最終話 答え
目の前で、ガジールが炎に包まれていた。
リアムはそれを見つめながら呆然と立ち竦む。吹き付ける熱風が、凍る寸前だった身体を乱暴に撫でていく。
なにが起こったのかわからなかったが、巨人の命が炎と共に燃え尽きようとしていることだけは理解できた。
アントムに借りた馬で駆けつけた時、すでにパーティはガジールと交戦状態だった。
当然、作戦や決め事などの確認は一切していない。
カイルの危機に無我夢中で飛び込んだ。
幸いなことに、戦い方は身体が覚えていた。
もう二度と戦えないと思っていた心は、予想外の強さを発揮してくれた。
弱り切っていた心を癒してくれたのは、結局のところ時間だった。しばらく戦いから離れたことで心が活力を取り戻していたのだろう。
そして、パーティから離れたことで、彼らと過ごした日々がかけがえのないものであったことを再認識した。
仲間を守りたい、その一心でガジールの猛攻に耐えることができた。
故に、戦いに勝ったという実感はまるでなかった。
「そ、そうだっ、カイル!」
リアムは幼馴染の無事を確かめようと振り返った。
だが、直後に立ち眩みが起こり、その場に膝をついてしまった。
過剰な回復魔法を受けたことによる魔力酔いの症状だった。
いつもならばここまで酷い状態にはならない。それだけ
リアムはよろよろと立ち上がる。ちょうどダイアナに肩を貸してもらいながらこちらに向かってくるカイルの姿が見え、安堵の溜息を吐いた。
さらにイスタリスたち
「オルン!」
唐突に、大きな声と共に横から飛び付かれた。危うく尻もちをつきそうになるも、なんとか堪える。飛び込んできたのが小柄なエルフだったことが幸いした。
「シェルファ……無事でよかった」
「オルン、オルン……」
シェルファはそう繰り返しながら胸に顔を埋めてくる。
リアムはその頭に手を回し、後ろ髪を優しく撫でた。
顔を上げると、アリーシャが中途半端な体勢で固まっていた。目が合うと、耳まで真っ赤になって下を向いてしまった。
おそらくシェルファと一緒に飛び付こうとして、直前になってこちらの身体を心配して思いとどまってくれたのだ。さすがに今の状態でふたりは受け止めきれない。彼女の慎ましさに救われた形となった。
やがてパーティメンバー全員が集まってきた。
戦いの後、歓喜の輪の中心にいるのはいつもカイルで、リアムは輪の外からその様子を眺めているだけだった。
初めての体験に、嬉しいという感情よりも戸惑いの方が大きかった。
「……シェルファ、そろそろ離れてくれないか?」
リアムはシェルファに向かって子供をあやすように優しく声を掛けた。
「イヤ」
返ってきたのは簡潔にして明瞭な拒否だった。
「服が血で汚れるぞ?」
そう諭してみるも、シェルファは幼子のように首を横に振るだけで、離れようとはしなかった。
「シェルファ」
もう一度名を呼ぶと、ようやく解放してくれた。と言っても、縋りつく場所が胸から腕に変わっただけだった。腕に絡む小さな手からは、絶対に逃がさないという執念すら感じられた。
ダイアナが「あらあら」と言いたげな微笑みを浮かべている。その表情は父親にじゃれつく娘を見守る母親のようだった。
仕方なく、リアムは腕にシェルファをぶらさげたままカイルと向かい合った。
カイルは鎧や服はぼろぼろで、まさに精も根も尽き果てたといった様子だった。
「リアム……きてくれたんだな」
か細い声でカイルが言った。
「ああ」
そう答えるのがやっとだった。
様々な想いが胸に迫り、それ以上は言葉が続かなかった。
これほど弱ったカイルを見るのは久しぶりだった。駆け出しのころ、モンスターの集団に襲われて命からがら逃げ帰った時以来かもしれなかった。
不謹慎だとは思ったが、少し嬉しくなった。
「……ずいぶんと派手にやられたみたいだな、カイル」
リアムは破顔すると、あえて昔の調子で言った。
「お前も他人のことは言えないだろう、リアム」
カイルはそう言うと、よろよろと目の前までやってきた。
何かを察したシェルファが腕から離れる。
代わりにカイルの腕が首に回され、抱きしめられた。
「……ありがとう、助かった」
熱い抱擁だった。
その温もりが仲間を守ることができたという実感を与えてくれた。
リアムは返事の代わりに、背中をぽんぽんと叩いた。
今はそれで十分だと思った。
どちらからともなく身体を離すと、それを待っていたと言わんばかりにライザールが声を上げる。
「リアムさん、ここに来てくれたってことは、パーティに復帰するってことでいいんだよな!?」
「あほうが、今する話じゃねぇだろ」
イスタリスがすかさず窘めたが、こちらを見る目は「どうなんだ?」と問いかけていた。
彼だけではない。他のメンバーからも期待するような視線が集まっていた。アリーシャに至っては祈るように手を合わせてこちらを見つめている。
今回の戦いを乗り越えたことで、リアムの心にまた皆と一緒に戦いたいという思いはたしかに芽生えていた。
だが、リアムが一度逃げ出した人間であることに違いはない。一度逃げ出した人間は何度だって逃げ出す。今は劇的な勝利の余韻で忘れているかもしれないが、冷静になれば皆そのことを思い出す。根本的な問題は何も解決していないのだ。
一時の感情に身を任せて復帰したところで、また同じことを繰り返すだけだろう。
ではどうすればいいのか。
その問いに対する答えをリアムはもう得ていた。
仲間と向き合い、一緒に考えていけばいいのだ。その結果、復帰できなかったとしても、今のリアムにとってそれはさほど重要なことではなかった。
大切なのはこちらから心を開いて、歩み寄ることだった。
その機会を得る為に、ここに来たのだから。
リアムはメンバーひとりひとりの顔をゆっくりと見回してから口を開いた。
「みんな、勝手を言ってすまないが、今日の打ち上げ会場は俺に決めさせてくれないか?」
よほど予想外の提案だったのか、全員が驚いた顔をしていた。ライザールなどはあんぐりと口を開けたまま固まっている。
「もちろん、構わないわ」
ダイアナが代表して答えた。他の皆も戸惑いながらも了承してくれた。
ただひとり、カイルだけが複雑な表情を浮かべている。やがて何かに気付いたのか、咎めるような視線を向けてきた。
「リアム、お前まさか――」
「悪いな、その条件を飲まないと親父さんから馬を借りられなかったんだ」
「……息苦しい打ち上げになりそうだな」
「たまにはそういうのも悪くないだろ?」
リアムは悪びれずに言うと、アントムから借りた馬を回収すべく踵を返した。背後から「くそっ、俺の隠れ家が」というカイルの呪詛の声が聞こえてくる。
空を見上げると、分厚い雲の切れ目から陽の光が差し込み始めていた。
ふいに腕を引っ張られる。シェルファが透き通るような瞳でこちらをじっと見つめていた。
「どうした?」
「あのね、オルン――ううん、リアム。あたし、あなたに言いたいことがたくさんあるの」
「ああ」とだけリアムは答えた。
俺もだ、とはさすがに気恥ずかしくて言えなかった。
それでもシェルファは、まるで花が咲いたような笑顔を浮かべていた。
了
ある盾役の憂鬱 SDN @S-D-N
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