十亀の別荘


「で、でけえ……」

「何回驚かされるのか……」


 圧倒的な大きさの、豪邸とも言える別荘を前にして、テンプレ通りの反応を示しているのは、例のごとく斗真と凜花ちゃん。その他は全くといってもいいほど動じない。

 咲ちゃん、ひまりは俺がよく話していたし、さっきバスの中でも説明を受けていた。生徒会の皆はもちろん着たことがあるし、ゆずちゃんはきっとこの規模の別荘は持っていそうだ。


「そろそろちゃんと起きませんか?」

「んー……むにゃむにゃ」


 あの二人に続いてバスを降りた俺は、一応立ってはいるが、本当に起きているのかはっきりしない星野先輩を支えつつ、荷物を持ってバスから降りた。ぽやぽやしていて、何とも可愛らしい。が、起きてほしい。

 ぱっとその大きな別荘を見て、確かに斗真と凜花ちゃんが驚くのは無理もないな、と思う。

 まあゆずちゃんの家もとんでもないデカさだし、十亀会長の家にも連れて行かれた(拉致ともいう)事もあるので、そんな口に出すほどでもないが。


「むう……あつい……」


 日の当たるところまで歩くと、ゆっくりと星野先輩が目を開ける。支えているわけだから、真っ先に俺と目が合い。とりあえずじっとその瞳を見つめると、顔を赤くして気まずそうに顔をそらしてしまった。


「起きました?」

「……うん。もう眠気も吹っ飛んじゃったから支えてなくても大丈夫だよ」


 星野先輩がそう言うので、俺はゆっくり先輩から離れ、自分たちの荷物を持つ。

 バスの方を見れば、ひまり、咲ちゃん、ゆずちゃんと、最後に十亀会長が出てくる。

 四人とも楽しそうに話しながら出てきている。一番話が盛り上がっていたのは、バスの中からわかっていたが、今日だけでひまりや咲ちゃんとも仲良くなったらしい。

 十亀会長、興味を持った人はとは絶対に仲良くなってしまうんだよなあ。誰にでも合う話ができ、かつ相手を知ろうとするから。あの三人は十亀会長のお気に入りだし、自明だったか。


「じゃあ皆さん!それぞれ勝手に部屋を決めてくださいね!……ただ、今回は相部屋は禁止にさせていただきますね」


 相部屋禁止か。まあそれはしょうがないよな。もしかしたらなにかあるかもしれないし、高校生だけなのだ。リスクは減らしたいだろう。十亀会長の家だって、責任を追及されてもおかしくないからな。

 ひまりや咲ちゃん、ゆずちゃんは残念そうな顔で、走ってその別荘の入口に入っていく。

 それを追うように沢本さんも走っていく。中を案内しくれるのだろう。……沢本さん、部活できてないはずなのに運動能力高すぎないか?

 斗真も、凜花ちゃんも、「本当にいいの?」という顔をしながらおずおずと入っていく四人たちを追う。


 ……というわけで、自然と俺、山口先輩、十亀会長、星野先輩が残った。


「このメンバー、去年を思い出すな」

「うーん、そうかも知れないですね」


 山口先輩と十亀会長が言う。

 実は、去年の当初、生徒会は今の書紀である沢本さんを除いた四人で運営していた。沢本さんは部活を優先したかったようで、誘ったが断られたと。

 じゃあ、なんで俺は相談役なのかと言うと、十亀先輩は最初から沢本さんをなんとしても入れるつもりで、書紀には沢本さんと決まっていたからである。それは相手から断られても変わらなかったのだ。


 その時は本当に忙しかった。

 会長はいい。とてつもないほど優秀な人。仕事の量を意に介さずぱっぱと済ましていた。山口先輩は人のサポートが上手かった。会長と協力して、問題なく仕事をこなした。

 この二人は本当にすごかった。時間内に終わらせるどころか、早く終わらせ、余った時間は先生との会合や、生徒からの意見具申の対応をしていた。ときには押しかけてきて、直接意見を出してきた生徒の話を聞き、その場で検討を始めたこともあった。


 問題は俺と星野先輩だ。俺たちは全くと言ってもいいほど大量の仕事に慣れていなかった。

 俺は問題なかった。そりゃあそうだ。相談役という役割上、下手したら来なくてもよかった。それに、仕事も、終わってないものを手伝うとか、雑用とか、それくらい。

 でも、星野先輩は会計という仕事があった。しかも、生徒会が少ない時期と、部活動が新チームになるときが重なってしまったのだ。そのため、会計の仕事は大きく増えた。

 もちろん皆手伝ったが、会長にはその他の仕事もあるので、主に手伝うのは俺だった。


 その頃の星野先輩はもっとおどおどしていて、長い前髪で大きな眼鏡をかけていた。今はコンタクトで、前髪もスッキリしているので、相当変わったのがわかってくれると思う。


「あの頃を思い出すと、皆変わりましたけど、星野先輩は本当に大きく変わりましたよね」

「まあ、少し頑張ったから」


 えへへ、と笑う星野先輩を見ていると、山口先輩がはあ、とため息を付いた。


「星野も変わったが、おまえも随分変わったよ」


 俺の方を向きながら言ってくる。……もしかして、俺か?


「そうですか?あんまり変わってないような気が……」

「いや、変わったよ。立派になった」


 山口先輩は少し嬉しそうにながら笑った。


「入ってきたときは、ずっと小さく見えたものだ。でも、今は誰かのために動くことの出来る人間になっただろう?良いことだ」

「たしかにそうね。私的には、どっちの相談役くんでも良いから気にならないけど」

「私も和人くんは変わったと思うよ。……なんというか、素敵になった」


 三人から目線を向けられる。しかしそれは不快なものではなく、楽しそうで嬉しそうで、こっちまで楽しくなってくるような表情だった。


「さあ、こんなところでずっと話してるのもなんですし、そろそろ俺たちも入りませんか?」

「そうした方が良いかもね」

「じゃあ三人とも皆と一緒に部屋選んでてくださいね」


 別荘の中は、まず入り口に大きな窓がある玄関が広がっていた。

 道の方からはこの建物が壁になって海は見えなかったが、この窓のすぐ外は海。きれいな波まで見ることができる。

 また玄関の両脇に長く横の廊下が通っている。左は居室、右は食堂や風呂、キッチン、談話室、ビーチへ出る出口などがあるようだ。

 さ、部屋は何処から選べばいいかと思えば、ご丁寧に客室はこちら、というパネルがある。……さながらホテルだ。

 とりあえずたくさんある部屋の中から、適当に選んで中に入り、荷物を置く。部屋の中にも大きめの窓があり、海が見える。テレビもあり、特にここにいるだけでも退屈することはなさそうだ。


「お兄ちゃん!」


 ベッドに腰掛け、少しゆっくりでもしようとした途端その声が聞こえてくる。

 バーン、と扉が開け放たれ、出てきたのは三人。ひまり咲ちゃんゆずちゃんである。


「早いなあ。三人はもう部屋割り終わったのか?」

「うん。私達横並びにしたんだ!」

「本当は先輩も横並びで良かったんですけどね」

「それは問題があるんじゃないか?」

「何がです?私的には和人さんと近くにいられる方が嬉しいですけど」


 そのゆずちゃんの恥ずかしい言葉に、ひまりと咲ちゃんも同意するように頷く。なんでそう恥ずかしげもなくそんな恥ずかしい言葉をポンポンと……


「まー全然大丈夫でしょ。こうやってかまってもらいたくなったら、部屋に行けばいいだけだしね!」

「また押しかけてくるつもりか?」


 そう言うと、ひまりは「当たり前じゃん」と笑った。

 うーん、休んだりする時間はなくなりそうだな、と思ったのに、俺の頬から自然に笑みがこぼれていた。結局、俺も楽しんでいるんだろう。この三人と非日常を過ごす時間を。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る