【二章】隣に居られる幸せ

 そうしてあっという間に凛の誕生日がやって来る。楽しみのあまり早く目が覚めてしまって、前日に選んでいた服をもう一度考えていたら、いつの間にか時間はギリギリになっていた。ニットのセーターにミニスカートを履いて、楓に貰った髪留めを付ける。いつもより真剣に髪を巻いてから、ヒールが低めの厚底ブーツを履いて走ってバスに乗る。待ち合わせ場所は池袋駅だ。電車で数駅の距離だが、待ち合わせ時間はすぐそこに迫っている。

 改札を出て走って、待ち合わせ場所のいけふくろうに着いて辺りを見渡すが葵はまだ来ていない。セーフなんて思いながら息を整える凛に影が落ちた。


「そんなに急いで来なくても良かったのに」

「あ……」


 葵が来ていなかった訳ではない。凛が気付かなかっただけだ。だって葵はいつものスカート姿からは想像できない位に大人びた服装だった。ハイネックのトップスにロングコート、スキニーパンツを履いていて身長も高いのでパッと見は男子である。葵の私服が新鮮で、じっと見つめてしまう。


「可愛いね」

「あ……葵も、格好いいね」

「……ありがとう」


 お互いに私服姿はあまり見せていなかったので、尚更緊張してしまう。凛が厚底ブーツを履いているから、いつもより縮まっている視線の高さも新鮮に思える。凛と葵の普段の身長差は十四センチだ。凛の身長が五センチ上がるだけでこんなにも景色が違うのだと凛はもちろん葵も思っている。


「髪留め凄く似合ってる」

「あ、ありがとう……友達に、もらったんだ」

「へぇ……」


 褒められたのが嬉しかったのか、凛は照れながらそう紡ぐ。凛のその表情かおを見て誰の事を想像しているのか判った気がした。


「すごく凛の事を大切にしてくれている子なんだろうね」


 何故葵がそう思ったのか凛は解らなかったけれども、葵が嬉しそうに微笑むから、どうでもよくなってしまう。プレゼントしてくれた楓も喜んでくれるだろうか。


「行こうか。はぐれないでね?」

「うん、葵もはぐれないでね!」


 そう言い合って手を繋いで歩いて行く。最初の目的地まで少し歩くけど、話していればあっという間だ。

 サンシャインにある水族館に入ると凛は目を輝かせる。水族館に来たのは小学生の頃以来だろう。あの時とは違った風に感じる空間にドキドキしながら園内を回って行く。

 


 *



 一通り回ったので、お土産を買おうとなりショップで一緒に商品を見て回る。可愛いぬいぐるみにも惹かれるが、この後もまだ行く所があるし、大きすぎる物は避けようと思い小物を見に回る。


(これ、かわいい……)


 小さな丸いガラスの中がスノードームになっているキーホルダー。これらな学校の鞄にも付けていけると思い、買う事に決めた。だが赤と青の二色ある様で、どちらにするかじっと見比べて悩む。うーんと腕を組みながら悩んでから、赤の方を取った。近くで見ると尚更可愛い。悩んでる間も隣に居てくれた葵は凛が手に取った商品の青の方を棚から取っていた。


「可愛いよね、これ」


 そう凛を見て微笑んだ後、葵はレジへ向かって行った。凛は手に取った赤のキーホルダーを少し眺めてから、嬉しそうにレジに向かった。



 *



 水族館を出てからランチをしたが、クリスマス前なのもありどこも混んでいた。予定より少し早く移動した方がいいとランチを終えて電車に乗り、渋谷で降りる。暗くなったらライトアップがされるのだが、まだ十五時なので、何をして時間を潰そうかと葵は周辺の店を調べようとスマホをポケットから出した。


「……、ごめん電話だ。……出て良い?」

「うん!」


 ありがとうと言う代わりに微笑んだ葵は、凛へ向けていた身体を横に向けて、電話に出る。渋谷の駅前は人が多く雑音で何を話しているかあまり聞こえないけど、聞かない様に凛も身体の向きを変えた。


「海斗――? え――……大丈夫?」


 少しだけ聞こえてしまったその名前は男の人の名前だった。無意識に凛は葵の顔を見た。心配そうに通話する葵の表情かおは大切な人へ向けるものだ。


(特別なのは私だけじゃない……)


 否、寧ろ電話相手の方が大切なのだろうと思える位に葵は真剣に話している。隣にいるのに、遠く感じてしまう距離。特別でない事がこんなにも悲しいなんて思っていなかった。自分の我儘に葵を振り回せてしまった。本当はその男の人と遊びに行きたかったのかもしれない。だから誘った時の返事が遅かったのかもしれない。だってこんなに誰かを想う葵の表情かおは初めて見る。見ているのが辛くなる程だ。


「――うん、じゃあ気を付けて……――。……待たせてごめん、あれ…………凛?」


 葵が電話を終えて凛に声を掛けても、そこに凛は居なかった。



 *


 

 特別な人というのは、一人ではない。それは人によって変わるが、少なくとも凛は葵の電話相手よりは特別ではない。それが嫌で、気が付いたら葵の隣から駆け出していた。前を見ていない凛を避ける様にして通行人は騒めいている。走り続けて、息が苦しくなって凛は立ち止まる。


(特別でいたかった。でも葵にとって私はただの友達なんだ……)


 涙が出る位に悲しい事実。だけど涙を堪えて、凛は地面を見つめ続ける。


(でも、友達でなくなるのはもっといや……)


 そうだ。だから友達で良い。葵の傍に居られるなら特別でなくていい。隣に居るだけで幸せになれるなら、隣に居たいと思う。だから葵の隣に並ぼう。そうやって、葵のいる場所を見て――


(あれ……?)


 顔を上げて、辺りを見渡す。人々が行き交う街中で、凛は疑問に思う。


(ここは、どこ……?)


 渋谷には数回しか来た事が無いし、前に来た時も友達と一緒でいつも道案内は友達がしてくれた。だから今居る場所も、駅へ行く道も判らなかった。どうしたら葵の元へ行けるのか判らなくなってしまった。

 顔を真っ蒼にしながら、今度こそ泣いてしまいそうだった。だけど、立ち止まっていても何も変わらない。葵の様に前を向いて、必死で葵のいる駅前への道を探しながら凛は歩いて行く。

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