第49話 吐き気を催すクソ女神様

 新たな【災厄】をアイギス兄妹が封印した直後。

 合流したピィの様子がおかしいという事で、俺達は酷く困惑していた。


「ねぇ、それじゃあもう一度訊ねるわよ?」


「はい」

 

 レストーヌ城の中にある応接室。

 そこで俺達は、椅子に座るピィを取り囲みながら……彼女の身に何が起きたのかを確認しようとしていた。


「アンタの名前は?」


「名前などありません。私はただのポイントカードです」


「違うでしょ。アンタの名前はピィよ」


「ピィ? 理解できません。ポイントカードに名前など不要です」


 ルディスの質問に淡々と答えるピィの顔には、一切の感情の色が無い。

 今までの彼女とは打って変わって、まるで機械のような状態。


「……担い手、これはやっぱり記憶を失っているみたいね」


「ああ。でも、なんかそういう感じでもないっていうか」


「どういうこと?」


「なんていうか、人格そのものまで変わっているみたいじゃないか?」


 俺は眼下のピィを見下ろしながら、考える。

 たとえ記憶が無いのだとしても、ピィはこんなにも冷たい態度を取るような子ではなかったはずだ。


「たしかにリュートの言う通りだ。今の彼女は、とても以前と同じ子には見えん」


「でもこの子は間違いなくピィでしょ?」


 言いながら、ルディスはピィの頬をむにーっと引っ張る。

 しかしそれでもピィは一切の反応を見せず、黙って座ったままだ。


「にゃー。ここはやっぱり、あの子が関係しているんじゃないっすか?」


「あの子って言うと……アイツだよな」


 ピィがおかしくなったのと同時に、姿を消してしまったインポティ。

 この状況では、アイツが怪しいと思うも当然の話だ。


「でも、インポティのタブレットは担い手が持っているわけだし。ピィに何かできるとも思えないんだけど」


「俺もそう思っていたよ。でも、実際にこうなってしまったわけで」


「…………」


 くそっ! 俺のせいだ。

 俺があの時、ピィをクソ女神なんかと二人きりにしてしまったから……


「お兄さん、落ち込んでいる場合じゃないっすよ」


「あ、ああ。そうだな」

 

 メルーニャの言う通りだ。

 ここで俺がしっかりしないでどうする。

 ピィを元に戻すためにも、今はやれる事からやっていこう。


「えっと、ポイントカード……」


「はい。なんでしょうか?」


「お前はポイントカードに名前は必要無いと言っていたけどさ、今のお前は擬人化している状態なわけだ。便宜上、名前が無いと困るだろう?」


「たしかに。それはそうですね」


「ああ。だからお前の名前はピィだ」


「かしこまりました。そのように設定しておきましょう」


 本音を言えば、今の状態の彼女をピィと呼ぶのには抵抗がある。

 しかし他の名前で呼ぶわけにもいかないだろう。


「ありがとう。その上でいくつか、確認したい事がある」


「……どうぞ」


「お前の中に、この世界に来る前の記憶はあるのか?」


「記憶としては、ありません。しかし知識として記録は残っていますよ」


「知識?」


「はい。マスターが前世において、うだつの上がらない男であったこと。趣味と生きがいがポイントを貯めること。女神インポティ様の導きで、この世界に転生したこと。ポイントを使って得た力で、この世界での人生を謳歌していること」


「アタシという運命の武器と出会ったのよね……」


「我とも激しい戦いで、愛を育んだのだったな」


「にゃー。ボクともイチャイチャしてくれたっすよー」


「……」


 まぁ、ルディス達はおいておくとして。

 ピィは記憶を失った代わりに、俺達と過ごした情報だけ得ているってことか。


「今のお前の状態は、この世界に来た当時と違っているよな?」


「はい。そうなります」


「どうしてそうなったんだ?」


「それは、インポティ様が私を初期化してしまったからです」


「……は?」


 初期化……だって?


「詳しく話してくれ。俺達と別れた後、インポティと何があった?」


「……では、お話し致しましょう」


 ピィはコクリと小さく頷くと、自分の身に起きた事情についてゆっくりと話し始める。


「マスター達と別れた後、インポティ様は私を人質にしてマスターからタブレットを取り返す作戦を実行しようとしました」


「あのクソ……」


「ですが、幼女となった彼女の力では私を取り押さえるのは不可能。逆に彼女は私に取り押さえられてしまいました」


「え? アンタが勝っちゃったの?」


「はい。ですが、ここで想定外の事態が発生したのです」



【数十分前 レストーヌ城 廊下】



「何をするんですか!? やめてください!」


「うぐぬぬぬぬぅ……! こんな体じゃなければ……!」


「もしかして、幼児退行から正気に戻っているんですか? だとしたら、マスターに報告しませんと」


「ぢぐじょぉ……ポイントカードの分際でぇ!」


 両腕を後ろ手に回され、背中に体重を掛けるようにして抑え込まれているインポティ。

 この状況ではもはや打つ手なしだと思われたのだが……


「放しなさいよぉ……!」


「……!!」


 インポティがそう言った瞬間、ピィの体は勝手に力を緩めていく。

 そうしてインポティは自由の身となった。


「あれ? やけに素直ではないですか」


「……ご命令でしたので」


 苦虫を噛み潰したような顔で、そう答えるピィ。

 それを見たインポティの顔は、愛らしい幼女から性悪の魔女のように変わる。


「へぇ? もしかして……貴方、私の命令に逆らえないのですか?」


「っ!」


 このままではまずい。そう判断したのか、ピィは踵を返して駆け去ろうとする。

 しかしその背中に向かって、インポティは叫ぶ。


「止まりなさい!」


「……」


 ピタリ。


「今から私がいいと許可するまで、その場を動いてはなりません。大声を出して助けを呼ぶことも禁止します」


「……はい」


「さて、もうこれでハッキリしましたが……念のために確認を」


「……」


「答えなさい。貴方は私の命令に逆らえないのですね?」


「はい。私はマスターとインポティ様に従うように作られています」


「……あはっ。そういえば、そんな設定にしていましたか」


 ニヤニヤニヤ。美しい幼女は下卑た笑みを浮かべ、ピィへと近づいていく。


「ただし、マスターとインポティ様の優先度は同値となっています。ですので、マスターを害する命令はお受けできません」


「ふぅん? それなら、あの男のポイントを全て消去するとか、すでに手に入れたスキルを無効化するとかも出来ないのですね」


「できません」


「ちぃっ……それは困りました」


 顎に手を当て、考え込むインポティ。

 しかしすぐに何かを思いつたのか、ピィの元に近付いていく。


「じゃあ、貴方に関する命令ならどうです?」


「……可能です」


「だったら、今から私の言う通りにしなさい」


 インポティはピィの体に抱き着き、両腕を背中に回しながら……囁く。


「貴方の中にある全ての思い出を消去しなさい。あの男と一緒に歩んできた10年間の記憶も何もかも……その全てをね」


「い、いやです……」


「は? 断れるわけがないでしょう?」


 涙目になりながら、ふるふると首を振るピィ。

 しかし、彼女の意思には関係なく……女神の命令は実行される。


「やだ、やだやだぁぁぁぁぁっ!」


 必死に嫌がるピィ。心の中では何度も、マスターであるリュートに救いを求める。

 しかしインポティの命令で、彼に助けを求める行為は取れない。


「ます、たー……」


 ピィの額に淡い光が浮かび上がる。

 それと同時に彼女の体はガクンと糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。


「あ、ぁ……うぅ、ぇ……」


 口の端からよだれを垂らしながら、ガクガクと痙攣するピィ。

 そうしている間に、額に浮かんだ光は徐々に霧散していき……


「メモリーリセット。処理を開始致します」


「あっははははははっ! ざまぁみなさい、安藤流斗!! 貴方の大切な子はもう、この世から綺麗さっぱり消えてなくなりましたよ!!」


 もはや別人となったピィを見下ろしながら、高笑いするインポティ。


「ですが、私の復讐はまだこの程度じゃ終わりません。貴方を地獄の底に、必ずや叩き落としてやりますから」


 そう言い残し、インポティは人目を忍ぶように去っていった。

 彼女は一体これから、何をしようとしているのか。

 それはまだ、誰にも分からないことであった……














【調子に乗ったインポティが完膚なきまでに理解らせられて、公開反省羞恥全裸土下座する羽目になり、なんだかんだでピィの記憶が元通りになってハッピーエンドまで残り……○話】


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スキルポイント99999の使い方~閉店したスーパーのポイントをステータスに割り振ってみたら異世界ハーレム無双でした~ 愛坂タカト @aisaka3290

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