第20話


 翌朝。

 僕は入学試験を受けるべく、会場である学園まで向かった。


「ここが、シグルス王立魔法学園……」


 思った以上に壮観だ。広大なグラウンドに、清潔感のある巨大な校舎。大都会である王都の中心にこれだけの敷地を用意するとは……実にゴージャスな学び舎である。


『き、緊張してきたのじゃ』


(今日は筆記試験だけだし、そんなに緊張する必要ないよ)


 サラマンダーを落ち着かせながら、校門前の受験生たちの列に並ぶ。

 頭から獣の耳を生やした獣人、耳が長い美形のエルフ、色んな種族がいた。村には人間しかいなかったので、少し新鮮な気持ちになる。


『お主、試験の対策は大丈夫なのじゃ?』


(…………)


『え? な、なんでそこで黙るのじゃ?』


 おや、おかしいな。

 急にサラマンダーの声が遠くなった気がする。


「おはようございます。受験生ですか?」


 列に並んで校門の前まで進むと、係員から確認をされた。

 僕は「ああ」と首を縦に振る。


「では受験票をお見せください」


「受験票はないが、招待状を貰った」


「招待状、ですか……」


 係員は妙な反応をしたが、少なくとも招待状の存在には心当たりがあるらしい。

 微かに怪訝な顔をする係員へ、僕は孤児院に届いた招待状を渡す。


「ヴェンテーマ孤児院の……確認いたしました。それでは、こちらの道を真っ直ぐお進みください」


 係員の指示に従い、僕は学園の敷地を歩いて試験会場まで向かう。


『なんというか、変な反応だったのじゃ』


(そうだね。孤児院のことを知っているような感じだったけど)


『試験対策はしたのじゃ?』


(…………)


『ルーク!? 大丈夫なのじゃ!? お主ほんとに大丈夫なのじゃ!?』


 またサラマンダーの声が遠くなった気がした。おかしいなぁ。

 ちなみに孤児院の伏線が回収されるのはまだ先である。


 これから僕たちが入学するシグルス王立魔法学園は、世界大戦を終わらせた英雄シグルス=ヴェンテーマが創設した学園だ。

 そして、僕やアイシャが育った孤児院の名前は、孤児院。


 英雄シグルスは、世界大戦によって親を失った子供たちのために、国内の各地にヴェンテーマ孤児院を設立した。しかし実は、シグルスがこの孤児院を設立したことにはもう一つの隠された意図が存在し……といった展開が後々発生するのだ。

 が、今は気にしなくてもいいだろう。


 会場である講堂の中に入ると、大量の机と椅子が並んでいた。

 既にその半数が受験生たちで埋まっている。シグルス王立魔法学園は王立なだけあって国内でも随一の名門校……試験直前だというのに、受験生たちは最後の詰めと言わんばかりに黙々と参考書を読んでいた。


 席に座り、しばらく待っていると試験官が現れて答案用紙が配られる。

 試験が始まると、受験生たちは静かに問題を解き始めた。


(……サラマンダー)


『よ、ようやく喋ったのじゃ……』


(ここの答え、分かる……?)


『お主…………』


 なんだか哀れみの目で見つめられているような気がした。


(い、いや、大丈夫だよ。ちゃんと合格するから)


『ほ、ほんとか? それも未来予知というやつなのか?』


(そう、未来予知。だから問題なし)


 ヴェンテーマ孤児院の出身である僕は、実は一次試験の合格が確定している。二次試験以降は実力で合格しなければならないが、一次試験はどれだけ適当にこなしても問題ないはずだ。


 正直、僕の場合、試験対策をしている暇があればもっと強くなるべきだ。

 最初からそのつもりで行動してきたけど……いざ解けない問題ばかり見ていると、ちょっと悲しくなってくる。

 最低限の学力くらいは身に着けよう。そう反省した。




 ◆




「お疲れ様でした。試験の合否は明日の正午までに、こちらの魔法石で確認できるようになります。合格、不合格にかかわらずその後の指示も通達されますので、魔法石は決して紛失しないよう注意してください」


 全ての筆記試験が終わった後、学園の入り口にいる係員から魔法石を渡される。

 掌に収まる程度の薄い円盤のような石だった。表面はスマートフォンのような液晶パネルっぽいものになっている。


『この後はどうするんじゃ?』


 魔法石をポケットに入れた僕に、サラマンダーが訊いた。


「冒険者ギルドに行こうと思う」


『ギルドに?』


「理由は二つ。一つは実戦経験を得て実力を伸ばすこと。もう一つは、お金かな」


『金が必要なのじゃ?』


「うん。装備を整えたい。特に性能のいい武器が欲しい」


 そう言って僕は腰に携えた剣に軽く触れた。


「きっちり手入れして長持ちさせていたけど、そろそろ限界が近いんだよね。ドラゴンと戦った時に刀身が殆ど潰れちゃったし」


『確かに……こうして聞いてみると深刻な問題なのじゃ』


 武器は自分の命を預ける大事な相棒だ。比較するわけではないが、サラマンダーと同じくらい気を配らねばならないものである。


 それに――ルークになってから、一つ分かったことがある。


 多分、僕はルークと違って

 主人公補正と言ってもいいだろう。僕にはそれがないのだ。本物の主人公ではないのだから当然とも言える。……激しい戦闘をしたら、ちゃんと周りの人や建物にも被害が出るし、こんなのゲームなら大バッシングを受けるだろうと思えるような鬱展開もどんどん発生してしまうのが現状だ。


 今後、自分にとって都合のいい展開が偶然起きるようなことはないと考えていいだろう。基本的に、ルークが生来備えていた能力以外は期待しない方がいい。


 思えば、ルークは本当にご都合主義の塊のような男だった。ルークがいれば誰も死なず、何もかもがまるっと解決する。

 そのご都合主義がない分、僕はとてつもなく慎重に行動せねばならない。


 武器の新調はその一環だ。原作のルークは戦闘中に武器が壊れることはなかったが、多分、僕の場合は容赦なく壊れる。だから注意せねばならない。


『しかし、急を要する必要はあるのか? しばらくは試験で忙しいじゃろう』


「シグルス王立魔法学園には、在学中はギルドへ登録してはならないっていう学則があるんだよ」


『……む? なら、どのみち登録しても意味ないのではないか?』


「在学中の登録が禁止されているだけだから、在学する前に登録したらいいんだ」


『……法の抜け穴じゃ』


 実際、原作にはその方法を使って、学生でありながらこっそり冒険者として活動しているヒロインがいる。

 今回は彼女のやり方を真似させてもらおう。


「これから僕は、表向きは学生、裏では冒険者といった身分で活動する。……なにせ僕は寝なくてもいいからね。ギルドは夜中でもやっているし、一日を限界まで使い尽くせるよ」


『……くれぐれも、無茶だけはせぬようにな』


 平日の日中は学生、深夜と休日は冒険者といったスケジュールになるだろう。過酷な気もするが、弱い僕にはこのくらいが丁度いい。


 冒険者ギルドに到着した僕は、すぐに扉を開いて中に入った。

 併設している酒場で盛り上がっていた屈強な男たちが、僕のことを一瞥する。ここはガキが来るような場所じゃねぇぞと彼らの目が訴えていた。

 その目を無視して、カウンターまで向かう。


「いらっしゃいませ、ご用件は何でしょうか」


「ギルドに登録したい」


「畏まりました。では試験を受けていただきますね」


 冒険者ギルドは試験に合格さえできれば何歳からでも登録できる。

 さっきまで学園の入学試験を受けていたのに、また試験だ。しかしギルドの試験は実力を試すものだけだったはず。それなら十全の力を発揮できる。


「ここ、ラーレンピア王国冒険者ギルド本部の試験は、ギルドの構成員との模擬戦になります。対戦相手の等級を指定できますが、どのくらいにしますか?」


「S級で頼む」


「…………はい?」


 聞き返す受付嬢に、僕は改めて告げた。


「とにかく、一番強い奴を出してくれ」


 


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