第2話 盾役と攻撃役

 王国の北端にある辺境都市レニゴール。

 その周辺は、およそ百年前に起きた人と魔神の戦いの爪痕が色濃く残っており、今も多くのモンスターが生息している。

 特に、稀に出現する大型モンスターの存在は人々の脅威となっていた。

 家屋よりも大きい猪のような獣。

 空を飛び火を吐く怪鳥。

 見上げんばかりの巨人。

 それらの大型モンスターによって行きかう旅人や商人が幾度となく襲われ、討伐の度に多くの騎士や冒険者が犠牲となった。


 そんな状況を変えたのが、カイル率いる冒険者パーティだった。

 彼らはたった数人で、しかも犠牲者なしで大型モンスターを次々と討伐し、数年で街一番のパーティへとのし上がった。今では『レニゴールの絶対守護者』と呼ばれ、街防衛の重要戦力として領主からも重宝されている。


 リアムはそのパーティに所属する戦士だった。

 年齢は三十歳。いかつい顔をした、身長一九〇を超える偉丈夫である。その恵まれた体格を活かし、パーティ唯一の盾役タンクとして前線で身体を張っている。

 一般的なパーティは前衛を複数人配置し、誰かひとりに攻撃が集中しないようにするが、リアムは例外だった。

 彼は単独で、しかもその場を動かずに大型モンスターを引き付ける。そうすることで、必然的に敵の足が止まり、後衛の攻撃役アタッカーは効率よく火力を集中できるようになる。

 パーティはその戦術で数々の大型モンスターをわずかな時間で討伐してきた。


 不動のリアム――。


 大型モンスターを相手に一歩も引かない壮絶な戦いぶりから、いつしかリアムはそんな二つ名で呼ばれるようになっていた。




「……すっかり遅くなってしまったな」


 リアムはいきつけの酒場の入口に立って、誰にともなく呟いた。

 街の中心から少し外れた場所にあるその店は、『奇跡の大樹亭』という大層な名で呼ばれている。

 名前の由来は店を見れば一目瞭然だった。

 一本の大樹が店の天井を突き破って雄々しく立っているのだ。

 二十年前、とある無銭飲食のエルフが酒代の代わりとして置いていった種を、ガーデニングが趣味の店主の嫁が冗談半分で店の鉢に植えて育て始めたところ、たった一晩で店の天井を突き破るほどの驚異的な成長を見せたのである。

 商魂たくましい店主はこれを商機とみて、店の名を『奇跡の大樹亭』に変え、翌日以降も平然と営業を続けた。

 やがて、雄々しく育った大樹は街の観光名所となり、店は「俺も大物になりたい」と願う若き冒険者達が利用する人気店になったのだという。

 リアムがこの店に来たのも、サイクロプスの討伐依頼を終えたパーティの打ち上げに参加する為だった。


 夕食時ということもあり、店内は喧騒に満ちていた。

 フロアの三分の一ほどを我が物顔で占拠している大樹の幹。その幹を囲うように複数のテーブルが設置されている。そのうちのひとつ、十人は座れる大きなテーブルをパーティの仲間たちが占拠していた。

 すでにかなり出来上がっているのか、入口からも彼らの大声が聞こえてくる。

 リアム以外は全員が集まっているようだった。

 重装備のリアムは甲冑を脱ぐのに時間が掛かる。おまけに血を落としておかないとすぐに錆になるので、早めに手入れをする必要があった。

 防具の手入れは盾役タンクにとって自身の命を守る大切な作業である。生来の生真面目さもあって、防具の手入れを欠かしたことは一度もない。

 結果、リアムが打ち上げに参加するのは決まって最後だった。


「おー、こっちだ、リアム!」


 パーティのリーダーであるカイルが手を上げて声を掛けてきた。

 リアムとは対照的といっていい端正な顔立ちと、すらりとした体型はどこぞの貴族と名乗っても誰も疑わないだろう。

 その容姿に加え、明晰な頭脳と幅広い交友関係を活かしてパーティのマネジメントのほとんどを担い、戦闘では主に弓を使って後方から攻撃しながら仲間への指示出しまでするという、まさに絶対的リーダーである。

 リアムにとっては同じ村出身のいわゆる幼馴染でもあった。


 リアムは片手を上げてカイルに挨拶すると、端の空いている席に座った。


「最後の俺の火球魔法を見たか!? 試しに呪文の一節に手を加えてみたんだ。そしたら威力が跳ね上がったんだぜ!」


 テーブルの反対側ではパーティでもっとも若いライザールがなにやら興奮した様子で捲し立てていた。ずいぶんと顔が赤いことから、かなり酒が進んでいるようだった。

 ライザールは王都の魔法学校を僅か十五歳で卒業した魔法士で、高い魔力とあらゆる攻撃魔法を使いこなすセンスを持つことから、加入してわずか二年でパーティのエース格に成長していた。

 その才能と若さ故にやや傲慢で向こう見ずなところがあるが、根は素直なので、パーティ内では手のかかる弟のように扱われている。


「な、ヨネサンも見てたよな!? すげー威力だっただろ?」


「ですがその分、魔力の消費量が増しているはずです。あと、弾速が遅くなった挙句、詠唱時間も長くなってますから、あまり効率の良い術とは言えませんね」


 そう反論したのは、ヨネサンという名の魔法士である。広い額に不健康そうな青白い肌といった、いかにも学者然とした見た目をしている。

 その見た目の印象通り数字にうるさく、おまけに効率厨で守銭奴でもある。ライザール同様パーティの攻撃役アタッカーを担っているが、相手の状態異常を引き起こす魔法が得意なことから、デバッファーとしても欠かせない戦力だった。


「相手はタフな大型モンスターなんだぜ? 大事なのは効率よりも威力だろ!?」


「たしかに威力は申し分なかったですね。二分三十秒はサイクロプス討伐の新記録ですよ」


「わざわざ時間を測っていたのかよ!?」


「当然です。あらゆる物事を正確に計測することで、パーティの戦術構築をより効率的に進められますからね」


「さすが、相変わらずの効率厨……」


 ライザールは若干引き気味に言うと、今度は斜め前に座っている男に話を振った。


「イスタリスさんはどう思うよ? 魔法はやっぱり効率よりも威力だよな?」


「んああ? そんなもん敵さえ倒せればどっちだっていいだろ」


 イスタリスと呼ばれた男は酒瓶を手に面倒臭そうに答えた。

 無精ひげを生やしたいかにも無頼漢といった風体をしているが、彼もれっきとした魔法士である。観察眼に優れ、どんな時も冷静さを失わないことから、パーティのサブリーダー的な役割も務める優秀な男だった。


「んなことよりもライザール。おまえさん、戦闘中の立ち位置に甘えが出てるぞ。あれじゃあ万が一敵が跳ねた時に真っ先に狙われんぞ?」


「大丈夫だって、リアムさんはそんなヘマしないから。だよな、リアムさん?」


「ん? あ、ああ」


 唐突に話を振られたリアムは曖昧な態度で頷き返した。発言の内容はイスタリスが正しいと思ったが、今はその手の話題にはあまり関わり合いになりたくなかった。


「リアムを巻き込むんじゃねぇよ。こいつはお前さんの問題だ」


「わ、わかってるって、気を付けるよ。それよりもさ、今のパーティ構成になってからもうすぐ一年経つじゃん」


 ライザールは不利と悟ったのか、すぐさま話題を変えた。


「だいぶ連携も取れるようになってきたし、そろそろあのガジールも討伐できるんじゃない?」


「ガジールだぁ?」イスタリスは勢いよく酒瓶をテーブルに置いた。「おいおい、あんま調子にのんな若造。ガジールはそんな生易しい相手じゃねぇ」


 ガジールとは北の山を根城にする霜の巨人フロストジャイアントである。その名の通り氷の属性を持ち、近くにあるものを手当たり次第に凍り付かせてしまう恐ろしい巨人だった。

 三年前、レニゴールの街を襲撃しようとしたガジールを迎え撃ったのがリアム達のパーティだった。

 結果は痛み分け。

 深手を負わせ、北の山へ追い返すことには成功したが、討伐は果たせなかった。ガジールはパーティがこれまでに討伐することができなかった唯一の標的だった。

 その時の戦いでリアムは正真正銘、死にかけた。ガジールの拳があとほんの数センチずれていたら、今この場にいることはなかっただろう。

 その当時、ライザールはまだパーティには加入していなかった。おそらくガジールを討伐して箔を付けたいとでも考えているのかもしれない。

 だが、リアムはガジールと再戦したいとは露ほども思っていなかった。できればもう二度と山から下りてきてほしくなかった。


「でも、前と違って今は俺やアリーシャだっているだろ? 絶対にやれるって!」


「あのな、せっかく山奥で大人しくしてくれてるんだ。わざわざこっちから手を出して奴を刺激する必要はねぇだろ」


 食い下がるライザールに、イスタリスは諭すように言った。


「またいつ現れて暴れ出すかわからないじゃないか!」


「なら、そん時に倒せばいいだろ」


「そんな消極的なことでどうすんだよ! 俺らはレニゴールの絶対守護者なんだぜ? 不安の種は放置せずにこっちから刈った方が絶対いいって!」


「やめとけ。いくらお前さんの火球魔法でもガジールの冷気には通用しねぇ。おまけに奴の生命力はバケモンだ。途中で魔力切れを起こすのが関の山だ」


「でも、先輩たちはこのままで悔しくねぇのかよ!」


「ぜんぜん悔しくねぇな」


 イスタリスはあっさりと言い切った。


「そもそも正式な討伐依頼がない限りは俺らから動くことはねぇ。ただ働きは御免だからな」


「ちぇっ、なんだよ……」


 ライザールは面白くなさそうに杯を煽るのだった。

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