第5話 言の葉の露


 その本のタイトルは『言の葉の露』というもので、表紙にはタイトルの由来にもなった、言の葉の露の説明が記されている。


 レモンカラーの表紙に大ぶりの白百合の写真がアップに載っており、主役となる装丁は京都の老舗の紙梳き屋で売られていそうな、高級な和紙を使っている。


 部屋にインテリアとして飾っておきたい、と買い手を奮い立たせるような本。




「言葉の露という意味は言葉の儚さや繊細さを露に例えた意味なんだ。初めてこの言葉を知ったときは驚いたものだよ。まだ僕が椿ちゃんと同じ年齢くらいのときに知ったかな。もう、あれから歳月もあっという間に流れたんだな、と感慨深いよ」


 少年だった真さんはどんな人だったんだろう、と私は脳裏のアトリエにその面影を描く。燕と違い、悪趣味な冗談ばかり言い合う少年ではない、と私は勝手に想像した。


 青年となった今でもこんなに知的な会話をするのだから、少年時代からその萌芽はあった、と思える。




「椿ちゃんにはちょっと高いかな」


 その本の値段を見ると二千五百円、と記載されていた。


 本代に二千円以上かけるなんて日々の出費に困る、私にとっては大きな痛手だった。


 真さんも私の状況を察したのだろう、その本を棚に返した。


 せっかくの勧められた本を購入できないなんて、少しばかり、自堕落な呼吸を止めたくなる。


 バイトでもすれば金銭的な余裕が生まれ、欲しいものもすんなりと買えるかもしれない。


 欲しいものを欲しいだけ買えた経験なんて生まれて十七年間の中で一度もないから私は海外のセレブのように湯水のように商品をあさる人の気持ちなんて考えてもみない。


「ごめんね。お金に余裕があったら買ってあげたいんだけど……」


 私はとんでもない、と合図を送った。


 図書館で借りればいいだけの話だ。




 わがままを貫くつもりはなかったし、これくらい小遣いから何とか、捻出すればどうにかでもなる、と鳴りやまぬ鼓動を抑え込みながらお礼を言い、腹をくくった。


 真さんは何度か小さく謝りながら本屋を後にした。


 あんなミーハーに見える燕が律儀に短歌誌を買って、応募葉書を鋏で丁寧にチョキチョキと切り、個人情報をこまめに書いて御中、と書き換え、この世界にオリジナルの短歌を詠み、まめに応募用紙に書き、いそいそと投函する。


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