第4話 青春はうるわし


 私も恋の短歌を詠んでみたい。


 燕みたいに恋なんてしたことがないくせに詠んでみたい。


 この揺れ動く今にしかない気持ちをどう描いたらいいのだろう。




 青春はすぐに去りゆく、木枯らしに吹かれたかじかんだ木の葉。


 青春は碧空に向かって飛ぼうとする羽をもぎ取られた、一羽の白鳥。


 青春は湖畔に佇む主のない、ブランコ。


 この胸にざわつく煌めきだって、あと数年したら蝋燭の炎を親指で消すように証拠さえも消える。


 今しかないんじゃないか。私には私の言葉があるんだ。




 勇み立って夕方で混雑している書店に立ち寄り、レジの前に置かれている雑誌を手に取った。


 今月号の読者歌壇を開くと燕の名前と短歌が大きく記載されていた。


 秀逸、とあり、選評には高校生らしい素直な表現、と書かれてある。


 その短歌誌を買わずに私は書店を立ち去ろうと本を閉じると後ろから肩を叩かれた。




「こんばんは。椿ちゃん」


 振り返るとそこにいたのは真冬のようにコートを着膨れている真さんだった。


 私はつい、バーガーショップのほうは大丈夫なんですか、と問う。




「早めに帰る用事があったんだ。好きな作家の発売日だから。つい」


 黄昏時のジュンク堂には多くの人が来店していた。


 ごった返す県最大級のフロアには熱気がたまり、同じように帰り道に寄り道した学生やサラリーマン、OLなどが各々に好きなコーナーで本を物色している。


「真さんって何か創作とかされないんですか」


 しまった、こんな状況でそれか、と私が後悔したときはもうすでに遅く、真さんの両目は大きく見開いていた。




「いいや、しないよ。読むのが好きなだけ」


 相手を不愉快にさせないか、両手に汗が滲みそうだった。


 そんなプライベートなんてあからさまには話さないよね。


「椿ちゃんはどうして、ここに来たの?」


 真さんから尋ねられても、私はしどろもどろにしか言えず、好きな漫画を買いに行こうとして、と言えたのは良かったものの、右手に短歌誌を握ったままだったので説明しなくても状況を物語っていた。


 この短歌誌に燕の作品が載っているなんて私の煩わしいプライドが許さない。


 私は黙秘を貫こうと短歌誌を元に戻した。




「僕もたまに歌集を読むよ。小説と違ってたった三十一音で伝わるのがいいところだね。ちょっとお値段が高いけれども何冊かは持っているよ」


 真さんの問いかけに私の心臓の鼓動は脈打ち、この場で息を吸うだけでもどうにかなりそうだった。


「短歌ってどうやったら詠むんでしょうか」


 私の声音はさらに振動を増していた。


 そうだね、それなら、と真さんは、一度は首をかしげたものの、いいアイデアを思いついたように微笑んだ。




「椿ちゃんにはこんな本が似合うよ」


 真さんは店内の反対側の多くの文芸書や文学評論が並ぶコーナーに私を連れて行ってくれた。


 ティーン雑誌ばかり立ち読みする私はあまり出歩かないコーナーなので馴染みがない本がとにかく陳列されている。


 普段はあまり行かない無数の専門書が並ぶ、ファンタジー映画に出てくる、外国の図書館のようなワンフロアの前で、真さんは数ある本の中から一冊の分厚い本を見せた。


「この本。古今東西の言葉を集めた本だ。写真もついているから初心者でもかなり見やすいんだ」



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