第34話 エピローグ

「――――――うわああああぁぁぁぁっ!?」

 あまりの驚きに俺は盛大に尻餅をついて腰を抜かしてしまった。


 鈴木さんにパキラを返しにやって来た玄関先で、チャイムを鳴らして待っていると中からドアが開き、マフィアの首領みたいな彫りの深い強面の男性に睨まれたのだ。


 完全に予期せぬ事態だった。


 自分の親父の顔のせいで、けっこうな強面には慣れているはずの俺が声を上げてしまうほどなのだ。

 挙げ句に尻餅までついてしまうなんて、俺を見るなり尻餅をつきまくっていた先輩たちに顔向けできない。


「ちょっとお父さんっ、なんで出ちゃうのよー!」

「ああ……、すまん……。彩子あやこのお友達だったんだね、ごめんね驚かせて……」

鮫島さめじまくん、びっくりしちゃってるじゃない、もー!」


 家の中なのに薄い色のサングラスで髭を伸ばしたマフィア顔で、表れた鈴木さんに叱責されながら申し訳なさそうに俺に頭を下げてくる。

 しかし、謝っているつもりなのだろうが、そのサングラス越しの射竦めるみたいな視線の前に、尻餅をついてなお本能的に膝の震えが止まらない。


「ほらー、お父さん出掛けるんでしょー、さっさと引っ込んでよー! ごめんね鮫島くん、うちのお父さんってほんのちょっと顔が怖いから、みんなびっくりするんだよー」


 ほんのちょっと!?


 このレベルを『ほんのちょっと』に分類していたら、世の中の大半の人はみんなアルカイックスマイルを浮かべていることになってしまうじゃないか……。


 鈴木さんに邪魔者として扱われたお父さんが、さみしそうな表情を残してすごすごと奥へ下がっていく。

 俺だから『さみしそうな表情』と辛うじて認識できたが、免疫のない人には研ぎ立ての刃物みたいな三白眼で睨み据えられているようにしか見えないだろう。


 ……なるほど、だからだったのか。


 だから鈴木さんも咲子さきこさんも、俺の顔を見て驚くことも怯えることもなかったのだ。不思議で仕方なかったが合点がいった。


 視力が極端に悪かったわけでも眼鏡の度が合っていなかったわけでもなく、ちゃんと見えていたのだ。

 そのうえで実の父親が、俺の見た目を遙かに凌駕するほどの強面だったからだ。


「大丈夫だった鮫島くん? はい――」

 俺に歩み寄り差し伸べてくれた手を取る。


 ――やっぱり、熱い。


【あなたにもわかってきたかしら? 太陽の子の、愛の重さが。ふふっ……】


 尻餅をついても辛うじて手放さずに抱えていたパキラが意地の悪い笑いを含ませる。


「す、すみません。じゃあえっと、これ。お返しします」


 なにをわけのわからないこと言っているんだ。鈴木さんの熱を感じるのは植物だけだろう。

 ……あるべき場所に帰ってこられたんだ、元気に育ててもらえよな。


「うん、ありがとう。……元気になったみたいで本当に良かった……」

「はい。もう大丈夫です。ほら、ここ見てください」

「え? ……あっ」


 俺が指差したパキラの茎の先端に、小さな小さな新しい芽が顔を出していた。


【ふふふっ、……萌え】


 どこまでも控え目なその息吹に、鈴木さんがひひひっと白い歯を見せて笑う。


 そんな特徴的な笑い声に反応するように、パキラもふふふっと葉を揺らした。





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俺だけ聞こえる花の声 亜麻音アキ @aki_amane

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