第17話 準決勝(VS幻惑のシャド)


「リュート選手がファーガス選手を下し、準決勝に進出です!!」


「「「「「ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」」」


「ここまで行ったら優勝しろよー!!」


「最強のレベル0の誕生だー!!」


 ベスト4進出。

 ついに誰しもが俺の実力を認め、大量の声援の浴びせてくれる。

 その事に喜びつつ、俺は控え室へと戻っていく。


『担い手、顔がニヤけてるわよ』


「いやー。テンション上がっちゃって」


「今回はアタシも大活躍したし、最高の勝利だったわね。むふぅー♡」


 擬人化したルディスが、俺の背中にしがみついたまま頬擦りをしてくる。

 それは素直に嬉しいのだけど、ムニュムニュと背中に押し当てられる柔らかな感触の方が気になってしまう。

 25歳交際経験ゼロの童貞に、その胸は刺激が強すぎるんです。


「ル、ルディス……もうすぐ控え室だから」


「だぁめ♡ 今はご褒美タイムだもの♡」


「……仕方ないな」


「それでいいのよ。ちゅっちゅちゅー! ほっぺにちゅー♡」


「くすぐったいぞ……というか、ピィが怒るぞ」


「いいの! 今は他の女の話はしないで!」


「分かったけど……やりすぎて痕を残さないでくれよ」

 

「……」


「ん?」


 俺がルディスのスキンシップを受け入れてイチャイチャとしていると、廊下の奥から例の仮面選手が歩いてくる。

 そうか。俺の試合の次はコイツの試合だったのか。


「なぜ同志達が全員倒されていたんだ……? くそ、このまま俺一人でやらなければならないのか……」


 仮面男は何か考え事をしているのか。

俺達に気付いていない様子でブツブツと呟き、フラフラとした足取りだ。

 どうやら今頃、ナンチャラとかいうお仲間が全滅している事に気付いたらしい。


「(まぁ、お仲間を全滅させたのは俺なんだけど)」


「(全員弱すぎてお話にならなかったわよねー)」


 俺とルディスが憐れみを込めた視線を送っている事にも気付かず、仮面男は闘技場の方へと進んでいく。


「憂鬱だ……」


 ボソリと呟かれた一言に、俺はほんの少しだけ同情心を覚える。

 せめて準決勝に進んでくれればいいものだが。


「あんな奴、どうでもいいでしょ。それよりもっと構いなさいよ」


「ああ、ごめん」


 ぎゅぅっとルディスにしがみつかれ、俺は仮面の男から視線を逸らして先へ進む。

 だからこそ俺は気付かなかった。


「とにかく、準決勝に進んでから、本部に連絡を……」


「おい、そこの仮面」


「誰だ!? って、お前は……レストーヌの!?」


 ガツンッ。


「ぐああああっ!?」


「……フフフ、ちょうどいい奴がいて助かったぞ。これで我も、あの人と戦える」


 あの後、3回戦に出場しようとした仮面選手が何者かに襲われてしまい。

 全く別の人物に入れ替わった事に。



【数十分後】



 最初は30人近くもいて狭く感じていた控え室も、大会の進行と同時に数が減って……今ではかなり広く感じる。

 ちなみに残っているのは俺を含めて、準決勝に進出した4人だけだ。


「ふぉっふぉっふぉ……」


 まずは俺と準決勝でぶつかる事になる老人。

 見た目はまさに達人という感じで、レベルはなんと51。


「……」


 続いて、怪しい組織の一員である仮面選手。

 どうやらあの後、無事に3回戦を突破したようだ。


「…………じぃーっ」


「???」

 

 そんな仮面選手はなぜか、控え室に戻ってきてからずっと俺を見つめてきている。

 もしかして、あのお仲間を全滅させた事がバレてしまったのだろうか。


「いやぁ、まさかおじさんが勝ち残っちゃうなんてねぇ。どこまで悪運が続くか……」


 最後の一人は仮面選手と準決勝を競う40代くらいの男性。

 ボサボサ髪に無精髭。声にも覇気が無くて弱そうに見えるが……その頭上に輝くのは俺が見てきた中でも最高レベルの61。

 単純なレベルのみならば、彼が優勝候補だと言えるだろう。


「じぃーっ」


「……」


 しかしそれにしても、仮面選手の視線が気まずい。

 出来る事なら、この人が敗退して欲しいものだ。


「ほっほっほっ、お若いの。そろそろ時間じゃよ」


「あ、すみません」


「3回戦の直前といい、ずいぶんとあの仮面が気になるらしいのぅ」


「あはは、少し事情がありまして」


「……確かに、あやつはどこかおかしい。警戒しておいて損は無いかもしれんな」


 老人は顎髭を撫でながら、チラリと仮面の選手を見る。


「2回戦までの奴は大した腕では無かった。しかし、今ではまるで別人のように気が洗練されておるようじゃ」


「別人のように……?」


「ホホホホ! しかし要らぬ心配よ。お主は準決勝で儂に敗れるのじゃからな」


「……それはどうでしょうか」


「もうじき分かる。ジジイじゃと思って儂を甘く見ん方が良いぞ」


「!!」

 

 俺に背を向けて、控え室の扉を開く老人。

 そのゆったりとした動きは一見すると隙だらけに見えるが……


『担い手……面白くなりそうね』


「ああ。相手が強ければ強いほど、倒し甲斐があるってもんだ」


 俺は気を引き締め直し、老人の後を追う。

 そうだ。まずは確実に目の前の相手を倒し、決勝に進む事に集中しないと。


【数分後】


「お集まりの皆様!! 激しく盛り上がってきた今大会もいよいよ準決勝!! この試合の勝者と、続く第2試合の勝者が映えある決勝に進むのです!!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」


「それではご紹介しましょう! まずは今大会最年長!! 裏社会に伝説を残す暗殺格闘術……霞幻影流の師範!! シャド選手だー!!」


「ほっほっほっほっ! 大会を見たと言ってくれれば、殺しの依頼料半額キャンペーンを開催しておるぞ」


「そしてそしてそして!! 誰もが予想もしなかったダークホース!! 世界の常識を覆すのはこの男なのか!? 最弱のレベル0でありながら連戦連勝!! その強さは誰も疑いようがない!! 斧使いのリュート選手だぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「う、うぃっす……」


『何を照れてるのよ、担い手!! もっと堂々としなさい!!』


「いやだって、今の紹介はちょっと盛りすぎというか……」


『はぁ!? 全然足りないくらいでしょ!?』


 そうは言われても、年末の格闘特番のテンションで紹介される経験なんて無いのだから仕方ない。

 しかも審判のお姉さんは美人だし、スタイル抜群だし。


『……あ?』


「イエ、ナンデモナイデス」


 余計な事を考えると首を切断されかねないのでやめておこう。


「頑張ってくれレベルゼロー!!」


「お前は俺達庶民の希望の星だー!!」


「マスター!! 大好きでーす!! 頑張ってくださーい! 愛していまーす!!」


 数多くの声援で溢れていても、あの子の声だけは聞き逃さない。

 一番の熱量、一番の大声で応援してくれているからな。


「羨ましい人気じゃのぅ。それだけに、コテンパンにするのは気が引けるわい」


「こちらも、爺さんをボコるのは気が引けますよ」


「「……」」


「両者向かい合って!! それではこれより、準決勝第1試合を始めます」


 ルディスを抜いて構える俺。

 しかしシャドさんは構えず、両手を後ろに回したままだ。


「試合開始ぃっ!!」


 ジャァーン!!

 大銅鑼の音色と共に俺は仕掛ける。


「よっしゃっ!」


 ファーガス戦で利用したステップによる分身を利用して距離を詰めるが、それでもシャドさんは構える事もせず棒立ちのまま。


「そりゃあ!!」


 まずは様子見でルディスを横薙ぎに振るう。

 流石に戦斧の直撃は避けるだろうと思われたが……


「ホッホッホッホッ!」


 俺の放ったルディスの一撃が、シャドの体をすり抜ける。

 バカな。まるで手応えがない……!?


『担い手!! 何をやっているのよ!!』


「……?」


 まさかシャドも分身を使ったのか?


「青いのぅ、リュート君。お主の身体能力は儂を遥かに凌いでおるが、それだけでは儂に勝つ事など出来ぬよ」


「……なっ!?」


 いつの間にか俺の背後に回り込んでいたシャド。

 彼は俺に向かって拳を振るってきたが、その動きはかなりスロー。


「こんなもの……がっ!?」


 完全に避けたはずだった。

 しかしなぜか、俺の顎に衝撃が走り……頭がグラリと揺らされる。


「っ!?」


 痛みは無い。

 しかし脳を揺らされた事で足がフラつく 

 

「おーおー、予想通りの防御力じゃな。硬い硬い」


「……??」


 当たったはずの攻撃が避けられ、避けたはずの攻撃がヒット。

 少し混乱しかけた俺の意識を呼び戻したのは、ルディスの声だった。


『担い手!! アンタさっきから、どうしたのよ!?』


「……ルディス? どういう事だ?」


『気付いてないの? 誰もいない場所を攻撃したり、自分からあのジジイの攻撃に当たりに行ったりしてるじゃない!』


「なん……だと?」


 にわかには信じがたい言葉。

 しかしこの状況でルディスが嘘を吐くわけもない。

 となると、考えられる可能性は一つ……


「……そうか。これが霞幻影流って奴か」


「ホッホッ、その通り。儂はこのスキル【幻惑】によって、最強の暗殺術を無敵に進化させたのじゃよ」


 【幻惑】か。どうやら相手の認識を操る系の能力のようだ。

 たしかにそんな力を持つ相手と正面から戦っても、さっきの俺のようにまんまとハメられてしまうだろう。


「あー、なるほど。このクラスになると脳筋ゴリ押しじゃ厳しくなってくるか」


 俺は立ち上がり、構え直す。

 この大会が終わったら、精神汚染に対する防御スキルなんかの取得を検討するべきだな。


「その通り。儂の【幻惑】にハマッた時点で、お主に勝ち目は無い」 


「いいえ、そうでもないですよ」


「……なんじゃと?」


 俺一人だったら危なかったかもしれない。

 しかし幸運な事に、今の俺は一人きりではない。


「ルディス、頼めるか?」


 先程の一連の流れ、ルディスは【幻惑】に掛かっていなかった。

 彼女が人間ではなく斧であるからなのか。その理由は分からないが……これもまた俺にとっては幸運な事態である。


『ええ、任せなさい。アタシがアンタの目になってあげる』


「……信じてるぞ」


 俺はルディスに全てを託し、両目を閉じる。

 これでもう、シャドの【幻惑】に惑わされる事はない。


「目を瞑ったか。愚かな、儂の幻惑は音をも生み出す。気配や音で探ろうとしても無駄じゃというのに……」


『右よ!! 一瞬しゃがんでから、アタシを突き出して!!』 


 シャドの声は左から聞こえてきたが、俺はルディスの指示通りにしゃがんでから右へルディスを突き出した。


「ぐぁっ!?」


 手応えアリ。このまま畳み掛けるかどうか。

 俺は自分では判断せずに、ルディスの声を待つ。


『それでいいわ。ヒットしたけど浅かったみたい。ジジイはすぐに逃げて、今はアンタの背後に回り込んでる!!』


「よし! タイミングは任せた!!」


『ええ!! さん! にぃ! いち! 今よ!!』


「どらぁぁぁぁっ!!」


「おがぁっ!?」


 ルディスの掛け声に合わせて、振り向きざまの一閃。

 確実に肉を切り裂いた感触が腕に伝わってくる。


「な、なぜじゃぁ……!? なぜ分かる……!?」


『終わりよ……担い手。もう目を開けても大丈夫』


 ゆっくりと目を開いた俺の目の前には、出血する腹部を抑えながら……両膝を付いているシャドの姿があった。

 どうやらもう、スキルを維持する力も無いようだ。


「さっきの試合でも言いましたが。俺にはコイツがいるので」


「……ホ、ホホホ。そうじゃった、な……ああ、抜かったのぅ。こんな事なら、斧にも【幻惑】が効くように……修行、しておく……んじゃ、った……」

 

 そう言い残し、血の海に崩れ落ちていくシャド。

 それを見届けた審判のお姉さんは、頭の上で両手を交差させた。


「シャド選手! 戦闘続行不可能!! よって、決勝進出はリュート選手!!」


「「「「「「「「ワァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」」」」」」」」


『まったく。アタシがいなければどうなっていた事か』


「……ああ、助かったよ。本当にありがとう、ルディス」


『うん……♡』


 血濡れのルディスをポンポンと撫でて、俺は彼女の活躍を労う。

 何はともあれ、これでやっと――決勝戦だ。

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