さあ出発
「これで皆揃いましたね。忘れ物とかはある程度のものなら用意できるので言ってください」
そういった十亀会長は目の前に止まった大きなバスに乗り込んだ。
何事もなかったかのようにその後ろを星野先輩、山口先輩、沢本さんが乗り込んでいく。
「早く乗りましょう?」
それを見てか、急かすようにゆずちゃんが背中を押してくる。……が、
「い、いやいやいや」
「これ、夢じゃないよね?」
お手本の様な反応を示してくれているのは、親友たち、斗真と凜花ちゃんである。うん。わかるよ、その気持ち。この人数だし、電車かなあとでも思ってたんだろうけど、バスです。しかも、見た目からしてめっちゃ豪華なやつ。
「斗真、凜花ちゃん。驚いてんのはわかるが、このままじゃ埒が明かないから早く乗るぞ」
「あ、ああ。……ちなみに、俺たちもこのバスに乗るってことでいいんだよな?」
「十亀会長が言ってたんだし、そういうことだろ」
こいつは何を不思議なことを言っているんだろう。
バスの中に乗り込むと、まあ想定内だが、特注っぽい。
バスのようなたくさんの座席があるスタイルではなく、いくつか大きめの席が取られ、テーブルのようなやつを囲めるようになっている。非常に過ごしやすそうだ。
「さ、荷物は後ろの方にまとめて置いて、こっちの席に座ってね」
向かって奥側には生徒会メンバー組(俺以外)が座るらしい。
とりあえず全員分の荷物を後ろに置くと、座る場所決め……とは言ったものの、まず、十亀先輩はひまりとゆずちゃん、咲ちゃんの三人組を確保し、正面に座らせる。斗真は周りに男一人の状況を回避したいのか、山口先輩の正面に座った。
もちろんだが、凜花は斗真の側から離れない。自然と山口先輩の隣りに座っていた沢本さんと対面に。つまり、俺は自然と星野先輩の正面に座ることになった。
「対面失礼します」
「ああ、和人くん?ぜんぜん大丈夫ですよ」
久しぶりに見た星野先輩。きれいな背中までの髪はさらさらで、少し首をかしげるとその動きに合わせて髪も揺れる。
今日は大きめなワンピースを着ていて、夏らしくて似合っている。
「似合ってますよ。可愛いと思います」
「へ!?な、なんのことかな?」
「いえいえ、本を見ながらもちらちらを目線を感じたので」
そう言うと、星野先輩は赤くなって口元を本で隠していたが、はあ、と一息つくと、本にしおりを挟んで置いた。
「うん。折角皆で話せる機会だもん。お話しないと損か」
そういった星野先輩ははにかむような笑顔を俺に向ける。上品に笑っているわけではない。でも、にへっとちょっと崩れた笑顔は、最上級生とは思えない愛らしさを持っていた。
「かわいっ……」
「ひぅ!……だから、和人くん!突然心臓に悪いこと言うの禁止です!」
そう言った星野先輩は拗ねたように窓の外に目を向けてしまった。そうしてその外を暫く眺め、惚けたような顔で景色を眺め始めた。
俺も同じ方向をを見る。まだ出発してあまり時間が経っていない為、高速道路に差し掛かったわけではない。が、そこには涼し気な柳並木があった。
「柳、好きなんです?」
「そういうわけじゃなんだけど、なんとなく、季節を感じられて好きだな、と思って」
「俺も、好きなんですよ。季節を感じられる木々って」
一番好きなのはひまりと見た桜だ。だが、俺は四季折々の木々、花々が好きだった。なんだか、見ているだけでホッとしてくる。
「この美しさを表せないのが残念でならない……なんて」
「表せないんですか?」
そう言うと、星野先輩は少し悩む素振りをして、顎のあたりに手をおいた。
「まあ腕次第ですよ。少なくとも私じゃあ、この綺麗さ、葉の隙間を通る光、それにこの夏の匂い。これを表すのは難しいんです」
そういった星野先輩は、特にその事実に対して悔しいとは思っていなさそうだった。何なら、自然とはそうあるべきと言ったような表情で……美しかった。
「……やっぱり、本当に大好きなんですね。景色が」
「そうしてそう思ったの?」
「言葉なんかじゃ表せるわけないって思ってるでしょ?この景色のこと」
そう言うと、少し驚いたような表情をして、くすっと笑った。
「よくわかったね。私は、言葉なんかじゃこの景色を完璧に表すことはできないと思ってる。この今の私の胸の高鳴り、聞いているバスの音、柳たちの揺れる色。匂いもあるし、今の一瞬しか存在しない。そんな景色が好きなの」
「そうですか……」
そうやって景色を語る星野先輩は慈しみを持った目で、口角は楽しそうに上がり、その後ろに花が咲いているような可憐さがあった。
どきり、とする。思わず頬が赤くなってしまったかもしれない。唐突になんだか恥ずかしいような変な気持ちに襲われる。
って、最近この気持ちに振り回されすぎだ!
俺は仕返しと言わんばかりに悔し紛れに一言言葉を溢した。
「せ、先輩も、さっきみたいに敬語じゃなくて本心から喋ってる方が好きですよ……」
「へ!?ね、取れてた?」
「敬語ですか?取れてましたよ」
そう言うと、星野先輩は恥ずかしそうに突っ伏してしまう。そうして少し顔を上げて、真面目な顔で問いかけてくる。
「和人くんは、どっちのほうが好きでした?」
「そりゃあ、さっき言った通り、さっきの口調のほうが自然で好きですよ」
「そ、そう?じゃあ、今度からそうしようかな、なんて」
星野先輩は、「面と向かってこういう宣言するのって恥ずかしいね」といっていたので、「俺ららしくないですか?」と言うと、「それもそうかも」と笑った。
そこから自然に会話は弾み、いつの間にか目を瞑って眠っていた。俺はその無警戒の姿から目をそらして、到着を待った。
なぜ俺の周囲の女の子たちは皆俺に無警戒の姿ばかり見せてくるのだろうか。このままでは心臓がいくつあっても足りない。
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