第5話 ぷるぷる。ボク高いスライムじゃないよ

 謎の女騎士カルチュアと別れた後、俺とピィは道なりに歩き続けていた。

 右も左も分からない森の中であったが、カルチュア達が去っていった方を進んでいけば何かあるだろう……とぼんやり思っていると。


「「「ぷぎぃ」」」


「お? スライムだ」


 道の真ん中にスライムが三匹ほど飛び出してきた。

 プルプルとした塊で、実に柔らかそうである。

 ただ、少し引っかかる事がある。


「へぇー……この世界のスライムって金色なんだ」


 そう。このスライム達は全身が金色なのだ。

 そりゃもう、成金趣味全開って感じ。


「もしかすると希少なスライムなのかもしれませんよ?」


 顎に手を当てながらピィがそう呟く。

 たしかに、なんか経験値がいっぱい貰えそうな見た目だけど……


「いやいや、三体もいるんだから違うんじゃないか?」


「そうでしょうか」


「それにそういうスライムって、普通は出会ったらすぐに逃げ出すだろ?」


 しかし目の前のスライム達は、逃げるどころかこちらに敵意満々。

 

「「「ぷぷぷぷぷぎぃぃぃー!」」」


 ぽよんぽよんと跳ねてきて、俺の足元に何度も体当たりをしてくる。

 当然ながら、一切のダメージは無い。


「ちょうどいいや。コイツらを倒して街に持っていけば、お金とか貰えるかも」


「そうですね。マスター! やっちゃってください!」


「じゃあ、遠慮なく」


 俺はその場にしゃがみ込むとスライム達の頭に、そっとチョップをお見舞いした。

 殴ったりしたらオークの時のように爆発四散して、死体が残らない可能性がある。

 そうなったらお金も貰えないからな。


「「「ぴぎっ」」」


 コロンコロンコロン。たった一発ずつでスライム達は全員倒れてしまう。

 やはり弱いな。希少なスライムなら防御力カチカチのはずだし。


「そういえば、あのカルチュアとかいう女騎士が言っていたけど。俺ってレベル0のままなんだな」


「……恐らくですが、マスターはこの世界の住人ではありませんので。魔物を倒しても経験値を貰えない状態なのかと」


「なるほどね。じゃあどれだけ強くなってもレベル0のままってわけか」


 となると、またカルチュアみたいに俺を馬鹿にする奴が現れるんだろうなぁ。

 個人的にはどうでもいいけど、一緒にいるピィまで馬鹿にされたくないし。

 その点については後で考えるとしよう。


「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」


「いや、なんでピィが謝るんだよ。お前のせいじゃないって」


 俺はスライムを右手で抱え上げた後。

 落ち込むピィの頭をポンと優しく叩く。


「今日はピィと出会えた&転生記念日だ。コイツらでどれだけの報酬が貰えるか分からないけど、街についたら豪勢に行こう」


「……嬉しいですマスター。でも、もう一つ大切な事を忘れていますよ?」


「え? 何かあったっけ?」


「はい。今日はマスターの誕生日です」


「あっ……そうだったな」


「ハッピーバースデー、マスター」


「ありがとう」


 誰かに誕生日を祝ってもらえたのは何年ぶりだろうか。

 俺は胸がポカポカしていくのを感じながら、ピィと共に街を目指して歩いて行く。



【十数分後】



「おお、ちゃんと街があったな」


 あれからしばらくして森を抜けると、そこには西洋風の街並みが広がっていた。

 行き交う人々の中には冒険者のように剣や斧を背負った者や、魔法使いの服装で杖を持つ者などいっぱい。

 改めてこの世界が異世界なのだと実感出来る感じだ。


「とりあえず、魔物を倒した報酬ならギルドに行くべきかな」


「そうですね。あの冒険者達に聞いてみれば分かるでしょう」


 そういうわけでまずは、剣士、格闘家、魔法使い、僧侶といった風貌をしたバランスの良さ気なパーティーに声を掛ける事にした。


「あの、すみません。ちょっといいですか?」


「あ? なんだおっさん?」


「おっさ……」


 俺が声を掛けると、パーティーのリーダーっぽい剣士がぶっきらぼうにそう言い放つ。

 ああ、俺もおっさんと呼ばれるような歳になってしまったのか。

 そうショックを受けていると、隣のピィがギュッと俺の腕を握る。


「大丈夫ですよマスター。マスターはまだまだ若々しいです」


「あははは、ありがとう」


「なんだ? ガキ連れで鬱陶しいな。いいからどっか行け……」


 剣士は俺とピィの会話が気に入らなかったようで、不快そうな態度を示す。

 すると次の瞬間、彼の両脇を挟んでいた女魔法使いと女僧侶が……


「「ふんっ!!」」


「ほげらっちょぉ!?」

 

 パァァァァァァンッと音を揃えて、剣士の両頬にビンタを食らわせる。

 そのサンドイッチビンタによって剣士はぶっとび、頭から地面に激突。


「お、お前ら!? 何をしているんだ……!?」


 もう一人の格闘家の男は困惑気味に二人を咎める。

 しかし二人はというと、


「「あああん?」」


「ひっ!?」


 物凄い形相で格闘家を睨み付け、ドスの効いた声で黙らせる。

 それからこちらを振り返ると、急に甘撫で声を出してきて。


「すみませぇん、うちのバカが失礼しちゃったわぁ♡」


「なんでも聞いてくださいねぇ♡」


 そりゃあもう、分かりやすいくらいに媚びた声。

 しかも胸の谷間を両腕で挟んで、こちらに見せつけるような体勢を取ってくる。


「うっ……!?」


 女性に免疫の無い俺はそれだけで頭がクラクラしてしまう(悪い意味で)。

 そのせいで何が起きているのか、正直よく分からない。


「少し離れてください。マスターは女性が苦手なのです」


「ええ? そうなのぉ? じゃあ、アタシで克服しちゃいますぅ?」


「神の名において、貴方の心を癒やして差し上げますよぉ」


 ピィが間に入ってくれたが、目がハートマークになっている二人の勢いは止まらない。

 これ以上は限界だと思い、俺はピィの腕を引いて走り出した。


「逃げるぞ!!」


「は、はいっ!」


「「ああんっ♡ 待ってぇーっ♡」」


 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたが、気にせず走り続ける。

 そして路地を曲がり、適当な建物の中へと飛び込む。


「……ん?」


 ここで気付く。あれだけ全力で走ったのに、まるで息が切れていない。

 というか汗一つかいていないようだ。


「【体力】3001だもんなぁ」


「ぜぇぜぇぜぇ……」


「って、ごめんピィ! お前は疲れちゃうよな!」


 俺はともかく、一緒にいるピィは疲れて当然だ。

 その事を失念していた。


「だ、大丈夫でしゅ……こひゅー、こひゅー」


「すぐにギルドを探して、お金を貰ったら宿屋で休もう」


 俺はその場にピィを座らせ、ギルドを探す事を決意する。

 しかし、そんな俺に声を掛ける者がいた。


「おい、兄ちゃん。ギルドを探しているのかい?」


「え? あ、はい。そうですけど」


 振り返るとそこには、筋骨隆々の男が立っていた。

 スキンヘッドに髭面で、ちょっと怖い。


「おいおい、笑わせるなよ。ここがどこか分からねぇのか?」


「え?」


「お前さんが探している冒険者ギルドだよ。この街で唯一の、な」


 おっさんに言われて部屋の中を見渡すと、確かにそこには冒険者達が大勢いる。

 併設されている酒場で盛り上がって酒を飲んでいる者や、受付カウンターで受付嬢と話している者もいるようだ。


「おお……」


 これはなんとも運がいいな。

 たまたま駆け込んだ建物がギルドだったなんて。


「親切にどうも。ところで、このギルドって魔物の討伐報告でお金を貰えたりします?」


「ああ? そりゃあ貰えるが、魔物を倒した証明が必要だぜ」


「あ、それなら死体を持ってきたので。スライムなんですけど」


「スライムだぁ? そんなもん、二束三文にしかなら……」


 俺はスキンヘッドの男に持ってきたスライムの死体を見せる。

 するとその瞬間、ずっと面倒そうにしていた男の顔が一変。


「な、なんだあああああああああああああああああっ!?」


「えっ?」


「うぉあああああああああああああああああ!? ゴールドスライムだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 とんでもない大絶叫に、ギルド内の視線が一斉に集まってくる。

 というか、このリアクション……?


「あの? 俺、何かマズイ事をしちゃいました?」


「はわわわあぁぁぁ……」


 足をガクガクと震わせ、その場に崩れ落ちるスキンヘッド男。

 もしかしてこのゴールドスライムとかいう魔物、本当に希少なスライムだったのか?


「おい、マジかよ……実在したのか?」


「本物なのか? 偽物じゃあ……」


「ありえねぇだろ。伝説のスライムだぞ」


 ボソボソと周囲から漏れ聞こえてくる声。

 やっぱり珍しいスライムだったのか、と俺が思っていると。

 ピィがくいくいと俺の服を引っ張ってきた。


「マスター、あのポスターを」


「ん?」


 ピィの指差した方向を見てみると。

 そこには魔物の手配書のようなものが貼ってあり……

 その中央にあったのは。


【ゴールドスライム】

・遭遇難度 S ※(およそ1/999999)

・討伐難易度 AAA

・報酬相場 1匹辺り100万ゲリオン


「……うそぉ」


 ひとまず、今夜の宿代はどうにかなりそうだと思いました。 

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