うさぎ年nextたつ年

花田トギ

第1話

「さて女神よ、このところ日本国民はたるんでおると思わんか?」

「神よ、急にどうされました?」

 ここは日本国遙か上空。日本に存在する津々浦々八百万の神々の休息の場である。そこで、一人の神が日本国を見下ろして眉を顰めていた。

 その横で、神のお世話をする女神が内心(また何か変な事始めるぞこの神……)と思いつつ、そんな事をおくびにも出さず訊ねた。

「女神は知っているか?今現在の日本の問題を!」

「はあ……?」

「物価高騰、流行り病、税の負担増……たくさんあるが、私は一番の問題は信心深さの消失と少子化だと思う」

「……日本国ではそうですが、確か世界的には人口は増加し続けているはずでは?」

「そういうの良いの!まずは聞いて!」

 一番と言いつつも二つ問題点を上げている事に突っ込むと、更に拗ねそうなので女神はぐっと堪えた。

「失礼しました神よ。して、どうされるのです?」

「来年の干支を知っておるか女神?」

 よくぞ聞いてくれたと神はふんぞり返る。こうなったらこの神は止められない事を女神は良く知っていた。

「はあ……。来年は兎だったと記憶しておりますが」

「その通り!さすが女神だ!日本国民は年始の年賀状の文化すら忘れかけている!」

「お褒めに預かり光栄です神よ」

「なので干支なんて覚えない子供も多くなっておる!嘆かわしい!」

「……それで、結論をそろそろお願いします神よ」

 いい加減めんどくさくなってきた女神の質問に、神は喜々としてこう言った。

「ふっふっふ。神への信心、十二支への関心、更には少子化……この三つを一気に解決する案として、人類うさぎさん化計画をここに宣言する!」

「……はい?」

 しかし女神にはピンと来ないらしい。首を傾げた女神に対して、神は不満げに言葉を続けた。

「だーかーら!ウサギさんって多産だし、それにあやかるために発情期を人間にも設定しようと思っている!」

「お言葉ですが神よ、うさぎは基本的にいつでも妊娠可能だったかと。妊娠期間は一か月程で早朝と夕方が活動的になる時間帯だったように思います」

「……そうなの?」

「交尾すると排卵し、ほぼ百パーセント妊娠します」

「う、うさぎさんすごい……!」

「あととても早漏です」

「……それって女性的にどう?」

「遅漏よりマシ」

「……そうなの?」

「はい」

 何故か少し夢を壊された少年のような目をした神が、咳払いをして空気を変えると、お正月気分の日本国民(成人)達の脳内へ直接宣言を始めた。

「うさぎ年の間の日本国民に告ぐ!我は日本国の神の一人じゃ!おぬしらはこの一年体をうさぎさんに近づけてやる!基本的に早朝と夕方発情しやすくなるぞ!女性の生理は止めてその代りセックスすれば百パーセント排卵し、ほぼ百パーセント妊娠する。また、妊娠期間は一月に変更!男性諸君は女性の体を配慮しつつうさぎさんに倣って早打ちに変わる!さあ!この一年でまぐわい、子孫を残すのじゃ!」

 思念伝達を切った神は、満足げに女神を振り向いた。


「さあ、どうなるかのお?」

「見ますか?」

「もちろん!」

「では、まずは妊娠を望む夫婦からどうぞ」

 女神は手鏡を取り出すと、そこには仲良く年越し蕎麦を食べている一組の夫婦がいた。



「けんちゃん、今のって……?」

「のんちゃんも聞こえたの?!」

「……もし、本当に赤ちゃんできたら……私は嬉しいなぁ」

「お、俺もだよのんちゃん!……一日になったばかりだけど……子作り、する?」

「……電気、消してくれる?」

 数秒後、鏡の中が暗転した。



「良い所は見えないのか?!」

「暗くなりましたから。ほら、次は社会人一年目同士のカップルいきますよ」

「よしよし、次のカップルは真面目そうな子達じゃのぅ。かわええ」



「なあ、さっきのってなんだろ?」

「生理止まるって言ってたけど、PMSも無くなるのかな?ちょうラッキー!」

「PMSって何?」

「えっとね、生理の前とかに私爆食したりイライラしたりするでしょ?そういうのだよ」

「あー!あるある!前に謎に俺にキレてたやつだ!……あれ?でも最近落ち着いてるね?」

「ごめんって!ホルモンが作用するからさ、自分じゃ止められなくて……実はちょっと前からピル飲んでるの」

「え。ピルって薬でしょ?自然じゃないし体に悪いんじゃない?」

「何それ?じゃあ正人は頭痛いときに鎮痛剤飲まないの?」

「え?全然違くない?それにさ、ピル飲んでたら妊娠しないんでしょ?なんで前中だし断ったの?」

「はあ?!妊娠しなかったら中出して良いと思ってんの?!バカにすんじゃない!」



「やだやだー!切って切って女神!大人しそうな子なのに怒ると怖いよぉ!」

「まあでも、デリカシーなさすぎる発言を彼氏の方がしてますからね」

「やだやだー!わしは『赤ちゃん欲しいな!仲良く子作りしよ!』っていうカップルが見たいだけじゃのに……!」

 もしかしたら神は素人の動画が見たいだけでは?

 と言いかけて女神はぐっと飲み込んだ。

「まあまあ、まだまだカップルはいるわけですし、次を見てみましょう」

「ううっ。うさぎさんごっことかしながら致すカップルはおらんのか……」

「……その神通力、神にも効くんですか?」

「どういう意味じゃ?」

「なんだか私、さっきから子作りしたくてたまらないんですが」

「……!?」

「……うさ耳付ければよろしいでしょうか?」

「め、女神~!!!」




 そうして一年が経過した。

 

 様々なカップルを見て過ごした神と女神は、生まれた六人のちび神を世話しながらうさぎ年を振り返った。


「……で、出生率はどうじゃ?」

「微増といった所でしょうか。やはり妊娠期間の短縮は効果的だったようです」

「やはり十月十日は長すぎるのう」

「生理が無い事により、女性の社会進出が捗ったのも良い事でもあり神からすると誤算でしたね」

「そんなにもしんどいんじゃのう……」

 様々なカップルのあれこれを見、更に六回女神を孕ませた神は、神というかちょっと賢者になっている。

「まあでも、おもったより伸びなかったのぅ」

「ほらやっぱり時代は多様化ですし。産みたくないって人はやっぱり産みたくないんですよ。男女だけでなく同性同士のカップルもいましたし。……まあ男性全体が早漏すぎて女性向けの性グッズ産業が急発達したせいもあるかもしれませんが。生身より玩具の方が気持ちいし、文句言いませんからね」

 女神の神の扱いが荒くなっているのは子育ての為だろうか。

 子供達はベッドで仲良く眠っている。ベッドは海外の神からの出産祝いで送られた特注品だ。最後の一人を抱っこで寝かしつけた女神は、起さないようにベッドに寝かせた。なんとか成功である。

「まあ日本の神の中にも同性を好む神もいたからのぅ、伝統と言えば伝統かのぅ」

「でもこの試みは面白かったと思いますよ。否応なしにうさぎ年を認識したみたいです」

「そうか!じゃあ来年も継続してみるかのう!」

 珍しく褒められた神は、嬉しそうにそう言ってから首を捻った。

「……ん?うさぎの次って……」

「辰です」

「ん?」

「辰」

「……辰というと龍かぁ……ちょっと龍の子作りはなぁ……どこを真似れば……?」

 頭を悩ませ始めた神に、女神が優しい笑顔を浮かべ手を差し出した。久しぶりの二人の時間である。

「現在日本において、辰年はタツノオトシゴで現す場合もあります。なので、タツノオトシゴの出産を元にするのはいかがでしょうか?」

 神は差し出された手を握り、笑顔を返す。

「おお!あの小さくて可愛いやつじゃのう。ええのう!……して、どんな生態じゃったかの?」

 女神の笑顔が一層強くなる。

「良いんですね?タツノオトシゴで」

「……よ、良いが、どうした女神よ?」

「言質とりましたから撤回は無理ですよ神」

「神に二言はない!」

「……タツノオトシゴはオスの体にメスが産卵します」

「――ん」

「ですから辰年の一年は男性の体に受精卵を戻し、男性が出産できる世の中にしてください。さあ、まずは我々がトライしてみましょうよ神よ」

「お、おう?な、なぜ私にまたがる?!」

「さあ、六人も子を産ませたのです!一人くらい自身で産んで見て下され神よ!」

「や、やめてえええええ」


 ここは日本国のはるか上空。神がどれだけ叫んでも、国民には何も聞こえなかった。

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