが校舎に鳴り響いた後、イリナ先生は予定通り最終試験で起きた事件について説明を始めた。
帝国が魔導兵器と呼ばれるものを開発していること。
その魔導兵器で精霊を奪おうとしていること。
最終試験が終わった後、僕らに伝えた内容を、イリナ先生は改めて説明する。
「帝国が精霊を狙う理由はまだ解明できていないわ。ただ、精霊を狙うようになってから、帝国の文明は急激に進み始めた。あの魔導兵器だって、この国ではオーバーテクノロジー扱いだし」
つまり帝国は、精霊の力で文明を進めている可能性が高い。
だが、精霊と文明……この二つにどのような因果関係があるのかがまだ分からない。
「なあ先生。精霊が狙われているってことは、精霊の契約者も狙われるってことか?」
レティが挙手して問う。
「いずれ狙われるかもしれないけど、今のところその例は確認してないわ。……未契約の精霊と比べると、契約中の精霊に干渉するのはリスクが高いしね」
「リスク?」
「精霊の契約者が死んだら、何が起きるか知ってる?」
レティは否定を示す。
「事故や寿命で死んだ場合は例外だけど、精霊の契約者がもし誰かに殺されたら、宿っていた精霊が理性を失って暴れ回るの。……霊災と呼ばれる現象よ。その規模は凄まじく、中位の精霊でさえ地形が塗り替えられるほどの被害が生じるわ」
「そ、そんなおっかねぇものがあるのか」
「ええ。だから帝国は、契約中の精霊には手を出してこない。少なくとも今のところはね」
帝国との戦いに関して、イリナ先生は僕らよりも詳しい。
だから、いずれ帝国が精霊の契約者を狙う可能性も懸念しているのだろう。その場合は僕もターゲットに成り得る。
もし僕が現時点で帝国に狙われているとしたら、僕は皆にサラマンダーと契約していることを打ち明け、国の監視も受け入れるつもりだ。しかし原作知識を持つ僕は知っている。帝国はまだ契約中の精霊をノーリスクで捕獲する技術を持っていない。
『……妾も、ルークが誰かに殺されたら世界を滅ぼしてやるのじゃ』
急にサラマンダーが怖いことを言った。
冗談に聞こえない。……いや、冗談ではないのだろう。四大精霊が霊災と化したら、どれほどの被害が生じるのか想像もつかない。それは原作でも起きなかったことだ。
「帝国が魔導兵器を使って精霊を集めているのは分かりました。しかし、それならば何故あの地下迷宮に魔導兵器が出現したんでしょうか」
「順当に考えるなら、あそこに精霊がいるんでしょうね。取り敢えず旧校舎は早急に出入り禁止にして、警備も厳重にするから、あまり近づかないでね」
ライオットの問いに、イリナ先生が答える。
その後、イリナ先生は魔導兵器の危険性や、この国の現状についてざっくり説明した。
世界大戦は終わったが、まだ世界が平和になったとは言えない。外交問題やこの国の歴史など、様々な角度からその説明をされる。
しばらくすると、授業終了のチャイムが鳴った。
「今日はここまでね。特級クラスは徐々に授業も難しくなっていくから、ちゃんと予習・復習を欠かさないように」
そう言ってイリナ先生が教室を去る。
休み時間になったことで、僕らは肩の力を抜いた。
「ルーク」
立ち上がって背筋を伸ばしていると、ゲンに声を掛けられる。
「ゲン、どうした?」
「そろそろ約束を果たしてもらおう」
何のことだろうか?
首を傾げる僕に、ゲンはいつも通りの仏頂面で告げた。
「手合わせだ。……入学したらいつでも来いと言ったのは貴様だぞ?」
最終試験で、ゲンと交わした約束。
それを思い出した僕は「そうだったな」と不敵に笑ってみせた。
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