第六話「My sister!」

【一章】僕と私と妹

 日が落ちれば暗闇に支配される街並みも、駅前に来れば建物の明かりで照らされる。いつもの様に凛のバイト先に向かっていた葵は、駅ビルの前に着いてから今日はバイト休みだと言っていた事を思い出した。用事があるらしく先に帰ると昼食時に言っていて、部活に夢中になりすぎて忘れていた事が恥ずかしくなる。溜息を吐いて、大人しくバスに乗って帰ろうとバス停へ足を動かした。


「あれ……?」


 駅ビルの端の方に見えた姿には見覚えがある気がした。否でもバイトが無いのに来る訳がなく、加えて用事があると言っていたので見間違いなのだろう。だからバス停へ向かおうと思っていたのだが、妙に気になってしまって、少しだけその姿を確認する為に行く先を変える。

 駅ビルの端にある道路へ向かうと、やはりそこに居たのは知っている姿だった。だけど何かがおかしい。男友達であろう人物に何かを言われて、少しして男は去って行った。だが動かずに目の前を見ている姿はどこか悲しんでいる様に見えて。


「凛?」


 名前を呼んで近付いても、返事はない。いつもなら振り向いてくれるのに、視線は変わらずに道の先だ。表情を確認しようと隣に並んで、どこか浮かないその表情かおは今まで見た事が無いものだった。


「大丈夫? 何かあった?」

「……」


 少しだけ向けられた視線はすぐに逸らされて、先ほどの男と喧嘩してしまったのだろうかなんて想像しても、こんな風に落ち込む姿は初めてだ。どうやって励ませばいいのか分からないまま、隣に並ぶ事しか出来ずにいた。すると突然歩き出して、葵は慌てる。


「あ、もう遅いから帰ろう?」

「……少しだけ、付き合って」

「……でも……あ、」


 慌てて追いかけるが止まらずにそう呟かれて、やはり凄く悲しい事が起きたのだろうと想像する。だけど話してくれないという事は触れられたくないのだろうと、葵は心配しながら隣を歩く。何か声を掛けるべきなのだが、いつもと違う態度で上手く言葉が出て来なくて。無言で歩き続ければ、駅の近くにある陸橋へ着いた。真ん中位まで来ると立ち止まり陸橋から見える街並みを眺める。街灯に照らされるその顔から感情は伺えない。こんな一面があるだなんて知らなかった。だからもっと力になりたいと葵は隣に並んで言葉を選ぶ。


「僕もね、辛い事があると良くここに来るんだ」

「……」

「風に当たってここからの景色を見ていると、立ち止まっているのが勿体ないって思えて来る」


 少しだけ視線が向けられて、葵はじっとその大きな瞳を見続けた。ほんのり紅潮している頬からは悲しい気持ちが消えて来ている様な気がして。


「言いたく無かったら言わなくて良い。だけど、頼って貰えると嬉しいよ」

「……っ」


 そう優しく微笑んだ葵に、動揺した様に顔を背けられてしまった。そうしてそのまま背を向けて俯いてしまう。


「……帰るね」

「送ってくよ」

「……っ、いい、…………だいじょうぶ!」

「あ、」

 

 照れた様に笑った後、嵐の様に走って行ってしまった。同じバスだけど、直帰したらまた会うだろうし少し寄り道する気がした。明日には元気になっているだろうか。まだ元気が無かったら少し強引に話を聞いてもいいかもしれない。そう思う程、先程の凛の行動は不安を感じたのだ。早く元気になって欲しい。いつもの笑顔が見たい。不安な表情かおは消えないままだ。



 *



 翌日葵が登校すると、凛も丁度来た所らしく席に座って鞄の中身を出していた。葵は不安になって凛の前の席を借りて凛を見つめた。


「なに?」

「……もう大丈夫そうだね」

「ん?」


 何が大丈夫なのだろうか、なんて顔で凛は葵を見つめた。いつのも明るい笑顔で、昨日の事が嘘の様だ。夢だったのかもしれないなんて思う程にいつもの凛だ。


「何かあったら言ってね?」

「うん?」

「……本当に大丈夫?」

「うん?」


 いまいち話が嚙み合わなくて、本当に夢だったのかもしれないと葵は自分の記憶を疑い始める。念の為昨日の出来事を確認して、夢ではないという事実確認をするべきだろう。


「昨日の夜の事、なんだけどさ……」

「昨日の夜……?」

「えっと、駅前で話した事なんだけど……」

「ん? 私昨日は友達の家に行ってたから駅前には行ってないよ?」


 本当に夢だった。これが妄想と言うやつなのだろうか。否正確には違うが、夢に出る程凛の事を想ってしまっていたのだろうか。今凄く恥ずかしいし失礼な事を言っている気がして、葵は照れながら視線を逸らした。


「……もしかして私、駅前にいた?」

「え……いや、いたけど、でも勘違いだろうし……その」

「……うーん」


 話を合わせてくれる優しさが痛い。穴があったら入りたいなんて思いながら動揺する葵の前で、腕を組みながら凛は考える。


「ねえその私って、短パン履いてなかった?」

「え……?」


 服装まで注目していた訳では無かったのだが、思い出せばあの時の凛は私服だった。暗くてよく見えなかったがスカートではなかった気がした事を告げると、凛は何かを閃いたのか組んでいた腕を軽く叩く様に机に乗せた。


「きっとそれあんだね!」

「……え?」

「あ、妹! ……って言っても双子だから同い年なんだけど」


 凛に妹が居た事も初耳だし、双子だという事も初耳だ。それが事実なら瓜二つな姿にも納得だが、突然の事に葵は混乱している。口をぽかんと開けてぼうっとする葵が可笑しくて凛は笑う。その声で我に返った葵は漸く全てを理解した。話が噛み合った事と凛が落ち込んでいなかった事に葵は安堵の溜息を吐く。


「でも、妹さん心配だな……」

「昨日帰って来てから元気なかったから私も心配してたんだ」

「元気になって欲しいな……」

 

 杏が落ち込んだ理由を凛は知らない。正確に言えば葵も根本的な理由は知らないのだが、それでも昨日の夜の出来事により元気がない事は事実なのだ。葵が杏を見つける前に何があったのか、心配そうに眉を下げる葵を見て凛はまた何かを閃いたのかもう一度軽く机を叩く。


「ねえ葵、今日うちに来ない?」

「え……?」

「杏に会って欲しいなって!」


「ママに連絡しておくね」なんてスマホを取り出した凛に、これは強制的なのかと内心で動揺する葵。否確かに杏の事は心配だ。会って元気付けたいと思うのも本心だ。だが、突然彼氏の家へ訪問する事になり、放課後までに緊張を解かねばいけないというミッションが課せられてしまった。心臓が煩いままHRの前の鐘が鳴り「また後でね」なんて手を振る凛に微笑んで葵は自分の席に着く。今日は授業の内容が入ってこないかもしれないなんて思いながら、一日が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る