【二章】死んでしまいそう

 結局緊張が解けないまま放課後になった。部活どころでは無くなり、仮病を使って学校を出る。バスを降りて凛の家へ歩いている今は、学校にいる時より緊張しているかもしれない。だけどそんな素振りを見せない様にしながらいつもの様に凛の隣を歩く。凛の家の玄関はいつも別れる場所であるが、今日はなんだか試験でも受けに行くような景色に見えてしまう。

 鞄から鍵を出して凛は玄関のドアを開けた。「ただいま!」と元気良く家の中に入って靴を脱ぐ。丁寧に揃えながら葵を呼ぶ様に笑いかけて、緊張が少し和らいだ気がした。葵は「お邪魔します」と控えめに凛の家へと入っていく。二人でリビングに行くとダイニングテーブルにはティーカップとお菓子が用意されていた。


「おかえり~。いらっしゃい~ゆっくりしていってね」

「こんにちは。三田です」


 出迎えてくれた凛の母に軽く挨拶をしてリビングにあるダイニングテーブルに歩いて行く。凛は葵と反対側の席に行くと鞄を置いて席に座った。

 

「ふふふっ、素敵なお友達ね」

「あ、彼女だよ!」

「あらまあ!」


 凛の簡単な紹介に驚く母。だけど嬉しそうに気分を上げてキッチンでお茶の用意をしていた。そう紹介されると照れてしまって、葵は更に緊張して椅子に座れないでいる。ティーポットを運んできた際に「ケーキもあるのよ~」なんて微笑まれて、ドキドキしながら葵は席に座る。


「あ、ママ、杏帰って来てる?」

「まだね~。そろそろ帰ってくると思うけど」


 凛と葵は部室に寄っただけですぐに帰って来てしまったので、杏が帰って来るのにはもう少し掛かるだろう。その間はお茶とケーキを食べてのんびりしてようと笑われた。緊張している葵を気遣ってくれているのだろう。やはり全ては隠せなかったかなんて思いながら、出されたケーキを食べ始める。


「ここのケーキおいしいんだよ!」

「これ駅前のケーキ屋さん?」

「うん!」

「僕もここのケーキ好きなんだ」


 いくら食べても飽きない程美味しくて、季節限定のケーキもハズレが無い位で地元では有名なケーキ屋だ。ケーキを見ただけで判ってしまうあたり、葵もそれなりに常連なんだなと思うと凛は嬉しくて、一口含んだケーキがいつもより甘く感じる。葵もケーキを一口食べた後、冷めない内にとティーカップに注がれた紅茶を口に含む。目を丸くした葵を凛は見逃さない。


「おいしいでしょ?」

「うん。紅茶あんまり飲まないんだけど、凄く美味しい」

「葵はいつもコーヒーだもんね!」


 凛のバイト先で毎回ブレンドコーヒーを飲むのだから、コーヒーが好きなんだなと思っていたが予想通りだった。美味しそうに紅茶を飲む葵を見ていると心まで温かくなって行って、凛は座りながら足を交互に揺らしていた。


「ただいま」


 玄関の開く音と同時に凛と似た様な声が聞こえた。パァっと顔色を明るくした凛はリビングのドアを見つめ始める。葵も幾分か緊張は和らいだので、微笑みながらリビングに向かう足音を聞いていた。


「おかえり、杏!」

「お邪魔してます」


 リビングのドアが開いた瞬間に二人は声を掛ける。そこにいるのは凛とそっくりな女の子。並んでしまえばどちらなのか見分けがつかない程に似ていると思いながら、葵はリビングのドアを開けたまま固まる杏に微笑んだ。


「……え? ………………っ!!」


 葵の顔を見て杏は何度も瞬きをした。そして葵が家にいるという事を理解して、勢いよく二階に上がって行ってしまう。ドアを閉める大きな音が聞こえて、唖然としながら凛と葵は顔を見つめ合った。


「葵、昨日なにがあったの……?」

「いや、僕も詳しくは分からないんだけど……」


 疑いの目を掛けられ、慌てながら葵は昨日の出来事を説明して行く。男の人が居たというのを聞いて凛はなんとなく全てを理解した。恐らくその男は杏の彼氏だ。そしてここからは想像だが昨日杏はその男にフラれたのだろう。その現場を目撃していた葵に凛と間違えて声を掛けられた。そこからは葵が行動した通りだが、杏の心境までは解らない。凛と仲が良いなら家に遊びに来ることも予想出来ただろう。だかしかし、昨日の今日で来るとは想像できなかったのだ。だから驚いてしまって自分の部屋に行ってしまった。


「ねえ凛、妹さんの部屋に案内してくれる……?」

「うん、いいけど……だいじょうぶかなぁ……?」

「大丈夫、僕が元気になる様にするから」


 そう優しく微笑まれて、杏の事が羨ましくなってしまう。でも杏が心配なのは凛も一緒だ。凛は乙女心に詳しい訳ではない。だからこういう時に何と声を掛けて良いのかいつも判らなかった。葵は心強いなと、そんな葵を引っ張れるようになりたいと思いながら、杏の部屋へと向かって行った。

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