第46話 初めての恋 ~撃ち抜かれたのは彼女の心でした~

 2人で1つ。一心同体。

 若くして八神使に数えられるアイギス兄妹との戦い。


 あのオズボーンさんを難なく倒し、カルチュアからも実力を認められる強敵。

 一体どのような激闘になるのか、期待していた人も多いのではないだろうか。


「ねぇ、ダーリン……♡ アタイのこと、どう思う?」


「え、えーっと?」


「アタイね、将来は海辺に建てた白い家でダーリンと一緒に住みたいの。それでね、庭に大きな犬小屋を建てて大型犬とレイを飼うんだぁ♡」


 しかし、そんな方の期待は裏切られる事になるだろう。


「しゅき……♡ アタイだけのダーリン♡」


 なぜならば、もうすでにアイギス兄妹は……俺に完全敗北してしまったのだから。


 

【第46話 初めての恋 ~撃ち抜かれたのは彼女の心でした~】デデーン!



 全ての始まりは戦闘開始直後に遡る。

 相手が強敵だという事もあり、俺は万全を期して戦いに臨もうとしていた。


「さぁ!! ぶっ殺してやんよー!!」


「ま、負けたらアスカに殺されちゃう……殺されちゃうよぉ」


 意気揚々としているアスカと、怯えている様子のレイ。

 互いの装備が銃と十字架である事からして、確実に攻撃担当はアスカの方だ。


「……」


 そして先程のオズボーンさんの負傷。

 直前の爆発音から察するに、あのデカい銃から放たれる弾丸は爆破系の能力も秘めていると推測出来る。


「(弾丸を撃ち落とすのは得策じゃないな)」


 避けたところで爆破されてしまうとダメージを負いかねないし、撃ち落とそうとした時点で爆破する可能性もある。

 そうなると、速攻で敵の懐に入るのが一番かな。


「ルディス、行くぞ」


 トントンッと軽くその場でステップを踏んでから、俺は全速力で駆ける。

 その瞬間、アスカはライフル銃を構えてこちらに弾を発射してきた。


「死ねよやぁぁぁぁぁっ!!」


 しかし俺はそれを全て回避し、アスカ達の目前へと迫る。

 そして斧を振り上げようとした瞬間。


「踏み込みましたね?」


「!!」


 レイが一言を放つのと同時に、俺の体が唐突に動かなくなった。

 これは……!?


「バーカ。こちらが銃使いだからって、間合いに入ればどうとなるとでも思ったか?」


 ジャキンッと俺の眼前にライフルの銃口が向けられる。

 しかしそれでも、俺の体は動かない。


「死んどけ、おっさん」


 タァーンッという銃声。

 そして俺の顔面に炸裂した弾丸が、ドグォンッと爆発する。


「ハッ! 口ほどにもねぇ……」


「なるほどな。たしかに、策もなく近付いたのは迂闊だったか」


「なっ!?」


「ひぃっ!?」


 俺が声を上げた事に驚愕し、目を見開くアスカとレイ。

 そりゃ驚くよな。爆煙が晴れた中から、消し飛んだはずの頭が出てくるんだから。


「……んー。ルディス、これはなんだと思う?」


『さぁ? 多分、なんかのスキルじゃない? 相手の動きを封じる系の』


「だよな。麻痺とか毒なら、俺に効くはずも無いし」


 物理的な拘束技なら、俺の【力】で強引に突破出来る。

 それなのに指一本すら動かせないのは、恐らくは【力】に関係なく相手を封じるスキルを持っているからだろう。


「アスカ!!」


「わぁってる!! アレをやるぞ!!」


 ライフルをリロードし、こちらに再び銃口を向けようとするアスカ。

 しかし俺も、このままずっと大人しくしているつもりはない。


「バーストモード」


 俺はルディスの形態をバーストに変化させて、砲台から炎のレーザーをぶっ放す。


「「!?!?!?」」


 発射時の反動によって、俺の体は後方へと下がる。

 この時点で、俺の体は空間に固定されていたわけではないと把握出来たな。


「お? 体が動く」


 恐らくは俺の動きを封じていたのはレイ。

 彼から離れた事で、技の射程範囲外に逃げられたようだ。


「レイ!! 逃してんじゃねぇよ!!」


「だ、だって!! あんなのどうしようもないじゃないか!!」


「うるせぇ!! 言い訳する前に次の手を考えやがれ!!」


 ダンダンダンッ。

 ライフルから放たれた弾丸が一斉に俺の体に迫ってきたが、ここで俺は新たなるルディスの形態を披露する。


「ルディス・ブロックモード」


『かっちこっちーん!』


 手にしたルディスの刃部分が数倍にも広がり、全体に透明な氷を纏う。

 ようするに、ルディスそのものが巨大な氷の盾と化したわけだ。


「曲がれ!!」


「!!」


 しかし、弾はルディスに防がれる直前で急にぐるんと動きを変える。

 そして盾部分を避けて、その後ろにいる俺に襲いかかってきた。


「弾丸操作……これはレイの仕業か」


 バックステップをして、ルディスをアックスへと戻す。

 それから誘導追尾してきた弾丸を全て叩き落としていく。


「……読めてきたな」


 レイの方はなんらかの、物体を操作する系の能力を持っている。

 遠距離から放たれる弾丸はターゲットを永遠に追いかけ続けて面倒だし、かといって接近すれば動きを封じられてしまう。


「ふむ。たしかにこれは面倒な相手かもしれないな」


『よく言うわよ。弾丸がヒットしても、ダメージ0なくせに』


「まぁな。でも、相手だって流石に奥の手くらいあるだろ」


 俺もこっちの世界で強くなりすぎた。

 ハッキリ言って、アスカの弾丸如きじゃ俺を倒すのは一生かかっても不可能だ。

 それは先程、至近距離で俺の顔面を撃った本人が自覚しているだろうが。


「……クソがぁ。楽に仕留めるつもりだったが、もう知らねぇ!!」


「え!? アスカ、まさか……!?」


「マジで殺るぞ。アタイも、封印を解いてやる」


 そう言って、アスカは左目を閉じる。

 そして右目を塞いでいた趣味の悪いドクロ眼帯を強引に引きちぎった。


「ああ、アスカ……駄目だよぉ」


「うるせぇ。勝てばよかろうなんだよ!!」


 カッと見開かれた瞳。

 それは青色をした左目とは異なり、怪しい輝きを放つ金色の瞳であった。


『なんだかヤバそうね』


「ああ、油断は禁物だ」


 ルディスを握る手にも力が籠もる。

 俺は頬を伝う汗を腕で拭い、再びルディスを構え直した……のだが。


「…………」


「ん?」


 金色の瞳を曝け出したアスカは、その目でこちらを見たまま動かない。

 ポカンとしたように口を半開きにして、じぃーっと俺の事を見つめ続けている。


「ア、アスカ? どうしたの?」


 隣のレイがおずおずと近付いて、トントンと肩を叩く。

 しかしそれでも、アスカは動かない。


「ほへぇ……」


 半開きの口の端からは、たらーっと涎まで垂れている始末。

 これは何の冗談だ? それとも油断させる作戦なのか……と、俺が警戒していると。


「か、かっこいい……♡」


「「は?」」


『はぁ?』


「むぅ?」


 俺とレイ、ルディス、カルチュア。

 全員の驚く声が一斉に、シンクロ率400%を超える。


「どうしたのアスカ!? なんだかおかしいよ!?」


「うるせぇよ。てめぇは黙ってろよ、クソ兄貴」


「あっ、いつものアスカだぁ♡」


 自分の事を案じた兄を足蹴にする妹。

 そんな妹の暴力に笑顔を見せる兄。

 ぶっちゃけドン引きしていると、再びアスカがこちらを見てきた。

 その瞳はハートマークで、頬は真っ赤。

 おまけにライフルを放り捨てた後に、体をくねくねさせながらこちらに近寄ってくる。


「あのぉ……ちょっと、話したいんだけど♡」


「おう?」


「きゃっ♡ 声もカッコいいじゃねぇか……♡」


「はい?」


「この勝負……アタイらの負けでいいぞ♡ もう降参だ♡ 勝てるわけがないし♡」


「うぇぇっ!? アスカ!? 何を言ってるのさ!? そんな弱気な態度は、アスカらしくないよ!!」


「すっこんでろやクソ兄貴!! ぶっ殺されてぇのか!? ああんっ!?」


「うぎゃあああああああっ!?」


 近付いてきた例の股間を蹴り上げた後、倒れた彼に容赦ない追撃を浴びせ続けるアスカ。

 俺に接する時の態度と、レイに対する時でまるで別人のようだ。


「ええっ……(ドン引き)」


『なぁにこれぇ(ドン引き)』


「こ、これは想定外だな……(ドン引き)」


 どうしていきなり、こんな事に?

 そう思った時、俺はふと思い出した。

 前にもこんな事があったような気がする。

 たしかあれは……


「あああっ!? しまった!? マフラーが無い!!」


『あっ』


 そうだ。俺は前に『魅力』のステータスをバカ上げしてしまったせいで、女性に顔を見られるととんでもない事になるんだった。


『でも待って! 担い手の素顔を見たのは、少し前でしょ? なんで今になって……』


「そうだよな。なんで急に俺の顔を見て……」


 もしも俺の顔に一目惚れするのなら、タイミングがズレている。

 俺がそう思っていると、後ろの方で戦いを見守っていたカルチュアが口を開く。


「アスカの左目はほとんど見えていないんだ。だから、真の能力を使う為に右目の魔眼を開眼した時に……初めて、リュートの顔を正確に認識したんだろう」


「あ、そうだったのか」


 とりあえず、疑問点は解消出来た。

 いや、解消はしたけど……問題はまだ残ってしまっている。


「……♡」


 くねくねくね。両手を後ろ手に回し、俺にすり寄ってくるアスカ。

 足元でボロ雑巾のようになっている兄には、目もくれていない。


「だ・あ・り・ん♡」


「ダーリン!?」


「いやんっ♡ 言っちまったじゃねぇか……♡ まだアタイの想いも伝えてねぇっていうのにさぁ」


 ゾゾゾゾッと背筋に寒気が走る。

 いや、アスカは可愛い美少女ではあるんだ。

 でも確実に、この子は俺の魅力に洗脳されて好意を抱いているわけで。

 そんな相手に言い寄られても、まるで嬉しくなんかないんだ。


「あー……くそ。面倒な事になったな」


『担い手、もうずっとメガネを掛けておいた方がいいんじゃない?』


「いやぁ、伊達メガネは極力避けたいんだよなぁ」


 図書委員の眼鏡っ娘。学級委員長の眼鏡っ娘。

 大人しい巨乳眼鏡っ娘。

 そうした存在がもしも伊達メガネだったら、俺は傷付く。

 きっと、同じ考えの人は他にもいるはずだ……多分。

 

 だからこそ俺は伊達メガネをしたくない。

 陰の者特有の、おしゃれ眼鏡に対する反骨心のようなものがあるのかもしれない。


「まぁ、俺のこだわりはおいておくとして」


 問題なのは俺にゾッコン状態になってしまったアスカと、そんな彼女にボコボコにされたレイをどうするか。


「ダーリン♡ 式はいつ挙げる?」


「あすか……もっと、強く、いじめてぇ……」


 ああ、ちくしょう。

 本当に面倒な事態ばっかり起きやがる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る