第31話 ケジメ

「遅いぞ二人とも、植え込める苗だけは授業が始まるまでに済ませてしまおう」

 用務員倉庫から戻ってきた俺と鈴木さんにいち早く気が付いた白崎しろさき先輩が、移植ごてを振り上げながら駆け寄ってくる。


 無事に鈴木さんを連れ戻すことが出来た。

 だから、次は最後の仕上げだ。


「白崎先輩、すみませんでした。今回の陸上部からの嫌がらせは、やっぱり俺が原因です。こんな見た目のせいで鈴木さんに、ガーデニング部に迷惑かけてしまいました。……なので、俺は退部してケジメを付けます」

 とてとて駆け寄ってきた白崎先輩に腰を折って深々と頭を下げて謝罪し、俺は昨日から決意していた責任の取り方を伝えた。


 ここまで手を引いて繋いだままだった鈴木さんの動揺が手のひら越しに伝わってくる。


 申し訳ないと思っている。

 つい今し方、自分を連れ戻しに来て説得を試みたやつが部を辞めると言い出したのだ。


 しかし、プランターの撤去をぐうの音も出ない形で阻止することは出来たものの、石中部長にまた大勢の前で恥をかかせる形となったのだ。

 それはきっと、俺に対する新たなる遺恨の火種となるかもしれない。このまま俺がガーデニング部に在籍し続けると、いつかまた別の形で何かしらの問題が起こるとも限らないのだ。

 俺が辞めてさえしまえば排除できる問題なのだから、手っ取り早く問題の芽を摘み取ってしまった方が良いに決まっている。


「……ふむ。それは、鮫島さめじまくんの本心なのかい?」

「はい。いつかこんなことが起こってしまう、俺のせいで誰かに迷惑がかかると思っていたので、最初から仮入部という形でお願いしていたんです」

「そうかい……」

 頭を下げたままの俺に、白崎先輩が一つ大きく息を吐く。


「しかしね、鮫島くん。それは身勝手というものだよ」

 自分の爪先を見つめていた俺に、呆れた口調で浴びせられた言葉は予想外なものだった。


「昨日から一晩中プランターを磨いたのも、あれだけたくさんの花の苗を仕入れたのも、ガーデニング部の部長である私に一言の相談もなく君が勝手にやったことだろう? そこのケジメはどうつけるつもりなんだい?」

「そ、それは……」

 もっともすぎる白崎先輩の言い分に口籠もってしまう。


「それとだね、君は一つ、あまりに大きな誤解をしている。顔を上げたまえ」

 普段のひょうひょうとした白崎先輩からは想像も出来ない、その声音の変化に気圧されてそろそろと顔を上げる。


「問わせてもらうよ。私がいつ君に対して迷惑だと言ったんだい?」

「……それは、事実として――」

「鮫島くん、君の見た目がどんなものであろうがなかろうが、人っていうものは誰にも迷惑をかけずに生きることなんて出来ないのさ。それなのに、どうして君はわざわざ自分で自分を貶めようとするんだい? あれを見たまえ」

 白崎先輩が移植ごてを持ち上げて指し示す。


 そこには陸上部員たちはもちろんのこと、朝練にやって来た他の運動部員たちまでもが総出で、納品されたたくさんの苗をプランターに植え付けていた。

 しかも率先して植え付けの指示を飛ばしているのは石中部長だった。


彩子あやこくんのお姉さんが、あの『神速の咲子さきこ』だったとはね。まあ、そのおかげで彼もあの調子で手のひらを華麗にひっくり返して、自分が環境委員の委員長だったことを思い出したようだよ」


【わ~っ、綺麗な土~! 萌え~】

【おいおい、もっと丁寧に頼むぜ?】

【ふかふかだー! 萌えっ!】


 輝かしい朝の日差しに照らされて、運動部員たちがわいわいと顔をほころばせながら作業する声に花たちの嬉しげな声が入り交じる。


 けれど言い方は悪いが、いくら環境委員の委員長とはいえ、ろくに植え込み作業もしたことなどない石中部長の手際は良いものではない。大勢の運動部員たちも要領を得ない指示に悪戦苦闘しているようだ。


「私は一度として君に迷惑だなんて言ってはいないが、今この状況をほったらかして辞められてしまうのは、はっきり言って迷惑というものだよ。どうせ、彼に恥をかかせてしまったとか考えているのだろう? 私から言わせれば、あの手のひら返し以上の恥なんてそうそうないと思うぞ?」

 呆れ果てた風に肩を竦めてみせる白崎先輩は、それでもどこか嬉しそうに口元を緩めていた。


「ですが、それではケジメが……」

「ふむ、君がどうしてもケジメだの責任だの筋を通すことにこだわるのなら、彼に一言『やりすぎちゃった~、メンゴメンゴ~! てへっ☆』とでも謝ってきたまえ。そして、今後は正式にガーデニング部に入部して組織のために漢を見せるべきだよ」

「……わたしからもお願い。鮫島くん、一緒にやろう?」

 握ったままだった鈴木さんの手に力が籠もる。


 強く握り締められているせいか、手のひらには脈打つみたいな熱が伝わる。


「さあ鮫島くん、ここは漢らしく『押忍ッ、華蓮かれんの姐さんの組織に尽かせてくださいッ!』と啖呵を切ってみせるところだよ!」

「ところどころ言い方が気になるんですが……」

 そんな、どこまで本気かわかりにくいことを口にしながら、白崎先輩が俺の肩をばんばん叩いて冗談めかしてくる。


 普段は冗談が服を着て歩いているみたいな小学生なのに、いや小学生なのは見た目だけだが、やはり一つとはいえ年上の先輩なのだ。懐の深さはさすがというべきだろう。


「それはそうと、……二人とも、いつまで手を繋いで見せつけてくるつもりなんだい?」

「「――――――あっ!?」」

 指摘されて思い出し、鈴木さんと視線を絡ませて慌てて手を振り解く。


「……ほほう、もしかしてアレかい? これから三人での部活中、私の背後で気付かれないようにこっそりイチャイチャして、バレるかもしれないスリルを楽しみながらだんだんエスカレートしていって、挙げ句の果てにチュッチュし始めたりするつもりじゃないだろうね?」

「し、ししっ、しないですよっ!?」

 いきなり真顔になって俺たちを見据えてくる白崎先輩に、鈴木さんがわたわたと顔を真っ赤に染め上げて否定する。


 うん、ぜんぜん懐に深みなんてなかった。見た通りの薄い胸だった。絶対にそんなこと言えはしないが。


 けれど――


「……白崎先輩、それに鈴木さん。俺、改めてガーデニング部に入部します」


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