第3話 盾役と回復役

「あ、あのっ、おつかれさまです、リアムさん」


 唐突に横合いから声を掛けられ、リアムは振り向いた。

 声の主はパーティの回復役ヒーラーのひとり、アリーシャだった。

 まだ少女といっても差し支えない小柄な体格はおよそ冒険者に見えないが、回復役ヒーラーとして類まれな才能を有している。特に防御系の魔法を得意としており、彼女の使うシールド魔法には危ういところを何度も救われていた。

 性格は控えめで大人しく、誰に対しても分け隔てなく優しい娘だった。


「ああ、おつかれ、アリーシャ」


「なんだかあまり元気がないように見えますけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


「……ひょっとして、まだ傷が痛むのですか?」


 アリーシャは心配そうに顔を覗き込んでくる。

 おそらく先のサイクロプス戦で連携ヒールワークを失敗したことを気にしているのだろう。その件については戦闘終了後に何度も謝られており、過剰なまでの回復魔法で傷も癒してもらっていた。

 リアムは気にしていないと何度も伝えたのだが、そう簡単に割り切れずに引きずってしまうのがアリーシャという少女だった。


「傷は完全に塞がってる。心配はいらない」


「けど、いつもより来るのが遅かったので、なにかあったのかなって……」


「防具の手入れに手間取っただけだ」


「本当ですか? 無理していませんか?」


「大丈夫だと言っている」


「少しでも具合が悪くなったら遠慮なく言ってくださいね?」


「ああ」


 リアムは素っ気なく答えた。

 傍から見たら冷たくあしらったようにも見えるだろう。無論、リアムにそんなつもりはない。

 アリーシャがパーティに加入してそろそろ一年経つが、情けないことに彼女の純真無垢な瞳で真っ直ぐに見つめられると、未だにどう対応していいのかわからないのだ。


「そんな心配しなくても、オルンは頑丈さだけが取り柄なんだから大丈夫よ、アリーシャ」


 そう口を挟んできたのは、アリーシャと同じ回復役ヒーラーのシェルファだった。

 透き通るような白い肌と美しい小麦色の髪から覗く長い耳。彼女は森の妖精と呼ばれるエルフ族だった。

 彼女が操る精霊魔法は回復だけでなく、パーティの能力を底上げする支援魔法としても優秀で、戦力面において重要なポジションを担っていた。

 人間族より遥かに長命なエルフ族は物静かで理知的な種族と言われているが、シェルファに限っては例外だった。パーティ内で誰よりも感情の起伏が激しく、気分屋で、おまけに口も悪い。本人曰く年齢は二百歳とのことだが、見た目と精神年齢は十代の少女と変わらない。

 ちなみに『オルン』というのは彼女が付けたリアムの渾名である。


「だいたいオルンは普段から反応が希薄すぎるのよ。いっつもゴーレムみたいな顔して何考えてるのかわからないし」


「この顔は生まれつきだ」


「あたしやアリーシャが話しかけても生返事ばっかりで、つまらなそうだし」


「そんなことはないだろう」


「あるわよ! オルンがそんな態度だから、いつまで経ってもアリーシャに怖がられてるんじゃないの?」


「……そうなのか?」


「そ、そんなことないですからっ!」


 アリーシャは首と手を全力で横に振っていた。


「とにかく! 盾役タンク回復役ヒーラーは連携が大事なんだから、オルンはもっとあたしたちと積極的に交流を図るべきなのよ!」


 シェルファはシュバッと音がしそうな勢いで人差し指を突きつけてきた。


「連携ならもう十分に取れているだろう」


「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」


 じゃあどういうことなんだ、とはさすがに聞き返せなかった。

 リアムはお世辞にも社交的とは言えない性格である。パーティ内では単独の前衛ということもあり、リーダーであるカイルと主にやり取りをするだけで、シェルファの指摘通り後衛のメンバーとは必要最低限のやり取りしかしていなかった。それで十分にパーティは機能しているのだから問題ないとも思っていた。


 そんなリアムの考えを見透かしているかのように、シェルファはここぞとばかりに文句を捲し立ててくる。

 こういう時に下手に逆らうと事態が悪化するだけだとわかっているリアムは、神妙な顔で話を聞くふりをしながら、大人しく嵐が過ぎ去るのを待つことにした。


「――シェルファ、その辺にしておきなさい」


 そう言ってシェルファを嗜めたのは、三人目の回復役ヒーラーであるダイアナだった。

 落ち着いた雰囲気を持つ二十代後半の女性で、パーティ内の数少ない常識人であり、個性派揃いのメンバーの間を取り持つ緩衝材のような役割を果たしてくれている。リアムは彼女が怒ったり感情を荒げているところを見たことがなかった。

 若いアリーシャや精神的に幼いシェルファにとっては姉のような存在でもあった。


「いくらリアムが怒らないからって調子に乗らないの」


 ダイアナのその言葉にシェルファが頬を膨らませる。


「だって、オルンがアリーシャに冷たくしてるから!」


「シェルファは少しリアムに甘え過ぎよ」


「甘えてなんていないわよ!」


 むきになって言い返すシェルファに、ダイアナは意味ありげな笑みを浮かべた。


「ようするにシェルファはリアムにもっとかまってもらいたいのよね?」


「はぁ!? そ、そんなことあるわけないでしょ!」


「違うの?」


「違うわよ!」


「でも、他の男性にはちっとも話しかけないのに、リアムにだけはずけずけと物を言うじゃない」


「そ、それはオルンがだらしないから仕方なくよ」


「戦闘中だって彼のことばかり見ているし」


回復役ヒーラーなんだから当たり前でしょ!」


「そうね。でも、それ以外の時もいつも彼を見ているの、わたし知ってるんだから」


「なっ――!?」


 顔を真っ赤にして固まるシェルファ。

 ダイアナはそれを見て「ふふふ」と笑うと、今度はリアムの方を見た。


「でも、シェルファの言う通り、リアムは遠慮しがちなところがあるから、私たちに何かしてほしいことや、こうしてほしいという要望があったら遠慮なく言ってね」


 ダイアナの言葉にアリーシャが真剣な顔でうんうんと頷いている。


「……検討しておく」


 リアムのその回答は誠実さとはかけ離れたところにあった。

 今のリアムには彼女たちから向けられる優しい言葉や好意が、少し煩わしく感じられた。これから自分が言おうとしている事の後ろめたさがそうさせるのかもしれない。


 リアムはあらためてパーティメンバーを見回した。

 良いパーティだと、心の底から思った。

 互いを尊重し、支え合い、街を守るという目的の為にメンバー全員が自分にできることを精一杯やっている。

 これまで多くの戦いを共に潜り抜けてきた、かけがえのない仲間だった。


 だが、そんな素晴らしいパーティとの別れの時が近づいていた。

 この日、リアムは自らの意志でパーティを抜け、盾役タンクとしての日々を終わらせるつもりだった。

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