第10話 儀式の日

あれから、双子の精霊は何回か様子を見に来たけど、(流石に懲りたのか、もうトイレには現れなかった。)俺はその度に、藍川瑞希ちゃんの写真集を燃やされた恨みを思い出すようにし、思考を読まれる事を阻み、2枚の御札も守り通した。


儀式前日、以前言っていた様に、菊婆がお屋敷にやって来て、保坂さんと二人で贄としての儀式の支度を整えた。


と言っても、清めの水が張ってあるという大浴場に何度も入らされ、しきたりに従って、定められた着物を着せられるぐらいなんだけど…。


下着ぐらいは、自分で身に付けさせてくれと懇願したら、保坂さんも、菊婆も渋々了承してくれたので、俺はその間に包帯の中に2枚の御札を隠し持つ事ができた。


そして儀式前日の夕食の豪華さたるや…!

てっきり精進料理のようなものが出ると思っていた俺は、ウナギに、肉に、山芋に、山菜たっぷりの汁物滋養強壮のつきそうな

食事を出され、驚いた。


いや、うん…。儀式の内容を知っていればその意図は分かるけれどね…。


保坂さんとそれに菊婆も珍しくにこやかにおかわりを勧めてくるのに、俺はいたたまれない気持ちがした。


その日は、早めに就寝を進められ、嫌だが、久々に菊婆と同室で眠る事となった。


横になったものの、当然、眠れる筈もない…。明日で俺の人生は大きく変わることになるのだから…。


ベッドの上で、御札入りの包帯を巻いた手をもう片方の手で強く握り締め、明日のシュミレーションをしていると…。


夜中に突然、エキストラベッドで寝ていた菊婆が立ち上がり、俺のベッドの方に近付いて来た。


何かする気なのかと、俺が警戒して身を強張らせていると、菊婆が俺の髪に手を触れてきた。


「ズッ。真人…。大きくなったな…。」


菊婆は、鼻をすすっていた。


小さい時にしたように、優しく俺の頭を撫でながら、途切れ途切れに囁いた。


「真人っ…、すまんな…。明日は…頑張れよ…?ズズッ。」


…!!


それから、静かに菊婆は、また自分のベッドに戻って行った。


俺は体を固くして、心の中で言い聞かせた。


惑わされるな、惑わされるな…!!


菊婆は、身内でも敵なんだ…。

身内を犠牲にする事に、流石に良心が咎めるから、あんな風に言っているだけだ…!!


涙を滲ませながら、俺は今までの菊婆との生活を、必死に思い出さないようにしていた…。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


そして、儀式当日ー。

夕方から執り行われる儀式の為に、俺はまた午後に清めの入浴をさせられたり、白い着物に赤い帯の着物を着せられ、腹持ちのよさそうな軽食や、栄養ドリンクのようなものを飲まされたりした。


いつもは閑散としている社だが、今日はまるで初詣の時期のようにガヤガヤと騒がしい。


儀式の事は、既に島の皆に周知されており、

社の方で、祝いの菓子や、甘酒を配るイベントがあるらしい。


屋敷の窓から覗くと、お参りや、祝い菓子や甘酒をもらいに人が社の階段沿いに長い列をなしているのが見て取れた。


俺は、出発時間になると、社の方角とは逆方向のお屋敷の裏手口から、

警護の島民(島で1軒の柔道道場の門下生)数名と、保坂さんらホテルの従業員数名で、儀式の執り行われる洞窟へ向かった。


小学生の頃、遠足でこの小高い丘に登らされる事はあったが、この洞窟の辺りは、立ち入り禁止区域となっており、足を踏み入れた事はなかった。


ほとんど舗装されていない、道なき道を苦労して進むこと10分程…。

狭い(大人は屈まないと入れない位の大きさと菊婆からは説明されていた。)洞窟の入口が見えて来た。


警備の人は、外で待機をし、菊婆は俺を先導して、入口からうす暗い洞窟の中へと入って行った。


俺もぎりぎり屈まなければ中に入れず、よし!俺も大人判定だぜ!とこの状況にも関わらず思わずガッツポーズをとってしまった時、菊婆がその場に平伏し、奥にいるらしい人物に挨拶をした。


「生き神様、この度は儀式の為にご足労下さいまして誠にありがとうございます。」


菊婆の言葉に合わせるように、後ろにいる保坂さん達もその場に平伏したので、

俺も、慌てて同じポーズをとった。


「この島の豊かな実りは、全て御身を賭して祈りを捧げて頂く生き神様のお陰でございます。島の者一同感謝の念に堪えませぬ。


今日は、新しい贄の葛城真人を連れて来ております。どうかお召しになって下さいませ。


「うむ。ご苦労…。皆の者顔を上げよ…。」


「…!!」


奥から若い女の声がして、俺は心臓がドキリとした。


顔を上げると、薄暗い洞窟の奥に人影がぼんやり見えた。


そして、突然、ポウッと白い鬼火のような明かりが灯り、白い着物に赤い帯を締めた長い髪の女の姿が浮かび上がった。


面を被り、顔は見えないが、若い女のようだった。


これが、生き神…!!!


俺は衝撃を受けながら、ついその姿に見入ってしまった。


そして、更に赤い鬼火がポウッと灯った時、

更に広い範囲に人口的な明かりも行き渡り…。


生き神の両隣に双子の精霊がいかめしい顔つきで俺を睨み付け、宙に浮いているのが見えた。


「キー!ナー!」


「コラッ!黙らんか!」

「いって!」


俺は思わず叫び、すぐに菊婆のゲンコツが飛んで来た。


「よい…。葛城真人…近くに寄りなさい…。」


生き神は、優雅な仕草と声で俺を手招きした。


菊婆に俺に早く行けと目配せをされ、俺は躊躇いながらも、生き神の近くへ進み出た。


キーとナーは不服そうな顔をしていたが、この場面では俺に危害を加えようとする様子はなかった。



「葛城真人。よく来てくれた…。お前には、これより贄としてのお務めをもらう。妾と

共に島の皆の為に祈りを捧げようぞ。

この奥に、儀式の間が用意してある。さ。真人…。」


生き神は、顔が見えないにも関わらず、他を圧倒する独特の雰囲気を持っており、

抗いがたい魅力的な声で、差し出した美しく白い手で、艶めかしく俺を誘った。


何も知らなければ、たやすく絆され、生き神の虜となっていたかもしれない。


けれど、それも生き神の正体を知らなければの話だ。


生き神の後ろには、ぼんやりと細い通路が見えていた。その奥に、儀式の間とやらがあるのだろう。


そこへ行ったら、一巻の終わり。

俺は生き神の餌食になる。


『儀式の時は美しい女の形をとっているが、中身は数百年生きた化け物で、本来の姿は菊婆以上にシワシワの婆さんだ。

見た目に騙されて誘惑に乗らなければ、君の命は保証される。賢明な判断をしてくれ。

では、儀式の日に会おう。』

『祭祀の当日、私は儀式の場所である洞窟の近くにいる。合図を送るから、洞窟の外まで逃げて来てくれ。私が必ず島から脱出させてみせる。』


例の手紙の文面を思い出していたとき…。


ピイィーーーーーッ!!


外で甲高い笛の音が鳴った。


!!


「!?」


今のが合図か?


異変を感じて、生き神が動揺し、

菊婆と、保坂さん達がざわついて、外の様子を見に行こうとしたその時ー。


俺は生き神の差し出した手を叩いていた。


「真…人っ…?!」


「なっ。真人。生き神様に何てことを…!?」


愕然とする生き神。


あまりの事に蒼白になる菊婆。


そして…。


「生き神様に何てことをっ!」

「真人!殺してやるっ!」


怒りの表情で牙を向き、こちらに迫ってくる双子の精霊、キーとナーに向かって、俺は腕の包帯から取り出した白と赤、二枚の御札を投げつけた。


「「ぎゃあああっ!!」」


白の御札はキーの額に、赤の御札はナーの額に張り付いた途端、二人は、その場に崩れ落ちた。


「うぐぅっ…。力が抜ける…。」


「ぐふうっ…動けんっ…。」


「キーちゃん!ナーちゃん!」


悲鳴を上げる生き神に俺は冷たい目で睨んだ。


「悪いが、そいつらは、しばらく動けなくさせてもらった。」


「真人、どうしてこんな事をっ…?!」


「どうして?お前のやろうとしてる事省みてみろよっ?!自分の身を守るために決まってんだろ?」


俺を責める生き神に、今までの鬱憤を晴らすように大声で言い返してやった。


頭の中には何度も繰り返し言い聞かせられた菊婆の声が響いていた。


『一つ 生き神様に自分から話しかけてはならぬ…。』


「やい、生き神。お前の正体が人の生気を吸って何百年も生きてるババアだってのは、分かってんだ!

うら若き俺に夜伽させるなんて、お前は変態か!!

大体人に協力を頼みたいなら、ちゃんと顔を見せろや!名前と正しい年齢を申し出た上で、土下座して頼まんかい!!」


『一つ 生き神様のお顔を決して見てはならぬ…。』


「何が島の皆の為だ!

70才になると死ぬ呪い、島から出れない呪いをかけているのも、お前じゃねーのか?!

そんな奴の為に絶対儀式になんか協力しないからなっ!」


『一つ 生き神様の仰ること、為されようとされることを決して拒んではならぬ…。』


俺は頭の中の菊婆の声をかき消すような大音声で叫んだ。


「もう俺は、村の掟なんて…!しきたりなんてうんざりなんだよっ!!そんなもんクソッ喰らえだっ!!俺が全部ぶっ壊してやるぜっっっ!!」


「え、えええっ?」


生き神は、さっきの厳かな雰囲気がどこかへ消し飛び固まっている。


「ま、真人っ??お前、気でも狂ったのかっ?!ぐっ?」

 

ドガッ。


菊婆が俺を取り押さえにかかったとき、洞窟の入口から、黒いパーカーの人影が飛び込んで来て、それを阻んだ。


「!!」


「なっ、何者じゃっ。」


「外の警備の者は既に倒した。

葛城真人!叫んでいる暇があったら、逃げろっ!」


ヘリウムガスを吸ったようなおかしな声で、黒いパーカーの人物にそう言われ、俺は頷き、洞窟の入口に駆け出そうとした時ー。


「待ってぇ!!待って下さい!!!」


女の子の金切り声がした。


生き神だった。


俺達に攻撃をするでもなく、脱出を阻むでもなく、彼女は、俺にとって最も予想外の行動に出た。


「うえぇっ。ぎ、儀式に協力してもらえないのは困りますっ。ぐすっ。言う通りにするから、行かないでぇっ!」


「??!」


泣きながら俺に訴えかけたのだった。


「「生き神様、なりませぬっ!」」


双子の精霊達の制止も聞かず、生き神様は、面を取って地面に捨てた。


綺麗な卵型の顔の輪郭…。

涙を溜めた大きなパッチリした目、桜色の唇。白い肌。


麗しい容姿が露わになる。


っていうか…。あれ?誰かさんに似て…??


敢えてさっきは見ないようにしていた、着物で包まれた女の子らしい体つきにも、つい目が行ってしまった。


「私は四条灯しじょうあかり

年はあなたより一つ上の18歳。無理矢理だったのは謝るからどうか、儀式に協力してくださいっ!!私には真人、あなたの力が必要なのっ!!」


「え、えっと〜????」


「ううっ。お願い…!お願いしますぅっっ!!」


俺は、藍川瑞希ちゃんに似た超絶美少女が涙を流して俺の足元にペコリと土下座するのを呆然と見下ろしていた…。



*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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