第4話



「あの」



「はい」



朱音はすぐに返事を返され言いよどみそうになった後、話すことにした。



「実は今日、父の決めた相手と無理矢理見合いをさせられたんです。


それもいきなり一対一で」



朱音の遠慮がちに話し出した内容を聞いても、冬子は特に驚きもせず穏やかな表情で続きを話すのを待っている。



「お相手は歳がかなり上ではあるんですが、良い会社に勤められて収入もかなり良いと。


父が私の早い結婚を望んでいるのはわかってはいるのですが、その・・・・・・」



朱音の顔は話していくたびに俯いていく。


朱音の父親は短大進学より結婚を優先すべきだと言い、そんなことを言う理由もわかっている。


わかっているからこそ邪険には出来ない。


性格の変わってしまった父親に耐えかねて、朱音は父親を一人にして東京の短大に飛び出してきた手前、負い目を感じていた。


だから今回も言われたとおりに会ってきた。


でも、後どれだけ結婚は嫌だと逃げ切れるだろう。


さっきまで明るい表情でいた朱音の顔に陰りがあることに気が付いて、冬子が声をかける。



「朱音さんはその方にどのような印象をお持ちなのですか?」



「あまり、良い印象は・・・・・・」



「もう少し話してみたい、というお相手ではないのですね」



「そう、なんですけど・・・・・・」



もっと我慢して話せば印象は変わるのだろうか。


自分が我が侭なだけで、父親の言うように凡庸な能力と顔の自分からすれば、もったいない結婚相手を逃してしまおうとしているのだろうか。


でもいつまでも思い出に残る、あの金髪に青い瞳の王子様を思い出してしまう。


友人達にはそれがいけない、そんな夢ばかり見るから未だに彼氏も出来たことが無いのだと何度注意されたことだろう。


別に彼と結婚したい訳じゃ無い。それが無理なのはわかりきったことだ。


だけど結婚をするのなら父親に勧められた条件ばかり良い相手ではなく、自分で好きになった相手と付き合ってしたい。


そうは言ってもまだあの人以外、忘れられないほど好きになった人に出会ったことは無いけれど。



「もしかして、どなたか気になる方が?」



沈んだ表情をしていた朱音が、ふわ、と柔らかい表情を一瞬だけ浮かべたのを冬子は見逃さなかった。


彼女の気持ちを戻す手助けがあるように思え、冬子は優しく問いかける。



「気になる、というか、昔、素敵な人に出会ったことがあって」



彼のことは気になるという存在では無く、もう憧れや夢の存在に近いだろう。



「もしよろしければ、お話を聞かせては下さいませんか?」



あくまで自然に尋ねてきた冬子に、朱音は彼のことを話したい気持ちが膨らむ。


この話を友達にしたことがあるが、夢物語、思い出は心の奥に仕舞っておけと言われ、二度と話すことは無くなった。


でもイギリスと関係し、ラブラドライトのような瞳を持つこの人に聞いて欲しい。


朱音は膝に置いていた手をぎゅっと握って顔を上げると、大切な思い出を話し始めた。




「短大最後の年に、ロンドンへ一人で旅行に行ったんです。


路地裏を一人で歩いてて、レンガ造りの建物で角に入り口のあるアンティークショップが気になって思い切って入ってみました。


店内に入ると人気が無いので怖くなったんですが、見れば大きな柱時計から食器まで雑多に置かれていて、気が付けば宝探しをしている気分になりながら見て回っていました。


そこでテーブルの上に並んでいた一つのペンダントに目がとまって。


グレーの丸い石のついた銀製のペンダントで、手に取って少し動かしてみるとそのグレーが美しい青色に変化するんです。


びっくりしてこれは何だろうと思っていたら、突然声をかけられたんです『この石はラブラドライトですよ』って。


あ、もちろん英語でした、わかりやすい単語で話しかけてくれたんですが」



話しながらもまるであの時のことが鮮明に蘇る。


夢のようでそれは現実の出来事。



「突然のことにびっくりして顔を上げれば、そこには金色の髪に青い瞳の男性がいました。


窓から入る夕日を背にして、まるで絵本から王子様が出てきたのかと思うほどに美しい人で。


だけど彼は誰かに呼ばれたようで、笑みを浮かべるとお店の奥に行ってしました。


私はそのラブラドライトのついたネックレスが欲しくて値札を見たら、五万以上のお値段がついていてびっくりして諦めました。


貧乏旅行でただでさえ切り詰めた状態だったので」



苦笑いする朱音を、相づちを打ちながら冬子は聞いている。



「お店を出てからとぼとぼホテルまで歩いていたんですが、歩道の横に車が止まって呼び止められたんです。


その人はさっきの王子、えっと彼で、忘れ物ですよと小さな紙袋を渡してくれて、驚いて謝罪すると、彼は気にしないでと言って車は行ってしまいました。


ホテルについてその紙袋を開けたら長い箱が入っていて、その中にはあのラブラドライトのついたネックレスでした。


同封されていたカードには、これはあなたへのプレゼントだと英語で手書きで書いてあって。


本当にびっくりしてまたお店に行ってあの人のことを聞きたかったのですが、翌日は早朝に帰国だったので・・・・・・」



高額なものを突然見知らぬ、それも王子様のように素敵な男性にプレゼントだと渡され、朱音は夢のような経験をした。


それは今も色あせること無く、むしろ大きくなって朱音の心を占めてしまった。


いい加減彼とは二度と会えないのだし、自分にふさわしい相手を見つけるべきだとわかってはいても、どうしても比べてしまう。



そんなことをしたら一生彼氏なんて出来はしないのに。



「・・・・・・素敵ね。でも少しキザかも」



優しい声の後ちょっと笑って冬子がそんな事を言ったので、思わず朱音は吹き出した。


何一つ嫌みにも感じないその言葉と声は、すぅっと朱音の心に届いて何故かホッとさせた。


この話をして、こんなにも良かったと思うことはなかっただろう。



「きっと素敵なネックレスなのでしょうね」



「あ、今持ってます!」



まさか冬子がそんなことを言ってくれるとは思わず、慌てるように横の椅子に置いていたカバンを開け、小さなふっくらとした布製のケースを出す。


そのケースをあけ、そっとペンダントを取り出した。


その布製のケースはネックレスのチェーンが石につかないよう、チェーンがもう一つの場所で固定されるようになっている。



「どうぞ」



「触ってもよろしいんですか?」



「はい、是非。


動かしてみてください、石の色が青に変わるんですよ」



ネックレスを朱音が差し出すと、冬子は驚いたような表情を浮かべ机越しに受け取る。


それをみて朱音は嬉しそうに色が変わることを教えた。


親指より大きい楕円形の石の周りをシルバーで細工の凝った台で包んでいて、少し長めのシルバーチェーンがついている。


冬子はそれを裏返してまずは細かく見ていたかと思えば、表にすると石を自分の目に近づけ、少し動かしたりしている。


朱音は単に受け取ったネックレスをそのまま見るのだと思っていたので、念入りに見ている冬子を驚きながら見ていた。



「確かにラブラドライトですね。


透明度も高く、ラブラドレッセンスも美しい。これは青色が強く出ています。


シルバー台の後ろに紋章が入っていますので、どこかの貴族が作らせたのでしょう。


とても良い品です。五万円くらいならむしろ安いですよ」



冬子はすらすらとそんなことを話し、近くに綺麗に畳んであった布で優しくペンダントを拭くとその布の上に乗せ、笑顔で差し出した。


朱音はぽかんとしていたが、慌ててペンダントを受け取る。



「冬子さんって石にお詳しいんですね。


あの、無知で恥ずかしいのですが、ラブラドレッセンスってなんのことですか?」



「無知なんかじゃありませんよ、大抵の人は知らない専門用語ですから。


ラブラドレッセンスとはラブラドライトなどに見られる虹のような輝きのことです。


この石は七色に光るより青に光りますが、緑や黄色に光るものもありますよ。


日本はパワーストーンが人気で、ブラドライトも有名ですからね。


占い業をしてますし、私自身宝石はとても好きなので」



にこりと笑った冬子を見て、初めてこのペンダントと思い出を何の偏見も無く受け入れてくれた人だと朱音には思えた。


ラブラドライトには自分に合う人や良い縁を結びやすいと以前ネットで見たことがある。


冬子と出会えたことは、このネックレスのおかげだ。


でもきっとあの時と同じように、出逢いはこの時だけで後に続くことは無いのだろう。


だとしても、きっと彼女との今日の思い出は自分にとって大切な物になる、朱音にはそう思えるだけで嬉しかった。



「そういえば、何故ここの前を通られていたんですか?」



ふとした冬子の質問に、実は、と苦笑いを浮かべ見合いに疲れプリンを洋館に食べに来たが閉店して食べられず、どこかカフェが無いか探していたのだと恥ずかしそうに話すと、冬子が笑顔を浮かべ手をたたいた。



「なんて偶然!実は先ほどプリンを頂いたんです。


同居人の分もと沢山頂いたのですが帰ってくるのは早くて明日ですし、賞味期限は今日までなのにさすがに食べきれないと困っていて。


よろしければ一緒に食べませんか?」



「え、でも同居人さんが戻られたりは?


明日くらいなら味は持つんじゃ無いですか?」



「いえ、当分帰ってきませんし、手作りなので早めに食べた方が良いんです。


お時間はまだ大丈夫ですか?」



「あ、はい」



「では決まりですね!


紅茶も準備しますからここで待っていてください」



「私も何か手伝います!」



にこにこと椅子から立ち上がった冬子を見て、慌てて朱音も立ち上がる。


何だかさっきからしてもらってばっかりで、その上デザートまで出てくるなんてさすがに贅沢すぎる気がして落ち着かない。


年齢的にも仕事場では一番動く立場であり、朱音はしてもらうことにあまり慣れていないせいか戸惑ってしまう。


そんな朱音に少し目を細めて冬子は優しく声をかける。



「朱音さんはお客様です。それも私がご迷惑をおかけしたんです。


ホストである私が準備するのは当然のことなのですよ?


それに手伝ってくれる者もいるのでご心配なく」



そういうとウィンクし笑顔を浮かべ、部屋を出て行った。


朱音は呆然とその姿を見送り、椅子に腰を下ろす。


何だか冬子には全てお見通しなのでは無いかと思いそうになるが、それに怖さは感じない。


妙に裏を読んでいる人に会うこともあるが、そういう人は打算が透けて見えて怖さや嫌悪感を感じることがある。


彼女はカウンセリングをしているというのだから、多くの人を見てそういう細かいことに気が付き配慮できる人なのだろう。


朱音は純粋に感動しつつ、また一人になったこの部屋を見渡す。


さっき座っていた椅子からは見えな無かった場所に、目がとまった。


円柱のガラス製の瓶に、小さな青い薔薇が一本と、小指大くらいの宝石のように光るものがいくつか浮いて入っている。


流行のハーバリウムというやつだろうか、見たことも無い美しさに朱音はただじっと眺めていた。


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