第21話


「俺を指名したのはお前か?」


 ギルドのカウンター前で待つことしばらく。

 階段から一人の男が下りてきて、僕に声をかけた。

 彼が僕の試験官を担当してくれるらしい。


「ルーク=ヴェンテーマだ。よろしく頼む」


「……なんだ、身の程知らずのガキかと思ったが、最低限の礼儀はありそうだな」


 男は目を丸くする。

 心なしか、態度が柔らかくなったような気がした。


「俺はダリウス。一応、S級冒険者ってことになってる」


「一応?」


「つい最近、S級になったばかりなんでな」


 ということは、アニタさんと近い実力の持ち主だ。


「アンタがこのギルドで一番強いのか?」


「ああ。正確には、という条件を付け加える必要があるけどな」


 厳密にはダリウスさんが一番強いわけではないらしい。

 僕としては――この試験で可能な限り優れた結果を出し、高い等級で冒険者の活動を始めたかった。そうすれば高難度の依頼を受けることができ、短時間で大金を稼げる身分になる。学業との両立を考えると、タイムパフォーマンスは意識したい。


「さて、それじゃあ早速試験を……と言いたいところだが、実はお前が来る数分前に、全く同じやり取りをした奴がいてな」


 ダリウスさんが僕の背後へ目配せする。

 すると、そこに立っていた同い年くらいの少女がこちらまで歩いてきた。


 透き通るような黄金の髪。初雪の如く白い肌。触れることを躊躇ってしまうほどの華奢で小さな体躯。そして、どこか眠たそうな、ぼーっとした顔つき。

 僕はその少女を、


「……リズ=ファラキス」


 少女は最小限の自己紹介を済ませる。


「こいつも、お前と同じようにS級の試験官をお望みだ。――というわけで、お前ら二人で協力してかかってこい」


 どうやら僕だけでは相手にならないと判断されたらしい。

 どうするべきか。悩む僕を他所に、リズが口を開く。


「……不要」


 リズは気怠そうに言った。


「足手まとい……邪魔……」


 初っ端から言いたい放題である。

 思わず顔が引きつりそうになるが、表情筋でどうにか堪えてみせた。

 こういう時、ルークなら何と言うだろうか。


「……つまり、一人で戦いたいってことか?」


 リズが怪訝な顔をした。


「いいぜ、先鋒は譲ってやるよ。自分の強さに自信があるのはいいことだ」


 リズはまるで毒気を抜かれたかのように、目を丸くした。

 そのまま数秒ほど間を空けて、リズは小さな唇を開く。


「……変な人」


 そう呟いて、リズはダリウスさんの方を向いた。


「一人ずつ来るのか? まあそれも構わねぇが、手加減はしねぇぞ?」


「問題ない。……私は強い」




 ◆




 ギルドの地下にある、広大な演習場。

 僕とリズはそこに案内され、早速、ダリウスさんと模擬戦をすることになった。


「《アース・ニードル》」


 開幕早々。

 リズが土属性の魔法を発動する。


 リズの足元から土の棘が大量に射出された。本来なら細長い矢のような形状だったはずだが、彼女が放つ棘はもはや杭である。かなりの魔力を注いだのだろう。


「《ウィンド・シールド》」


 ダリウスさんが冷静に対処する。

 乱気流で壁を作る、風属性の魔法だ。ダリウスさんは自身の正面に激しい乱気流を生み出し、迫り来る棘を次々と弾いた。


 その行動を見て、リズは《アース・ニードル》を解除する。

 かと思いきや、今度はダリウスさんの両脇から、ダリウスさん目掛けて大量の棘が射出された。棘を発射する位置は足元でなくてもいいらしい。


『あのリズという娘、魔力の扱いが上手いのじゃ』


(そうだね。規模が大きいから分かりにくいけど、かなり繊細に操作してる)


 大きな棘を放つだけでは攻撃に物理的な隙間が生まれてしまう。そこでリズは大きな棘の間に小さな棘も挟み、隙間をなくしていた。


 加えて様々なフェイントを織り交ぜている。たとえば棘の先端が微かに上を向いていたり、右を向いていたりするが、いざ放たれると全く違う方向へ射出されていた。


 一見すればリズの戦闘スタイルは膨大な魔力に物言わせたごり押しだが、その真骨頂は精密な操作にある。


 だが――決定打にはなっていない。

 ダリウスさんの風の壁が想像以上に厚く、攻撃は全く届いていなかった。

 リズもそれに気づいてか、新たな魔法を発動した。


「《アース・ウォール》」


「ん?」


 リズの唱えた魔法名を聞いて、僕は思わず首を傾げた。

 確か《アース・ウォール》は土の壁を生み出す、防御に適した魔法だ。搦め手として、相手を壁に閉じ込めるような使い方もあるが、今の状況では防御にせよ閉じ込めるにせよ戦術の意味が薄い。


 リズの狙いはすぐに判明した。

 ダリウスさんの足元から巨大な土の壁が現れる。そして――そのまま物凄い勢いで天井まで押し上げた。


「こいつ!? 押し潰す気か!?」


 ダリウスさんが驚く。

 なるほど、岩の壁で相手を持ち上げ、そのまま天井と挟んで潰す気か。

 面白い魔法の使い方をする。

 これは一本取ったか、そう思ったが――。


「《ウィンド・ムーブ》」


 ダリウスさんが風属性の魔法を発動する。

 次の瞬間、ダリウスさんの姿はリズの背後に現れた。


「っ!?」


「悪いな。こいつを使った以上、圧倒させてもらうぜ」


 リズが慌てて後退する。

 ダリウスさんは淡々とした様子で、掌を前に突き出した。


「《ウィンド・カッター》」


 風の刃が、目にも止まらぬ速さでリズの身体を裂く。

 リズの真っ白な両手と両足が、浅く切られた。真っ赤な血が垂れ落ちる。


 リズの脇を通り抜けた風の刃は、その後ろにある硬い壁に鋭利な傷をつけた。

 凄まじい切れ味を誇る魔法だ……それを受けたリズが薄皮一枚しか切られていないということは、手加減されたことを意味している。


「見えねぇだろ。俺も、魔法も。……これが俺の基本戦術だ」


「……まだ、終わってない……っ!」


 リズが悔しそうにダリウスさんを睨む。


「じゃあ、こいつで終わりだ」


 ダリウスさんが再び風の刃を放つ。

 対し、リズはせめてもの抵抗と言わんばかりに《アース・ウォール》を目の前に展開した。本来の盾としての使い方だ。


 大量の魔力を注ぎ込むことで硬度が強化された岩の壁は、飛来する風の刃をいくらか弾いた。しかしダリウスさんが少し多めに魔力を注ぐと、風の刃が岩の壁をまるで豆腐のように綺麗に裂いてみせる。


 と、その時――。

 壁によって弾かれた風の刃が、僕のもとへ飛んできた。


「あ、やべっ!?」


 ダリウスさんが焦燥する。

 しかし僕は冷静に、剣を抜いた。


「ほっ」


 炎を纏った剣で、風の刃を消し飛ばす。

 バチンッ! という音が響いた。


「…………マジか」


 ダリウスさんがこちらを見て驚愕していた。

 一方、リズは敗北を悟ったのか、破壊された岩の壁の裏でしゃがみこんでいた。


「あー、とりあえずリズの試験結果だな。……素質はあるんだが、磨き切れてねぇって感じだ。よってお前はAランク」


 そう言った後、ダリウスさんは僕の方を見る。


「さて、次はお前だが……ちょっと本気でやった方がよさそうだな」


 よく考えたら、これは僕の現時点の強さを測る絶好の機会だ。

 ドラゴンとの戦いはアニタさんと協力したので、僕自身がどこまで戦いに貢献できたか分からない。S級冒険者のダリウスさんと一対一で戦うことで、僕は客観的な実力を把握することができる。


「胸を借りるつもりで、挑ませてもらうぜ」


「ああ。怪我しても恨むなよ?」


 ダリウスさんが不適な笑みを浮かべる。





 ――結論から言うと。


 僕は、自分で思っていた以上に強くなっていたらしい。



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