第6話




朱音は二階建てのアパート前で下ろしてもらい車を立ち去るのを見送るつもりだったが、運転手は無表情で後部座席のドアを開けた後そのままその場で立っていて、どうやら家に入らないと一歩も動く気は無さそうだと気がつき、オートロックのドアから入り、未だこちらを見ている真っ黒な男にびくりとしつつ郵便物を取って階段を上がった。


二階角部屋である自宅に入り電気をつけて窓から道路を見れば男はこちらを見上げていて、目が合ったと同時にさっさと運転席に戻って車を発進させた。


朱音はそれを見て息を吐くと窓を閉めてごちゃごちゃとした1DKの狭い部屋を見渡し、自分がさっきまで夢を見ていたような気になってしまった。


最悪の見合いをしていたことなどすっかり忘れてしまっていたが、膝下に仰々しく包帯まで巻かれた自分の足を見て現実だったと教えてくれる。


スマートフォンを見ると、父親から見合い報告の催促メールが並び、朱音はため息をつきながら年齢が離れすぎていて無理なので断りますとだけ返信し、スマートフォンの電源を切った。


そういえば冬子さんは同居人なんて言っていたし、彼氏か旦那さんはお仕事で忙しいのかもしれない。


二度と会うことの無いあの美しい女性を思い浮かべ、とりあえずネックレスを家の定位置であるトレーの上に戻そうと鞄を開けた。



「え、嘘・・・・・・」



無い、あの大切なネックレスが無い。


鞄をひっくり返し、ポーチから何やら開けてみてもネックレスの入っていたケースも、もちろんネックレスも無い。


朱音は部屋にしゃがみ込んだまま呆然とし、しばらく動くことが出来なかった。


呆然としていたがそのままでいてはいけないと、どこで無くしたのか必死に記憶を遡らせる。



「冬子さんの家か、あの車の中か。


どちらにしろあの部屋で見せた時はあったんだから、そうとしか考えられない」



連絡を、と思い、考えてみたら連絡先なんて知らなければ、タクシーじゃないからレシートも無いわけで車に連絡など出来ない。


方法はただ一つ、またあの洋館に行くことのみ。


朱音は大切なネックレスを無くしたというのに思わず笑みを浮かべてしまった。



「もう一度冬子さんに会えるかも!」



もう二度と行くことは無いと思ったあの洋館へ、そして冬子さんに会えるかもしれない。


どう考えてもあのネックレスがまた彼女に会うチャンスを作ってくれたのだ。


朱音はさっきまで凹んでいたことが嘘のように口元に笑みを浮かべ、風呂場に向かった。





*********





翌週の金曜日の夜朱音はまたあの洋館の前につき、前の歩道をうろうろとしていた。


本当はすぐにでも取りに行きたかったが仕事が立て込み、週末の今日なんとか来ることが出来た。


時間は夜の八時を過ぎていて、住宅街のこの場所は街灯だけがぽつぽつとあるだけで静まりかえっていて、洋館を見ればあの部屋には明かりがついている。


うろうろするのは不審者と間違われそうで朱音はわざとらしく散歩を装ったりしていたがさすがに限界だ。


周囲をキョロキョロしながら今は白いかどうかもよく見えないバラのアーチを通り、二カ所ある入り口のベルをどちらを鳴らすべきなのか悩み、やはり先日出入りした方が正しいのだとそのドアの前に行くと、朱音は洋館にしては不釣り合いに思えるプラスチックのベルのマークのついたボタンを押す。


ビーというなんとも味気ない音が奥の方からかすかに聞こえた。


しばらくその場に立っていたが足音も聞こえない。


広そうな洋館だ、もしかしたら他の場所にいて聞こえなかったのかもしれないと、少し迷った後、再度ベルを鳴らしてみた。


静かだ。


朱音は肩を落とし、洋館を後にしようとドアに背を向けた。


カチャリ、と落としがして背後から明かりが朱音を包む。


慌てて振り返れば、ドアを開けて驚いたような表情をした冬子が立っていた。



「あの、すみません、こんな夜遅くに突然」



「こちらこそ出るのが遅くなってごめんなさい」



朱音が冬子の立つ玄関を見ればピンヒールの靴が一足あり、来客中だということに気がつく。



「お仕事中だったんですね、すみません、出直します」



ぺこりとお辞儀をしながら朱音は自分の取った身勝手な行動で呆れられたのではと不安になり、少しでも早くここを立ち去ることしか頭になかった。



「待って、朱音さん」



落ち着かせるような声に、朱音はためらいがちに振り向く。



「ペンダントでしたらこちらで預かっていますよ」



朱音はその言葉に心底ホッとすると共に、これで、それもこの玄関で冬子との縁が切れることを知らされる。


時間があるのなら、嫌われていないのなら、二人でまたお茶をして話をしてみたかった。


でも本来の目的はペンダントを受け取るだけなのだ。


ここで受け渡してもらって終わる、たったそれだけのことに酷い寂しさが襲ってきて、朱音はどれだけ自分が都合の良く素敵な出逢いに広がることを期待してしまっていたのかと、自分自身にあきれてしまう。



「朱音さん、お時間に余裕はありますか?」



唐突な冬子の質問に思わずはい、と朱音が答えると、冬子は微笑み指を指す。



「あちらのドアの前で待っていてくれますか?家の者が出てきますので」



指した先にはこちらのドアとは違う、観音開きになる大きなドアがあり、上半分にはデザインの入った白のガラスがはめられている。


朱音が戸惑っていると、冬子は優しいまなざしを向けた。



「ペンダントは直接お返ししたいんです。


お待たせしてしまうかと思いますが、よろしければ待っていてくださいね」




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