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「これでよかったのでしょうか?」


 ごろごろと車輪が地面を叩く音の合間をって、エリーはそう問いかけてきた。


「なんだ、不満か?」


 ディアは質問で返す。車輪の音には負けないほどの声量で。


「オレはちゃんと殺したぞ。ジェラルド王国のエリザルデ王女をな」


 言って、今朝の新聞を見せる。1面にはでかでかと『城で火事! 王女の部屋は全焼し王女の安否不明!? 国王は幸いにも軽傷』と書かれている。


 そうして今はふたりして、国外行きの荷物馬車に乗せてもらっていた。揺れるし腰は痛いしだが、贅沢は言ってられない。この国に長居は無用だ。


「これでアンタは晴れてただの・・・エリーだ。それともやっぱりエリーとしても殺してほしかったか?」

「いえ、それはいいんですけど……ディアさんのことですよ」

「オレの?」

「ディアさん、最初は父を、国王を殺すつもりでこの国に来たんじゃないんですか?」

「……なんだ、バレてたのか」


 彼女の言う通りだった。元々ディアがこの国を訪れたのは、国王の暗殺を依頼されたから。依頼主は詳しく知らないが、おそらく周囲の国のどこかだろう。


「もしかして私、ディアさんのお仕事を邪魔してしまったんじゃあ」

「いいんだよ。ちょっと殺し屋からは足を洗おうと思っただけだ」


 依頼主は今ごろ慌ててオレを探しているかもしれないが、もうどうでもいい。


「それにしても、ビックリしました。まさかディアさんがその、女性だったなんて」

「あ?」


 思わずディアはドスの利いた声を放つ。そういえばふたりで王都を出歩く前、お互いの格好に変装しようとした時、エリーが目を丸くしていたのを思い出した。


「悪かったな。女っぽくなくて」

「い、いえ! そういうことじゃなくて! ディアさんかっこいいから、つい」

「……ま、そういうことにしとくよ」


 エリーが妙に頬を赤らめているのが気になるが。この話題はとりあえず深堀りしないことにしよう。


「これからどうするかなあ」


 荷台から空を見上げると、鳥が飛んでいるのが見えた。同じとは言わないが、今の自分たちは限りなく自由に近い。


「ディアさんは何か考えてらっしゃるんですか?」

「いいや、ノープランだな。エリーは?」

「そうですね……」


 エリーは考え込む。すると、何かを思いついたように顔を上げて、


「私、パン屋さんがしてみたいです」

「パン屋?」

「はい。ディアさんに買っていただいたパンの味が忘れられなくて。自分でも作ってみたいとと思いまして」

「できるのか? 朝早く起きないといけないんだぞ?」

「それは……努力します」

「まあ朝はオレが起こしてやるから心配するなよ」

「はっ、はい」


 ディアは空を見上げたまま言う。隣から、弾むような返事が聞こえた。


「しかしパン屋をすると準備がいるな。資金とか」

「そこは大丈夫ですよ」


 エリーはこぶしを握る。たしかにそうだ。


「あ、でもくすぐるのはナシですからね? 一気に50粒も出すの大変だったんですから。私、笑い死ぬかと思いましたよ」

「しないよ。資金は嬉しい時に出てくる涙で貯めていけばいい」

「あ……そうですね。涙って、嬉しい時にも出てきますもんね」


 それならたくさんお金、貯まりそうですね。エリーは笑う。


 ぐぅ。


 と、いつか聞いたことのある虫の音が聞こえた。


「あ、あはは。ごめんなさい、だらしなくて」


 照れ笑いを浮かべるエリー。そんな彼女を見て、ディアは数少ない荷物からあるものを取り出した。


「ほらよ」

「これって……」


 それは、エリーと初めて食べたパン。シュトーレンの最後の一切れだった。


「ディアさんはいいんですか?」

「ああ。エリーがパン屋を開いた時に作ってくれ」

「が、がんばります。……では、いただきます」


 おいしそうに頬張るエリーを見て、ディアはぼんやりと考える。

 シュトーレンは日持ちするパンだ。それ故、こんな意味があるらしい。


 食べるごとに、今日よりも明日、明日よりも明後日、と毎日が楽しみになる。


 だが、それを伝えるのはまた今度でもいいだろう。

 なぜなら自分たちふたりには明日が、明後日が――これからがあるのだから。

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殺し屋と宝石とシュトーレン 今福シノ @Shinoimafuku

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