Ideas//Effect【イデアズ・エフェクト】~理想の世界へようこそ。ここは都合のいい世界。~

胡麻乃マノ

序章 棗うぇいくにんぐ

Prologue  Regret and Sunflower



「──っなんで、忘れてたんだ」


 闇夜に放たれた俺の言葉は、どこへ飛んでいくわけでもなくこの世界から霧散していく。


 等間隔に配置されたLED街灯の元、俺に語り掛けてくる"怪物"の声を聴いて、俺は全てを思い出した。

 叩き割られたアスファルト、炭酸が抜けるような音を発しながら溶解していくガードレール、半壊して廊下からリビングまでが外からでもはっきり見えてしまっている一軒家。


 何か大きな災害か、事件にでも遭遇しなければ目撃できないその惨状を、俺は朧気に見ることしかできない。

 理由は単純明快。不敵な笑みを浮かべる怪物が、俺の視線を独占していたからだ。


 両手首からつるのような触手を伸ばし、本来頭があるはずの部分に見事なラッパ状の大輪たいりんを咲かせているソレは、人型でありながら生命を感じさせない、独特な雰囲気を発していて。


讌ス縺ォ縺ェ縺」縺ヲ縺励∪縺?楽になって∪縺励g縺??よ」励?しま■■しょ■棗?


 凡そ人語に聴き取れないだろう声を上げていた。

 しかしそれには、きっと俺だけが感じられる温かさのようなものもあり、忘れたはずの虚脱感と希死念慮きしねんりょが全身をかけていく感覚を覚えてしまう。



「──ぁ。」


 改めて見るソレは酷いくらいに恐ろしく、そして醜い。

 けれどそれとは相反するような、思い出したくない安堵感と、それとはさらに真逆な焦燥感を感じてしまい、息が苦しくなった。


 あの時の制服を着て、鮮明に覚えている最期の顔を何かの臓物のように腹部からぶら下げているそれは、間違いなく俺にとって一番大事で、そして一番触れたくない"トラウマ"。

 もうとっくに頭では気づいているのに、もう全部偽物だとわかっているのに、俺は言葉を漏らさずにはいられない。


「ごめん。俺が、気づいてあげられたら、良かったんだよな。」


 短くついた嘆息の後、実際俺から放たれた言葉は、ソレに掛けた言葉なのか、自分に向けた確認なのか。

 俺はゆっくり立ち上がると、手に持っていた缶ジュースを投げ捨てる。


 思考がうまくまとまらない。アスファルトがコーラを飲み干していくが、それに構う余裕などなかった。



「ごめんな……■■■。俺───」



 抱き着けるほどの距離まで接近したソレは、俺の首元にゆっくりと手を添える。

 この手が俺に触れたのはいつ以来だろうか。きっと懐古するほどの歳月は経っていないだろうが、それでも考えてしまう。


豌励↓縺励↑縺?〒気に■な■■


 気にしないで。とでも言ってくれているのだろうか。それともただ、俺を責めているのだろうか。

 微睡まどろみに誘うようなソレの腕からは、前者とも後者とも取れないような雰囲気を感じた。それはまるで俺を本当の深淵に連れ込んでくれるような気もする。


「…ははっ。」



 今の俺は間違いなく正常じゃない。脳のドーパミンかアドレナリンか何かが異常分泌されているんだろう。恐怖や不安なんて一切感じなかった。


縺?▲縺晄ュサ繧薙〒縺励∪縺?∪縺励g縺■■そ死んでしま■■しょ■


 ■■■はそういうと、そのしなやかなその腕に、少しづつ力を込めていく。体内に供給される空気が少しづつ、少しづつ少なくなっていくことを自覚しながら、俺は目をつむった。


 これでいいんだ。■■■の手で、全部終われるのなら。


 胸の中にあるのは、贖罪の気持ちだけだった。

 少し強張る身体を無理やり脱力させ、■■■に身を委ねる。


縺翫d縺吶∩縺ェ縺輔>譽励?おやす■■■い■螳峨i縺九↓逵?縺」縺ヲ縺ュ安ら■■■ってね



 苦しみも、痛みも感じない。

 ただ■■■の手のひらから伝わる熱だけを感じることが出来る。


 首にかかる圧力が強くなり、いよいよ意識が朦朧としだした、その直後。




「────駄目だよ。なつめくん。それだけは許さないから。」




 夜のとばりに一閃、輝いた。




縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゑシ?シ!!アアアアァ謇九′縺√≠縲∫ァ√?謇九′縺ゅ≠縺ゑシ手ガァア、私■手■■ァァア!!」


 あの時何よりも願ったその掌は、俺の命から手放され、そして明後日の方向へと無残に斬り飛ばされてしまう。


 そしてぬるま湯のような温かさと心地よさが消え失せてしまったことに若干、悲嘆してしまう。



 しかし同時に、怪物の叫び声で脳が正常になったのか、頭の中が急速に冷却されていくような、何か大きなミスでもしてしまったかのようなヒヤッとした感覚が俺の背筋を伝った。



「───棗くん。私たちは、まだ駄目だよ。意味、分かるね?」



 俺を叱咤する声が、耳に届く。

 これも、俺がで当たり前だと、その大切さを忘れてしまっていたもの。

 息苦しさからか、もしくは安堵からか、いつの間にか目尻に溜まっていた涙がアスファルトに零れ落ちていく。


 太陽のように眩く、そして幼い子供を叱咤するような表情を浮かべる彼女は、薄く発光する結晶のような素材でできた、神話に登場する戦乙女でも羨望するほど綺麗な鎧ドレスに身を包み、片手に天馬を彷彿とさせる聖盾を。片手に闇をも切り裂けるだろう光り輝くつるぎを抱いていた。


 今朝も見たはずの双眸は、本当に琥珀こはくが埋め込まれているのではないかと伺ってしまうほど輝いて見えて。


 肩より少し下まで伸びた髪は、夜風になびいて絹糸みたいだと、月並みにも満たない感想が脳裏に浮かんでしまう。

 現実離れした出来事の連続。しかしそれも、ならあり得ること。



譽励□繧?シ棗だ■遘√◆縺。縺ッ縺薙%縺ァ豁サ縺ャ縺ョ!!私■ちは■■で■ぬの遘√→荳?邱剃ク?邱剃ク?邱私と■緒■緒■■



 腕を切り裂かれた■■■は俺に余計なことを考えさせまいと、■■■の声で咆哮を上げる。

 ソレは触手のような蔓を四方八方に伸ばし、叩きつけ、まるで八つ当たりでもするかのようにその臓物をぶちまけながら、地団駄を踏んでいた。


「…………■■■。」


 思わず名前を呼んでしまうも、ソレは多分俺の見ている幻想で、多分■■■ではない。

 俺と■■■の間には、途方もない隔たりがある。

 それはどうしようもなく、取り返しがつかないものだ。

 それが酷く悲しくて、どうしようもないからこそ求めてしまって。

 全部、全部わかっているのに、思わず足を一歩、また前に踏み出す。



 しかし、



「………棗くん。それは、駄目だよ。私たちはここで■■を殺さなきゃいけない。」


 そう、彼女に制止される。

 彼女の瞳には、その悲しげな表情に反して、強い意思があった。

 本当の俺が最後に見た彼女はあんなにも無気力で、ただ生きているだけの屍だったのに。

 まるで別人………いや、中身だけがあの時より前に時間が戻ったみたいだった。


豁サ繧薙〒縺?∞縺?∴縺医∴縺医∴縺?∴死んでぇ■■死ん■でええ■■


 ■■■の咆哮があたりに響く。

 瞬間、地面から無数の蔓が出現し、俺たちに向かって刺突攻撃を仕掛けてきた。

 右や左に避ける、なんて考えられないほどの量、そしてそもそも体を動かして避けられないほどの速さ。



「ごめんね。これが終わったら、全部、説明するから。」


 彼女は怪物を見ることもなく、俺にそう告げる。

 蔓による刺突攻撃は、完全に動きを止められたことで、失敗していた。

 それはまるで魔法だった。

 彼女が手をかざしたと思えば、蔓は先端から淡黄色の結晶に覆われ、動きを止めていったのだ。


 異常な光景。

 でも彼女はそれらに一切構わず、言葉を紡ぐ。


「だからさ、今は何も言わずに、■■を殺して。"もう一度だけ"私と一緒に。意味は、分かるはずだよ。」


 その言葉に、目の前の彼女が俺の知っている■■■■本人なのだと自覚する。

 けれど俺は、どうしてもその言葉を否定したかった。


「……わかんないよ。日葵さん。」


「分からないはずはないよ。アレが"正常"に見えているなら、君はもう、現実を見たちゃったんだよ。」


 その言葉に、後ろ向きな覚悟が決まったような気がした。

 諦めや悲観の割合の方が大きかっただろうか。


 ─────理想■■■を、ころす。


 亡霊は、あるべき場所に還す。


 決意を固めた俺は強く拳を握りしめ─────



「───そう、だよな。」


 呟いたその刹那、俺の中の理想イデアが砕けた。


 いつの間にかこの手中に収められていた半透明な"鍵"を、もう一度、より強く握る。



 この瞬間、棟方棗とうがたなつめの物語は、やっと再スタートした。




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