第8話 パーティ

「くそっ!」


 カイルは宿舎の自室に戻るなり、上着を床に叩きつけた。

 問題なくやれている――アントムの店で再会したリアムにそう答えた。

 だが、実際は問題だらけだった。

 リアムがパーティを抜けてから二カ月。パーティは五度の大型モンスター討伐を行ったが、その全てに苦戦した。

 苦戦の原因ははっきりしていた。

 リアムがいなくなったことで大型モンスターを固定できなくなったからだ。相手が動き回れば必然的に味方の火力は落ちる。

 無論、新しく加入したリュンターが悪いわけではない。

 まだ若く経験の浅い彼がすぐにリアムと同じように活躍できるはずがない。

 だが、つい先ほど会食の席で領主から最近の戦いぶりについてはっきりと苦言を呈された。

 大型モンスターは存在するだけで周辺に大きな被害を生み出す。討伐に時間が掛かれば、その分だけ被害は拡大していくのだから当然の反応だった。なぜリアムの脱退を認めたのか。口にこそ出さなかったが、領主の目ははっきりとそう言っていた。

 新戦力が馴染めば問題なくなる。その為にもう少しだけ時間がほしい。そう伝えることで、とりあえずは納得してもらえたが、このままでは遠からず契約打ち切りの話も出てくるだろう。


 普段、領主がパーティの運用について口を出してくることはない。にもかかわらず、わざわざ会食の席を設けてまで苦言を呈してきたのには理由があった。

 つい先日、霜の巨人ガジールが活動期に入った可能性が高いとの報告がもたらされたのだ。

 近日中にガジール討伐の依頼を出すかもしれない。領主から直々にそう告げられた。

 よりにもよってリアムを失ったばかりのタイミングでガジールが動き出したとすれば、それは最悪の一言に尽きた。


 だが、問題はそれだけではなかった。

 パーティの雰囲気が険悪の一歩手前だった。

 ここ数年、数々の大型モンスターを討伐し、レニゴールの絶対守護者として名声をほしいままにしてきた。それがたったひとりの盾役タンクがいなくなっただけで上手く機能しなくなってしまった。

 その事実に皆が戸惑いと苛立ちを覚えているのだ。

 おまけに何人かのメンバーは未だにリアムの脱退を引きずっていた。

 イスタリスのようにはっきりと口に出して文句を言ってくる者もいれば、アリーシャやシェルファのようにふさぎ込む者もいた。

 いずれにせよ、脱退をあっさりと認めたカイルを責めていることに変わりはなかった。


「どいつもこいつも勝手ばかり言いやがって!」


 カイルはそう吐き捨てながらベッドに身を投げ出した。

 この二カ月は、いかにリアムの存在が大きかったかを確認する為の期間だったと言っても過言ではなかった。

 だが、リアムの脱退で最もショックを受けているのは他でもないカイル自身だった。


 カイルにとってリアムはこの世で最も信頼する人間だった。

 リアムがいてくれるから、安心して前だけを向いて走ることができた。

 単独で盾役タンクをやってほしいと頼んだ時も嫌な顔ひとつせずに応じてくれた。

 以来、彼が不満を口にしたことは一度もない。

 リアムは絶対に裏切らない。

 リアムなら何も言わなくてもわかってくれている。

 そう無条件に信じていた。

 その思い込みが知らず知らずのうちに彼を追い詰めていたとも知らずに、自分と同じ夢を見させ、それに付き合わせた。

 信頼という響きの良い言葉に甘え、その心の内側を知ろうとさえしなかった。

 その結果、リアムは去ってしまった。

 リーダーとして、仲間として、なにより幼馴染として、誰よりも寄り添わなければならなかったはずの人間が、もっとも遠いところにいたのだ。

 カイルは自分自身が許せなかった。

 だが、それでも前に進むことを止めるわけにはいかなかった。

 街を守るパーティのリーダーとしての義務と責任がある。もはや己の夢の為だけに戦い続けているわけではないのだ。


 カイルは大きく息を吐き出すと、ベッドから身を起こした。

 すると、タイミングを見計らっていたかのように扉をノックする音が聞こえてきた。「どうぞ」と応じると、遠慮がちに部屋に入って来たのはダイアナだった。


「どうした?」


「それが……」


 そう言い淀むダイアナの表情から、良くない話だとわかってしまった。

 だが、彼女の口から語られたその内容は、カイルの予想よりも遥かに悪いものだった。




 カイルがダイアナと共に談話室に向かうと、パーティメンバーは一人を除いて全員が集まっていた。

 部屋の中央にあるテーブルにはイスタリス、ヨネサン、ライザールの三人が席に着いている。

 窓際にはアリーシャが立っており、その陰に隠れるようにシェルファがいた。

 室内の空気が重い。

 特に重症なのはシェルファだった。彼女はリアムが脱退して以来、ほとんど口を開いていない。生来の快活さと天真爛漫さは鳴りを潜め、まるで別人になってしまったかのようだった。


「いったいどういうことだ?」


 カイルはつまらなそうに椅子に座っているイスタリスを問いただした。


「ダイアナから話は聞いたんだろ?」


「いいから説明しろ」


 有無を言わさぬ口調に、イスタリスは舌打ちした。


「説明もなにも、リュンターの奴が出て行っちまったんだよ」


「単に外出しただけじゃないのか?」


「ちげぇよ。パーティを辞めて出て行ったんだ」


「引き留めなかったのか?」


「引き留める? なぜ? 戦う意志のない者に仲間の命は預けられないと言ったのはお前だろう。なのでリュンター氏にはそのまま辞めていただいた」


「……」


「そうそう、リュンターのやつ、去り際に言ってたぜ。あんなやり方をしてたら命がいくつあっても足りねぇ、てな。あと、リアムって奴は人間じゃねぇ、とも言ってたかな」


 揶揄するように言うイスタリスをカイルは睨みつけた。

 だが、イスタリスは平然とした顔で言葉を続ける。


「なぁカイル、いい加減に認めろよ。今までと同じやり方を続けるのはもう無理だ。リアムの代わりは誰にも務まらねぇ」


 カイルは咄嗟に何も言い返すことができなかった。

 イスタリスにそう指摘されたのは一度や二度ではない。

 だが、カイルは頑なにそれを受け入れなかった。

 多くの冒険者が集うこの街で普通のやり方をしていては確実に埋もれてしまう。上を目指すには他の追随を許さない圧倒的な成果が必要なのだ。

 単独の盾役タンクが戦線を維持し、短時間で敵を倒す……この戦い方は言うほど簡単ではない。

 カイルはそれが可能なだけの優秀なメンバーを集め、徹底的に戦術を磨き上げることで、ここまでのし上がってきた。

 戦い方を変えるということは、これまで苦心して築いてきたものすべてを捨てることと同義である。安易にそれを選択することなどできるはずがなかった。

 だが、このまま我を通し続ければ、パーティはいずれ空中分解してしまうだろう。現にリアムを失い、今もまたひとりメンバーを失ったのだ。

 カイルはリーダーとして大きな決断を迫られていた。




「――ま、いなくなっちまったもんは仕方がねぇ。良い機会じゃねぇか。次は盾役タンクを複数人入れるなりしてよ、それに合わせて新しい戦い方を考えようぜ。な、ヨネサンもそう思うよな?」


 イスタリスが水を向けると、ヨネサンは悔しそうに頷いた。

 元々、今の戦い方はヨネサンが考案したものである。効率を重視する彼ですら、リアム抜きで今の戦い方を続けるのは無理だと考えているということだった。


「なんにせよ、盾役タンクがいないんじゃ、しばらくは開店休業だな」


 イスタリスは伸びをしながら部屋を出て行こうとした。


「……残念ながらそういうわけにはいかないんだ」


 カイルは近々ガジール討伐の依頼があるかもしれない旨をメンバーに告げた。

 このタイミングでそれを告げるのは最悪としか言いようがなかったが、隠しておいても良いことは何もない。

 案の定、全員の顔にはっきりと絶望の色が浮かんでいた。


「はっ、ライザール、よかったじゃねぇか。念願のガジールとやりあえるぜ?」


 イスタリスが投げやりな態度で言った。

 ライザールは黙ったまま下を向いている。顔色が優れない。

 リアムが抜けたことで、戦闘面でもっとも影響を受けているのが彼だった。

 パーティ加入以来、ライザールは命中精度や魔力効率を度外視して威力を高めることだけに注力してきた。

 大型モンスターをいかに迅速に倒すかを考えるのなら、その方針は間違っていない。だが、それはリアムという盾役タンクがいて初めて成り立つものだった。

 リアムがいなくなり、標的が動き回るようになったことで、彼の魔法はほとんど当たらなくなった。

 いかに威力が高くても当たらなければ意味がない。ここしばらくの苦戦続きですっかり自信を喪失してしまったのだ。

 天才ともてはやされ、失敗や挫折を知らずにいただけに、ここにきて精神的な脆さが露呈してしまっていた。


「で、どうすんだ? その依頼、受けるのか?」


 口調こそ軽かったが、イスタリスの目は真剣そのものだった。


「断るという選択肢は俺達にはない」


「正気か? あれの恐ろしさはお前だって身をもって知ってるだろ。盾役タンクなしで挑むなんて正気の沙汰じゃねぇ」


「急いで代わりの盾役タンクを探す」


「大型モンスターの相手をまともにできる盾役タンクがそう簡単に見つかるわけねぇだろ!」


「あ、あのっ、リアムさんに戻って来てもらうわけにはいかないのですか?」


 アリーシャが横から口を挟む。


「そ、そうです! 彼なら事情を話せばきっと力を貸してくれます!」


 ヨネサンも勢い込んで賛同した。彼だけではない。この場にいる誰もがそれを望んでいることが表情から伝わってくる。


「駄目だ。それは認められない」


 カイルははっきりとそう告げた。

 そうしたいと、カイル自身が一番思っていた。

 だが、それだけはできなかった。

 久々に会ったリアムは、パーティにいた時とはまるで別人のように穏やかな顔をしていた。ようやく安息を手にいれたのだ。これ以上、自身の夢の為に戦いの場に駆り出すことなどできるはずがなかった。


「討伐の依頼が出るまでまだ猶予はある。それまでに代わりを探す」


「見つからなかったらどうすんだ?」


 イスタリスの問いに、カイルは決意を込めて答えた。


「――その時は俺が前衛に立つ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る