【三章】友達でいてくれる?

  あれから凛がバイトの日は三田が店へ寄る様になったが、それでも男性客は諦めていない様で、どうにか凛と三田の仲を裂こうという方向に変わって来てしまった。

 昼休みに昼食を一緒する様になり、最初は楓も一緒だったのだが気を遣ってくれている様で、最近は凛と三田の二人で過ごす事が多くなっている。三田は部活も忙しく、放課後も中々時間を取れないので昼食時は作戦会議をする貴重な時間になっていた。


「うーん、どうしたらいいのかな……」

「うん……困ったね」


 まさか諦める訳でなく仲を引き裂いてまで凛とデートがしたいとは予想外で、どうやって諦めて貰おうかと、中々いい案が出ずに数日が経つ。


「あちらが引き下がらないなら、僕達も本気を出さないといけないのかもしれない……」

「本気?」

「多分なんだけど、僕が北川さんの彼氏だと半信半疑なんじゃないかな? 友人の可能性である事を信じているみたいな」

「ほー……」

「だとしたら僕達が恋人だって証明する必要がある」

「ほー……?」


 つまりどういう事なのか。凛はあまり頭が良い訳ではなく、加えて少し鈍感な所がある。なので三田が言う事をまだ理解できていない。


「つまり、アイツでも恋人だと分かる事を目の前ですればいい」

「うんうん。つまり?」

「つまり……そうだな、店に迷惑が掛からない範囲でスキンシップを取るとか……」

「スキンシップ?」


 三田は段々と顔が赤くなってきて、ここまで凛が色事に鈍感だとは予想しておらず、どう説明すればいいのか頭を抱えた。とはいえバイト中に出来るスキンシップにも限りがあるし、本当に恋人同士だったとしてもバイト中に行うには迷惑になってしまう。だから終わった後の方が三田的には行動しやすいと結論付けてはいるが問題は色々とある。

 まずバイト終わりなので終わりの時間が分かってしまう。日によって終わりの時間は違うがそれでも大体の終わり時間が特定される。そもそもバイト終わりまで男性客が居続けるかというと、現状三田が追い払っているので、何か言われても無視し続ける必要がある。だがそうすると今までと負担は変わらない。それでも何か行動を起こさなければ現状は変えられない。


「とりあえず、様子見ながら僕なりに考えてみるよ」

「ありがとう。何も思いつかなくてごめん……」


 項垂れながら弁当の箸が止まる凛に三田は苦笑する。


「気にしないで。今日も二十時まで?」

「うん」

「分かった。いつもの時間に行くね」


 相変わらず項垂れたまま、凛は弁当の箸を口に運んで悲しそうに口を動かす。


「北川さん、手出して?」

「うん?」


 三田に言われた通りに箸を持っていない左手を広げると、三田がそこに飴を置いた。凛が好きでよく舐めている苺味の袋を見て、凛の表情は明るくなっていく。


「もっとあるけどいる?」

「ありがとう! 一個でもすごくうれしい!」

「やっぱり、北川さんは笑顔の方が似合うよ」


 そう言っていつもの微笑みを見せる三田に凛は目を奪われる。三田が微笑むと温かい気持ちで満たされるのだ。元気が出る様なそんな三田の微笑みを見るのが凛は好きだと思う。


「えへへ、ありがとう」


 凛も微笑んで感謝の気持ちを告げる。しばらくじっと見つめられている気がして、凛は首を傾げた。すると、頬を赤くしながら視線を外されてしまった。


(三田さんもしかして照れてる……?)


 照れる三田は初めて見るかもしれない。なんだか可愛らしくて、いつもの格好良い印象とは違った一面を知れて凛は嬉しくなってしまう。微笑みながら凛は昼食を食べ進めていき、先に食べ終わっていた三田は相変わらず視線を外したままだが、どこか嬉しそうに凛と一緒に昼休みを過ごしていた。



 *



 その日の夜も相変わらずで、カウンターの傍で延々と話し掛けて来る男性客に愛想笑いで過ごす時間が続いていた。終業時間まであと十数分。いつもなら三田がやって来る時間だが、まだ三田の姿が見えずに凛の不安は増し続ける。そうして愛想笑いを続けていると就業時間になり、バックヤードに下がって行くまで男性客は店に居続けた。


(どうしようどうしようどうしよう)


 三田が来ないまま男性客に就業時間を知られてしまい、このまま出たとしても確実にあの男性客はいるだろう。従業員用の出入り口も知っていると安易に予想がついて、待ち伏せされている可能性は高いと予想出来た。それでもずっとバックヤードにいる訳にもいかず、不安を抱えたまま学校の制服に着替えて鞄を持つ。どうか帰ってくれている事を祈りながら、凛は従業員用の出入り口から出る。


「北川ちゃんお疲れ~」


 予想は現実になり、凛の顔は真っ蒼になる。このまま家に帰る訳にもいかず、身動きが取れずに固まってしまう。ゆっくりと近づいてくる男性客に凛は今にも泣き出しそうだった。縮まっていく距離が怖い。


「退いて」

「なっ、お前は……!!」


 勢いよく男性客の隣を超えて凛に抱き着いたのは、三田だ。凛の視界に男性客が入らない様に抱きしめて、男性客を睨む。


「遅くなってごめん。……少しだけ顔を上げてくれる?」

「え……?」


 耳元で囁かれて、思わず三田を見上げて見つめる。いつもより余裕のない、だけどいつもの様に優しい三田の表情かおがそこにあった。


「そのまま少しだけ待ってて」

「う、ん……」


 少しだけ顔が触れる程の距離になり、三田の表情は伺えなくなったけれども、身体がとても熱くて、息も荒いのが分かった。鼓動が早いのは走って来たのだろうと感じ取れる位で、でも凛の鼓動も負けない位に早くて。

 男性客からの位置だとどう見てもキスをしてる角度に見える様に三田は顔の位置を調整していた。その様子を戸惑いながら見ていた男性客に睨む様な目つきで視線を送ると、男性客は狼狽えながら走って去って行った。姿が見えなくなったのを確認すると、勢いよく凛から離れた。


「行ったよ。不安にさせてごめん。あと、説明も無しにごめん」

「びっくりした……ほんとうに、びっくりした。もう来ないのかもしれないって……」

「ごめん……傷の手当してたら遅くなっちゃって……」


 凛の涙を拭いながら、三田は眉を下げる。頬に貼ってある大きな絆創膏を見て、凛は目を丸くした。


「ケガしたの!? だいじょうぶ!?」

「掠り傷だし、怪我はいつもの事だから大丈夫だよ。僕の事はいいから、北川さんが落ち着ける所に行こう?」

「よ、よくないよ!!」

「……北川、さん?」


 凛の大きな声に、三田は目を丸くした。凛が声を荒げる事は今までなく、おっとりとした印象だったからだ。


「三田さんは、いつもいつも私の事を心配してくれるけど、私だって三田さんの心配させてよ! 私も三田さんの力になりたいんだよ!?」


 また涙が出そうになりながら真剣に三田を見つめる。その様子を見て三田は嬉しそうに微笑んだ。いつもの三田で凛は安心する。


「そう言って貰えて凄く嬉しいな。僕は北川さんと仲良くなりたいと思っていたから、こうして友達になれただけでも十分なんだよ」

「え!?」

「北川さんが予想以上に可愛い事を知れたし、頼ってくれるのがとても嬉しい」


 三田が凛と友達になりたいと思っていたのが予想外で、凛は動揺してしまう。クラスの人気者が平凡なクラスメイトに興味があると思うだろうか。


「怪我は本当に掠り傷なんだ。だから心配しないで?」

「でも、キレイな顔なんだから大事にして……?」


 掠り傷だとしても、凛は三田の顔に傷が付くのが嫌だった。それは本音だ。だから心配そうにじっと三田を見つめていれば、三田の顔が段々と赤くなって行くのが判った。三田が案外照れ屋なのはクラスメイトは知っているのだろうか?


「……疲れただろうし、帰ろうか?」

「……うん」


 照れ隠しの様に凛に背を向けて、凛の手を掴んで三田は歩き出した。


「ちゃんと送って行くから安心してね」

「ありがとう」


 三田の手は温かくて、凛は嬉しそうに三田の背中を見つめた後、隣に並んでしっかりと手を握り返した。



 *


 

 あれから一週間。三田が部活終わりに凛のバイト先に寄り続けていて変わった事がいくつかある。まず男性客が来なくなった事。毎日来ていたので一週間来ないのであれば安心していいのかもしれない。念のためもう一週間は様子を見る為にこの関係を続けようと約束をしたのが昨日。


「はぁ……」


 昼食を食べながら凛は溜息を吐く。目の前にいるのは楓だ。少し前まで三田と一緒に昼食を食べていたのだが、作戦会議をする必要がなくなり、前までの生活に戻っていた。


「……フラれたのか?」

「そうじゃないんだけど……はぁ……」

「……いや絶対フラれたでしょ?」


 最近凛はよく溜息を吐く。三田と昼食を食べる事もなくなったし、頻繁に三田へ関わりに行かなくなったので、楓は心配をしているのだがその様子すら凛には見えていない。


(三田さんと関われなくなっちゃうのいやだなぁ……)


 今の関係が終われば一緒に居る理由が無くなる。だから話し掛ける切欠が無くなってしまう。そうすると自然と接点が無くなっていき、今までのクラスメイトに戻ってしまうだろう。凛はそれが嫌で悩む様になっていた。


「本当に何があった?」

「なにもないんだよ……」


 そう、だからせめて残りの一週間は楽しみたいのだが、一日過ぎる毎に凛の気持ちは沈んでいく。涙ぐみながら昼食を食べる凛をただ心配する事しか楓にはできなかった。



 *



 寝たくないと思いながら寝落ちる生活が続き、そうして約束の一週間が今日で終わる。授業の終わりのチャイムが絶望だと思うのは初めてだ。項垂れながら凛はバイトに行くために鞄を持って学校を出る。

 バイト仲間や先輩に顔色を心配されながらバイトの制服に着替え夜まで働く。定番のコーヒーを用意して、カウンターから番号で呼ぶと、目の前にやって来た人物を見て、凛は胸の中が渦巻いたのが判った。コーヒーを微笑みながら受け取った三田はいつもすぐに席に着いてしまう。あまりカウンターで長居する物でもないし、次の客も待っているからという理由でスマイルだけ凛に渡して去っていくのがいつもの日常。だけどこの日常も今日で終わりだ。もう微笑みながらコーヒーを受け取る三田に会えないのが寂しいだなんて。泣かない様に残り少しのバイト時間を精一杯過ごした。


 バイトが終わり学校の制服に着替えてバックヤードから店内に向かう凛。席に座る三田に声を掛けようと思ったのだが、隣の席が空いていたので凛は黙って座った。不思議そうに凛を見つめて来た三田と視線を合わすのが怖かった。


「今日もアイツ来なかったし、もう大丈夫だね」

「うん」

「……明日からさ、間違えて来ちゃうかもしれない」

「え?」


 凛が顔を上げて三田の方へ向くと、寂しそうに笑う三田と目が合った。


「ここのコーヒー好きだし……間違えちゃっても良い?」

「……間違えちゃうなら仕方ないね」


 どうやらお互いにこの関係が続いて欲しいと思っていた様で、困った様に笑い合った。杞憂とはこの事だと満足するまで笑い合った。


「遅くなる前に帰ろうか」

「うん!」


 そうして差し出された三田の手を握り、二人は並んでバス停へ歩いて行く。心なしか軽やかな足取りで。今度は友達として、二人の関係は繋がって行った。

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