第20話



午前二時。


住宅街であるこの場所では、メイン通りでも人気は無い。


メイン通りから少し入り、正門では無く裏口からとある敷地に入る。


まるで砦にも思える重厚感溢れる石で作られた教会の入り口のドアを開ければ、ステンドグラスから入る明かりだけが中を照らし、それがより厳かな雰囲気を醸し出している。


壁沿いに中を進み、一見レリーフにしか見えない部分にある隠し扉から階段を降りると突き当たりにある古びた木の扉を開けた。


ギー、という音でドアが閉まると、明かり一つ無かったその部屋の壁に一つずつ明かりが現れ、奥にある壁には十字架がかけられいて、ここが教会地下にある小さな教会だとわかる。


適当に並んでいる冷たい木の椅子に座ると、十字架の前にある台の上には何故か、女子高生が足をぶらつかせながら座っていた。



「で?」



一言、感情の感じない声で冬真が発すると、目の前の女子高生が泣きそうな顔をする。


ブレザー、短いチェックのスカート、白いだぼっとした長い靴下を履いて、髪はパサついた長い金髪、そして顔が、真っ黒だった。



「いやいや!それは無いっしょ?!


こう!何か褒め称えることとかあるじゃん!?」



「特に報告することが無かったのならこんな時間に呼び出さないで下さい」



そう言って椅子から立ち上がった冬真に、待って!と焦ったように女子高生が声をかける。



「あーもう、つまらん男だなぁ。


はいはい、報告してやるから」



その言葉に冬真は無表情で椅子に座ると、女子高生は台に座ったまま足を組んだ。



「お前さんの報告にあったジェムだが、結論として渡した相手にはたどり着けなかった。


巧妙に何人もの手を渡らせていたが、大元はネットで購入したらしく、その販売元は不明。


サイトのアドレス等も第三国をいくつも経由して足跡をたどれなくさせている巧妙さだ」



女子高生とは思えない話し方をして、お手上げという風に両手を横に挙げて肩をすくめた。



「あのジェムは回収をして分析中だが、わかりやすいものが刻まれていた。


・・・・・・薔薇十字だよ」



冬真はその答えにぴくり、と指が動く。



「あれは、人体実験用ですか」



「どうかね、彼らが作成したのだとしたらおもちゃに近い代物だ。


どう日本で流通するのか、どう動くのか、観察するためだったのかもしれん」



女子高生の言葉に、冬真は顎に手を当てて考えていた。


『薔薇十字』


これをマークとしているのが、イギリス薔薇十字団に所属していた魔術師達が1888年に設立した魔術結社『黄金の夜明け団』だ。


かの有名な魔術師『アレイスター・クロウリー』も数年在籍したことのある有名な魔術結社だが、1900年初頭には消え、以後多くの魔術結社が作られた。


それは今なお存在しているが、今回回収されたジェムに刻まれていたのは黄金の夜明け団のもの。


冬真達はイギリス最大の魔術結社に所属しており、冬真には邪悪なジェムの回収やルールを犯した魔術師に対して捕縛する権限もイギリス本部より与えられている。


捕縛だけでは無い、状況によってはその場で裁決を下し執行することまで可能だ。


それだけ冬真には大きな権限が与えられていた。


その冬真達が追っているのが、日本に入り込んできたと言われる既に消滅したはずの薔薇十字団を名乗る者達を捕まえ、目的を吐かせること。


だが思った以上に相手は慎重らしく、今回のような痕跡は見つけられても、元の魔術師を捕まえることは未だに出来てはいなかった。



「実験だったにしろ、こういったことが増えているという報告が上がっている以上は注意すべきでしょう。


日本人はオカルトや占いが大好きですからね」



冬真が呆れ気味にそう言えば、台の上で金色の髪を指でいじっていた女子高生がにやりと笑う。



「また女装してもらうかもしれんしな」



「お断りします」



速攻笑顔で冬真が断ると、それでも女子高生は笑みを浮かべている。



「そういや例の娘はどうしている?」



席を立とうとした冬真が動きを止め、奥で面白そうに見ている女子高生に視線を向けた。



「何故そんなことを?」



「単にお前さんの運命の再会に興味があっただけさ」



朱音とロンドンで出会い、そして再会したことなど誰にも話してはいない。


だが自分と関わった朱音が容易に調べられていることで、『彼女』と結びつけられた可能性がある。


冬真は『目的』をより周囲に悟らせないようにすべきだと再認識しながら、美しい顔で微笑む。



「・・・・・・どこの情報から仕入れたのかはしりませんが」



女子高生は、さてあの娘の何を話すのだろうと前のめりで聞こうとする。



「その格好、90年代半ば以降に流行った『ガングロ』というもので、既に絶滅していたと思っていましたから、それで渋谷に行けば天然記念物で捕獲されますよ?」



笑顔で冬真がそういうとドアがバタンと重々しく閉まり、女子高生はぽかんとそのドアを見ていた。



「・・・・・・チョベリバ」





*********





渋谷駅の地下で直結しているビルにあるとあるレストラン。


ちょっとしたランチコースの最後に出てきたデザートケーキの上には「HappyBirthday AKANE」と描かれてあり、そのケーキには三本の花火が瞬いている。


サプライズに驚いた朱音は友人達の「誕生日おめでとう!」という声に、ありがとうと満遍の笑みで答えた。


土曜日の今日短大の友人達三人と会うことになり、久しぶりの再会で皆近況報告に花を咲かせていた。



「そう言えば朱音って引っ越したんだよね?」



「うん」



「大家さんと同居って下宿みたいな感じなの?」



友人達が不思議そうに聞いてきて思わず朱音は頬張っていたショートケーキがむせて咳き込む。


メールでは、急遽家を探すことになってそれを不憫に思った人が一部屋貸してくれることになったと友人達には伝えていた。



「下宿・・・・・・そう、だね、そんな感じかも」



「大家さんってお年寄り?」



『恐ろしいほどのイケメンで実は魔術師なんだよ』



なんて言えるわけが無ければ、イケメンだと言ってしまうと洋館に来たいとか、写真を見せろとか言われそうだ。


むしろ私だって写真が欲しいと、時々冬真を見ていて思ってしまう。


冬真がリビングのソファーでうたた寝しているのを発見したときには、あまりの麗しさに撮影したくなってこっそり部屋にスマートフォンを取りに戻ったのだが、リビングに戻ると、おや、何かこっそり撮影したいものでもありましたか?と笑顔で聞かれ、完全に思惑がばれてしまう私は探偵とか向いてないんだろうな、としょげて部屋に戻ったこともある。


あの夜『魔術師秘書』だなんて冬真に言われたが、あの後やったのは秘書と言うよりちょっとしたお手伝いだけ。


来客のお茶出し、依頼者さんの出迎えお見送り、時々宝石の話しを聞かせてもらったりで、全く危険を感じることは無い。


外にそれも深夜に冬真が外出しているのは気づいているが、そういう時には一切声をかけられないし、その内容も聞かされない。


いかにも冬真が魔術師としての仕事を見たのは最初のあの事件だけで、怖かったけれどまたあのような仕事している冬真を側で見てみたいと思っているのに、何も無くてむしろつまらない。


大家さん何歳くらいの人?もしかしてイケオジとか?と興味津々で聞いてくる友人達の声で我に返ると、朱音は心の中で冬真に謝罪しながら、



「ううん、普通のおじいさんだよ」



と答え、友人達がそっかーイケオジなら見に来たかったのにとか、いい人に下宿させてもらって良かったね、と何の疑問も感じずに話す様子を見ながら、そう答えたのは自分のくせに、若くて品があって優しくて綺麗で凄く素敵な人なんだよ!と自慢したくなる気持ちが出そうになるのを必死に我慢していた。


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