【四章】この先もずっと

「三田さんのお弁当おいしそう!」

「北川さんの弁当はいつも可愛いね」


 あれから昼食を一緒にする回数も増えて、昼休みが楽しい時間に変わっていった。ただ問題は二人だけの空間だと錯覚しているかの様な雰囲気を醸し出す事だろう。


「……二人が仲直りできたならいい……いいさ」


 以前と違うのは楓も一緒な事が増えたという点。気を遣わなくていいよと凛にも三田にも言われてしまい、三人での楽しいランチタイムの筈なのだが、どうも楓は機嫌が良くない。


「あ、トマト入ってる……楓、あーん」

「またか……ん」

「……相変わらず仲いいね」


 凛は野菜が苦手だ。だけど苦手を克服して欲しいのかたまに入れてくる母には内緒で楓に食べてもらっているのだが、その様子を見て三田は驚きながら微笑んでいた。


「あ、三田さんもなにかいる?」

「え……? いやそう言うつもりでは無かったんだけど」

「はーんなんだヤキモチか? ん?」

「吉村さんって結構ストレートだよね……」


 吉村楓は案外直球だ。だからこうしてニヤニヤとしながら三田を揶揄い始めたが、中々楽しい事に気付いてしまったかもしれない。楓の機嫌が先程より遥かに良くなっている。代わりに三田の顔色が少し赤くなっていく。凛に至っては何故三田が照れているのか理解していない。


「というか案外三田のファンたちは絡んで来ないんだ?」

「ああ、前に色々問題が起きて、それで僕のプライベートを尊重して貰ってるんだ」

「でもじろじろ見られてる……」

「それは慣れれば平気だよ」


 三田がさらりと言う物だから、人気者の風格は凄いと息を呑む凛と楓。実際に前から結構視線は刺さっていたのだが、攻撃される事が無かったのは三田の配慮だったらしい。問題が起きて悲しむのは三田だとファンの皆は知っているのだ。果たして三田の様に自然と振舞えるのはいつになるのだろう。そんな不安もあるが、それ以上に三人での昼食が三人とも楽しくなっていた。



 *



 放課後になり、いつもの様に帰り支度をする凛。今日はバイトのシフトは入っていないので、直帰しようか寄り道しようかなんて考えながら支度を終えて、席を立つ。廊下に出て階段を降り靴箱に向かうと見慣れた後姿が見えた気がした。


「三田さん……? あれ? 部活に行ったのかな?」


 そう言えば三田が何の部活に入っているかは聞いた事が無かった。怪我をするのが日常だと言っていたし運動部なのだろうと予想はしているが、それにしては制服のままだった気がした。不思議に思いながら靴箱で靴を履き替えて校舎を出たら、三田の姿は無かった。


(見間違いかな……?)


 でもあの姿は間違う訳がない。いつも見ているというのもあるが、三田は目立つのだ。グラウンドを見渡してもそれらしき姿はない。


(やっぱり見間違いか……――)


 そうだと結論付けようとして、校門へ向かおうと振り向いた先で見えた姿に、凛の顔は真っ蒼になる。


(な、なんで、あの人が!?)


 校門を横切ったのは少し前まで凛のバイト先に来ていた男性客。ただの通りすがりだとしても、二度と見たくないその姿に凛は動揺してしまう。校舎に戻って三田を探すべきだろうか。だが恐らく三田は部活に向かった筈だし、そうだとしたら迷惑になってしまう。だがしかし、一旦校舎に戻って男性客に遭遇しない様に時間を置いて下校するのが一番の安全策だろう。だから一度校舎に戻ろうと凛は踵を返す。


「――っ!!」


 微かに聞こえた悲鳴の様な声。気のせいだったかもしれない。でもそれは校門を出た先から聞こえた。微かに聞き覚えのある様な声に、凛は自然と校門へと歩き、校門に隠れながら道路を覗く。


「うそ……」


 道路に居たのは凛のバイト先に来ていた男性客。それと、三田だ。曲がり角に隠れる様にして男性客は三田に近付いている。男性客を追い払い、好戦的な態度を見せていた三田なら、誰も居ない道路でなら派手に攻撃する事が出来るだろう。そうだと思い込んでいた。だがバイト先に来ていた時の三田の制服は男性用。今は女性用だ。恐らく三田が女だと知って男性客は三田に迫っている。それもあってか、いつもの好戦的な三田はそこにはいない。


(どうしよう!! 三田さんが!! 三田さんが……!!)


 助けに入るにしても凛は護衛術が使える訳でもないし、力もそんなにある訳ではない。急いで先生を呼びに行った方がいいだろう。だがその間に三田が連れ去られてしまう様な、そんな錯覚をしてしまう程、今の三田はただ怯える事しか出来ていない。何か策はないのか考えても目の前がグルグルと回るだけだ。


「や……――」


 男性客が三田の脚に触れて小さく拒絶の声が聞こえた。その声は小さかったけれども、凛の頭の中に確かに響いた。


「こらーーーー!!」

「北川ちゃん!?」

「人の彼女に手をだすなっ! それに、私はあんたが思っている様なヤツじゃないんだからーーーー!!」


 そう言って凛はスカートを捲し上げた。普通の女子ならしない行動だが、生憎凛は男なのだ。だから男である証拠を堂々と見せた。


「えぇ!? おぉ……男……!? ウソだろ……俺は……今まで一体何を…………――」


 凛のスカートの中を見せつけられて、男性客は顔を真っ蒼にして、不気味な物でも見た様に走って逃げて行った。


「人を見かけで判断すんなーー!! ばかーー!!」


 逃げて行く男性客の背中を刺す様に、凛は大声で叫んだ。叫んで息が上がってしまったが、それでも走って三田の前に来る。


「北川、さん……」


 腰が抜けたのか、地面に座り込んでいた三田に視線を合わせる様に、凛はしゃがんで三田の様子を伺った。いつもの格好いい三田ではなく、泣きそうな表情かおで凛を見つめていた。


「遅くなって、ごめんね……!」

「……っ」


 凛は三田を抱きしめた。泣いてもいいのだと、三田の背中を擦りながら、三田が落ち着くまで抱きしめ続けた。


 数分して落ち着きを取り戻した三田の手を握りながら、二人は校舎の端に腰かけた。教室にはまだクラスメイトが残っているし、二人で話していてもグラウンドから聞こえる声で他の生徒に会話は聞こえ辛いだろう。


「数日前から、アイツの姿を学校の近くで見かけていたんだ」


 三田はいつも制服で凛のバイト先に来ていたし、凛の女子制服も見られたので、駅前から歩いて来られる距離にある学校はすぐに特定されたのだ。だからどうにかして追い払えないかと三田は数日様子を伺っていた。その姿を男性客に見られていた様で、三田が女子である事を察されてしまった。そして先程男性客が確信して三田に迫っていた。


「でも、私が男だって知ったらすっごい変な顔してたから、もうだいじょうぶじゃないかな? すっごい失礼ですっごいムカついちゃったけどさ!」

「うん、助けてくれてありがとう。あの時の北川さん凄く格好良かった」


 ちらりと凛を見て、すぐに視線を外した三田の声は震えていた。そこに恐怖の色はもうない。だけど別の色がある。それは三田の頬の色に似ている色。


「う……で、でもあれはちょっとだめだったかなって思ってる……」

「あ……うん、いや……その……」

「み、見なかったことにして! 一生のお願い!」


 何を見なかった事にするのかはお互いに察していて、だからこそお互いに顔を赤くしている訳だが。でもそのお陰で助かったのも事実だ。結果的には良かった行動ではあるが、常識的には問題がある。


「じゃあ僕からも一生のお願いしてもいい?」

「え……?」


 そう言って凛の方を向いて三田は凛と顔を近付けた。内緒話でもする様に、三田は口を開く。


「ずっと仲良くしてくれる?」


 凛にしか聞こえない様に囁いてから、少しだけ距離を開けて三田は凛を見つめた。驚いた様に照れる凛を見て、三田は自然と微笑んだ。凛の好きな三田の表情かおが目の前にある。こんなに嬉しい事があっていいのだろうか。


「うん、一生仲良くしてね」

「え……」


 今度は三田が驚いて顔を真っ赤にした。凛は何か変な事を言っただろうかと首を傾げている。


「北川さんってさ……」

「うん?」

「……いや、可愛いなって……っ」


 凛は天然な所があるが、三田が思っていたより天然の様で、だから今こうして顔が沸騰しそうな位熱くなっているのだが。その三田を不思議そうに見つめる。果たして凛の一生とはいつまでだろうなんて三田は煩い心臓を抑えながら凛から離れて前を向いた。


「北川さん、もしかしてこれから帰る所だった?」

「うん」

「そっか。じゃあ今日は寄り道して一緒に帰ろう?」

「いいの? あ、でも部活は……!」


 三田は立ち上がると屈伸して凛に手を差し出した。太陽の光が三田の身体を照らして綺麗だと凛は思う。


「たまにはサボっちゃおうかなって」


 悪戯に笑う三田はどこか楽しそうだった。凛が手を掴むと引っ張って起き上がらせた。


「鞄教室だから取りに行って来るね」

「私も一緒に行くよ」


 そう言って三田の手を強く握れば、三田は嬉しそうに笑って一緒に歩き出した。隣に並んで校舎の中へ入っていく。


「どこか行きたい所ある?」

「ん~、行きたいお店はいくつかあるよ」


 教室にある鞄を取ってまた靴を履き替え、手を繋いで校門を出る。行きたいお店の候補をスマホで見て、歩きながら二人で相談した結果、歩いて行ける雑貨屋に行く事になった。

 凛はまだまだ三田と話したい事や知りたい事が沢山ある。それは三田も一緒だろうと思えた。でもそれは友達として。それ以上の事は贅沢に思えてしまう程、凛にとって今の関係が心地いい。繋がった手から伝わる温もりがただただ心地いい。

 春の気候は過ぎ去り、もう夏の暑さが侵食して来ていた。


〈二話へ続く〉

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